第5話 新たなる羊⑮【白雪セリカ視点】
「二人の知らない現状を伝えるわ。まず、《赤い羊》は殆どこの場所から撤退して、今現在いるのはヒコ助とリリーのみ」
赤染先輩は語り始める。
「二人……なら、殺せますね。策を練る必要がありそうですが……」
結は少し考え込んだ後、不敵に微笑み頷いた。
「ジェネシスのランクについても追加で伝えておきたい。上位ランクの凶器化と下位ランクの凶器化がぶつかれば下位ランクの攻撃ははじかれる。異能化と異能化も衝突すれば下位ランクの方がより上位のランクの異能に破壊される。但し、上位ランクの異能に触れなければ下位ランクの異能の効果が優先される場合がある。身体能力強化に関しては、ランクによる優劣はない。強いて言うならば、どれだけ必死かどうか。殺意が強いかで優劣が決まる。だから身体能力強化に関して、FランクでもSSSとは渡り合える可能性は十分にある。そこは安心してほしい」
「うん」
結。なんだかんだ言って頼りになる。
「一番の不確定要素はSSSについて。赤染先輩は誰なのか盗聴で特定できましたか?」
「……西園寺要。私と百鬼君のクラスメートよ」
少しためらった後、赤染先輩はその名前を口にした。
「聞いたことないですね」
「……私も」
「どんな人なんですか?」
「…………とても目立たない子。女の子ね。友人を作らず、物静かで、いつも一番後ろの席で本を読んだり、携帯でクラシックを聴いてるような古風な子。お昼ご飯はいつも一人で食べているみたいだった。あまり人がよりつかない裏庭にビニールシートを引いて、お弁当を食べていたわね。ピアノも得意で、合唱コンクールの伴奏者を任されてたこともある。でも成績はいつもトップクラスだった。家もお金持ちみたい。これといって印象に残るエピソードはないかな」
「赤染先輩を陰キャにしてみたって感じの人ですね」
「え? 何? 結に喧嘩売られたの? 今、私」
「もー。仲良くしてください。生徒会室でもいつもそんな感じなんですか?」
「「こんな感じ」」
普通にハモっていた。仲が良いのか悪いのかよくわからない二人だ……。
「プールの音を盗聴した限りでは、《絶対不死》の異能を持ってることは明らかね。しかもぶつぶつ独り言を言ってた。かろうじて聞き取れたのはリリー様、運命の人ってところだけ。彼女、首を斬られたまま敢えて再生させずにプールの中に紛れ込んでいたみたい。だから、百鬼君たちと花子、透との殺し合いも静観してた。助けもせず、邪魔もせずに、ただ見ていた。セリカ達と《赤い羊》がいなくなって無人になってから、《絶対不死》で身体を再生させてリリーを追っていったみたいだけど」
「……不気味過ぎる」
結の表情が一気に引き締まる。
「《赤い羊》二人と、西園寺要に組まれたら確実に勝機は無い。西園寺要に関しては、単独撃破ですら現状は困難。セリカの《守護聖女》で無力化した5秒間で決着をつける以外の勝ち筋はないけど、行動指針が”意味不明”過ぎる。こういう意味不明なところは確かに透を彷彿とさせるし、こういうヤツが一番狂った異能を使ってくる」
「真理に到達した者……。二人目のSSSランク」
赤染先輩の情報で名前は分かった。女の人だということも。真理を内包した狂気を持ち、周囲の人を自分の狂気に染めることができる怪物。
「あ、一つだけ……そうだ。思い出した。西園寺さんのエピソード」
赤染先輩は目を丸くして呟いた。
「教えてください」
私は間髪入れずに尋ねた。SSSについて理解することすらやめろと先輩から警告されているけど、SSSを止められるのは私だけだ。部分的にでも、西園寺要という人を理解したかった。
「一度だけ、出られなかった授業のノートを西園寺さんから借りたことがあるんだけど、その中にはびっしりと、ありとあらゆる自殺の方法が事細かに綺麗な字で書かれていたわ。薄桃色のノートでね、『優先』、『劣後』の付箋が貼られていて、優先の方にはより苦痛が大きい死に方。たとえば、服毒自殺、溺死、焼死、電気を使った死に方などが可愛いイラスト付きで書かれていた。『劣後』の方はより安らかな死に方。練炭自殺とか、睡眠薬を使った凍死などだったわね」
「そんな衝撃エピソード忘れないでくださいよ。……西園寺先輩はいじめにあっていたとか、そういうことですか?」
私が尋ねると、赤染先輩は首を横に振る。
「私のクラスでいじめなんてくだらないことは絶対に起こさせないわよ。家庭の事情とかなんじゃない?」
「優先順位が高い方が苦しい死に方というのが分からないですね。普通は逆なのでは?」
結は理解に苦しむ表情をしている。
「そんなこと私に言われてもねぇ」
「で、そのノートはどうしたんです? 間違えて渡したから、西園寺要も気まずい顔をしてたんでしょうね」
「…………どうだった? って、悪びれもなく訊かれた。間違えてるわよって言って、普通に返したけど」
「「え?」」
今度は思わず、結とハモる。
「赤染さんはなんとなく“私と同じ”だと思ってたけど、その反応じゃ違うみたいって言われたかな」
「……兄さんのクラスメートはヤバいヤツしかいないんですか?」
「さっきから私に喧嘩売るのはやめなさい。それに結もヤバいヤツの部類に入ってると私は思ってる」
「さっきからうるさいですよ」
「あなたが喧嘩売るからじゃない」
バチバチと結と赤染先輩の視線がぶつかっている。もう無視しよう。
「先輩は……生き返ってますか?」
「あー、その話ね。ええ、《冒涜生誕》という骸骨の異能で蘇ってる。そういう会話は聞こえた。でも、あいつら外道が使う異能なんてロクなものじゃないでしょ? そこに関して希望を持つのは危ういと思う」
先輩も夢の中で迷わず殺せと言っていた。次に現れる俺を、俺だと思うなと。
「で、でも!」
その希望すら持つことが許されないなら、私は一体何を信じて戦えばいい? 何も、ない。世の中のためだけにあの外道達と戦えるほど、私は強くない……っ。
「……ま、仕方ないことよね。そう簡単に割り切れれば、そもそも花子と透に一矢報いることすらできなかったものね。……もし、蘇生後の百鬼君を希望にしたいなら、セリカが新たな異能に目覚めるしか方法はないと思うわ」
「……新たな異能」
「ジェネシスは欲望を具現化するのでしょう? なら、“希望という欲望”を具現化してみせなさい。きっとそれは……セリカにしかできない特別なこと」
どこまでも優しく静かな笑みを浮かべ、赤染先輩は微笑んだ。
「――――っ」
その笑顔は、夢の中で見せた先輩の笑みと重なる。
赤染先輩も、先輩と同じだ。闇の中を自分の庭のように歩ける。
先輩がくれたFランクの持つ二つの可能性という希望。
赤染先輩がくれたヒント。“正義”という考え方と、“希望という欲望”の具現化。
二人は闇が深くて時々怖く思う時もあるけれど。
――――でも。
闇の中で小さな光を与えてくれる。
――――私は、まだ戦える。