第5話 新たなる羊⑫【白雪セリカ視点】
「……その顔。少し見ないうちに、随分“人間らしい”顔をするようになったじゃない。セリカちゃん。交渉は決裂かしら?」
「…………」
私にですら、闇はある。心の内に、ちゃんとある。嫉妬も、憎悪も、結を出し抜こうとする嫌な狡さも。
自分の中の闇を“無かったこと”、“見なかったこと”にして、逃げることなんてできない。……向き合うんだ。自分自身の“闇”と。
――――恐らくはそれが、《赤い羊》を倒す唯一の活路。
私が自分の闇を自覚せずに、綺麗な場所でだけ生きてこられたのは先輩のおかげだ。先輩は不思議な人だ。悪魔のように恐ろしい顔をするときもあるのに、全てを捨ててまで私を守ろうともしてくれる。
人間には、表と裏がある。善と悪がある。光と闇がある。
……その考えに至り、ふと思う。《赤い羊》にも、光はあるのだろうか?
――――無いと思う。けど、絶対に無いと言い切ることはできない。私を壊そうとしていたリリーは、私の“何か”を恐れていた。透ですら私の“何か”を恐れ、自らの手を以て私を殺そうとした。
きっとその“何か”こそ、《赤い羊》を討つ可能性なのだと思う。
そう思うと、必然的に“ある疑問”が生まれる。
「……一つだけ、追加で質問です」
私は赤染先輩を真っすぐに見据え、尋ねる。
「透が《狂人育成》を使って生徒達をジェノサイダーにしたとき、赤染先輩は透を殺そうとしましたよね? あれは……何故ですか?」
「…………」
思いもよらぬ質問だったのか、赤染先輩は目を丸くした後、黙考する。
「分からない……わね。自分でも何故あんなことをしたのか」
「あなたは自分が生き残ることだけを考える利己主義者。あそこで透を殺そうとするメリットはない。たとえ成功したとしても、後ろのSSランク達の報復を考えたらできない。あの時、何故、透を殺そうとしたんですか?」
「…………確かに、その通りだわ。合理性の欠片もない」
「もし仮に透を殺せていたとしたら、もしかしたら全校生徒が束になって異能を使えば、SS達も倒せていたかもしれない。たとえそれが難しくても、リリーだけでも無力化できれば外に助けも呼べる。そこまで考えていたのでは?」
「…………」
「あの時、赤染先輩が透を殺せていれば、あなたが先陣を切る形で殺人カリキュラムそのものが崩壊していたかもしれない。そこまでのリスクを犯してまで真っ先に殺人行為に走り透を殺そうとしたのは、生徒会長としての“責任感”からなのでは?」
「…………さあ。分からない……わね。そこまで深くは考えてなかった」
「透に負けたことであなたは他人を救うことを諦め、悪になりきろうとしていたのではないですか? そう割り切ることで、自分の心を守ろうとした。だからノルマを達成して先輩に負けて目的を失ったあなたのジェネシスの色は、インディゴに落ち着いている」
「…………っ」
常に他人から優位性を維持し微笑んでいる印象しかないけれど、今の赤染先輩も相当に人間らしい顔をしている。自分の無自覚な“光”を誰かから暴かれるなんて、夢にも思ってなかったのだろう。
「先輩を殺そうとしたり、皆殺しにする勢いで巻き添えに全校生徒に異能力を放ったり、リリーに手を貸したりと、色々思うところはあります。けど、私にも“闇”はある。他人の闇をとやかく言える資格はないし、何より自分の闇から逃げることなんて誰にもできない。だから一度だけ、あなたのことを信じてみようと思います。それで裏切るのなら、あなたは私を裏切ったことを一生忘れずに生きていけばいい。裏切ったという事実を必死に忘れようと悪になりきるだけの空っぽの人生を送ればいい。そして、本当の悪人になってしまえばいい。自分の利益の為に生きる“だけ”の人生を謳歌すればいい。私は、そう思います」
「…………」
赤染先輩に、不敵な笑みはもう無い。
恐れの入り混じった、痛みに苦しむような表情で、まじまじと私の目を見据え、私から何かを読み取ろうとした後、あきらめたようにフッと笑った。
「……正直、私はあなたのことを完全にナメていた。ゆるフワ系気取った世間知らずの馬鹿な女の子ってね。でも、“あの”百鬼君が必死に守った子だものね。そして私が二度……いえ、今のを含めたら三度負けた相手。フフフ。負けるのが死ぬほど悔しかったのに、今では負けて当然とすら思える。いいわ、セリカ。もうちゃん付けはやめる。“取引”もなし。私はあなたを自分の目的を果たす為の道具とはもう思わない」
赤染先輩から人を試す妖艶な雰囲気は消えていて、とても無邪気に楽しそうに、はしゃぐように微笑みながら言葉を続けた。
「私、これからはあなたの命令に従うわ。仲間や協力者としてではなく、あなたの手札になってあげる。でも私、敢えてこのタイミングでいうけど、人を殺すのってすごく気持ちよくて楽しいって思っちゃう。いざ殺し合いになれば、すぐにジェネシスカラーもスカーレットに戻っちゃうかも。……こんな私だけど、どうか私を飼いならしてね、ご主人様?」
「…………私、あなたのこと苦手です。あとご主人様はやめてください」
「つれないわねぇ。私はすっかりセリカのこと気に入っちゃったんだけどな?」
そう言って赤染先輩は私の肩に顔を寄せるように寄りかかってくる。
「ちょ、近いですよ距離感!」
「全く。どうなっても知らないからね……」
静観していた結がため息を吐いていたけれども、赤染先輩という新しい仲間が加わった。……仲間というには、ちょっとまだ怪しいけど。




