第5話 新たなる羊⑩【白雪セリカ視点】
「結論として。二重の《発狂密室》を突破しない限り、私たちに道はないってことね」
結は吐き捨てるように言う。でも、私にはまだ違和感があった。
「《赤い羊》の今の状況って、どうなってるんだろう……」
「……どういう意味?」
普段の結であれば、私よりも先にこの違和感に気づくはずだ。思考のキレが鈍い。やっぱりまだ先輩のことを引きずっているのだろう。その分私が頑張らないと、と改めて思う。
「透以外のSSSがいるのだとしたら……あいつらはどうすると思う?」
「…………」
結は考え込むように、ゆるんだ拳を唇に当て目を細める。
「透が健在であれば間違いなく仲間に引き入れようとするはず。だけど、兄さんが透を再起不能にしたのが事実なのであれば、指揮系統は機能していないと考えるべき。ねえ、セリカ。その夢の中の兄さんの話を覚えている限り全て話してくれない?」
結の要望通り、私は思い出せる限りのことを伝えた。
「“骸骨に蘇生された”こと。次の俺を躊躇なく殺せという言葉。そしてFランクの二つの可能性。SSSランクの到達条件。……なるほど、ね」
「でも、先輩の《監禁傀儡》はもう解除しちゃったから、私が先輩を殺すことはないよ」
私がそういうと、結は目を丸くした。
「馬鹿なんじゃないの……アンタ。兄さんがどんな想いでそんな命令を下したと思ってるの?」
「だからこそ、だよ」
私は結を真っ直ぐに見据える。
「次に姿を現す先輩は、想像を絶する怪物。《赤い羊》を超えた化け物だと……私ですらそう思ってる。でも、だからこそ、私は先輩を殺さない。絶対に」
私を苦しめたいという気持ちと、私を救いたいという気持ちで葛藤する愛おしい人。先輩が狂気の狭間で苦しんでいる姿を、私は死にそうになりながらも可愛いと思っていた。もしかしたらそれが、Fランクの狂気なのかもしれないけれど。
でも、次に出会うのは”良心”が完全に抜け落ちた先輩。良心に葛藤することが無い、純然たる悪魔のような先輩。そんな姿、想像するだけで恐ろしいけれど、それでも私にはこの手で先輩を殺すことなんて絶対にできない……。私のことを覚えていなくても……。悪魔のような人だったとしても……。
「……まぁ、アンタはそういう女よね。昔っから」
「……なんか悪口っぽく聞こえるのは気のせい?」
「悪口よ。で、セリカ。話を戻すけど……骸骨の能力については私は全く知らない。やつはどんな異能を使うの?」
「死体をゾンビみたいに変えて、自由に命令して操る能力を使ってたよ」
「……きもちわる」
「ほんとにね……」
トラウマだよ、いまだに。よくあんな奴らと戦ってよく生き残れたと思う。先輩がいなかったらと思うとゾッとする。先輩の《監禁傀儡》でおかしくなってたから戦えてただけで、正気の状態じゃ間違いなくなすすべなく殺されてたと思う。
「でも、蘇生という言葉は引っかかる。骸骨にはゾンビ化以外にも、死者を蘇生する異能を持ってるのかもしれない。でも、だとすれば――――」
「透も生き返ってることになるよね……」
《赤い羊》。快楽殺人鬼集団。一人ひとりが救いようがないほどに狂っていて、そして人の理を外れた外道のジェネシスを扱う異能力者。私なんかじゃ思いもつかないような変な異能力を次々と使ってくる。特に一番嫌だったのは……リリーだ。あの顔を思い出すだけで、胸が引き裂かれそうになる。笑いながら快楽のために拷問ができるリリーを人として絶対に許せないと思うけど、何よりもあいつに屈しそうになった自分が許せない。思わず拳を握りしめ、爪が皮膚に食い込んでくる。
透、リリー、骸骨、花子、いばら姫、、ヒコ助、ヒキガエル。そして記憶を失った先輩が加わったら……勝てるのだろうか? いや、駄目だ。先輩が生きている。その希望だけを今は糧に、前に進むんだ。
「兄さんが次に現れるときは、私とセリカのことを忘れてると言っていたということは……。蘇生後に記憶を失う? やはり蘇生などという途方もない奇跡のような異能には代償が伴う? 少なくとも蘇生後に記憶が消えるのだと仮定すると、透も記憶が消えている? ……駄目。全て憶測に過ぎないから、前提として考えるには情報が少なすぎる。今後どうすべきかを決める情報が、決定的に欠けている」
「どうやらお困りのようね、結。セリカちゃん」
突然部屋の中に響く“あの人”の声に、私たちは警戒心をあらわにその方向へ振り返りながら、
「「キルキルキルル!」」
結は剣を召還し戦闘態勢に入る。私のは盾でSSS以外には効果がないことに、遅れて気づく。
ギィィィィイイイ……。
まるでホラー映画のワンシーンのように、扉がゆっくりと、低くきしむ音が響くのと同時。
掃除用具入れから、一人の少女が現れた。
え? なんでそんなところから? と思う間すらなく“彼女”は妖艶な唇を開いた。
「そう警戒されると傷ついちゃう。昨日の敵は今日の友。“情報”に関しては私、力を貸せると思うの。どう? 私と“取引”をしない? 一度殺しあいながらも生き残った者同士のよしみで、ね」
意味深な微笑を浮かべ、囁くように尋ねてきたのは、
――――完璧な生徒会長。赤染アンリだった。