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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第5話 新たなる羊⑧【白雪セリカ視点】

 ……ゆっくりと目を開ける。

 掛け時計の針の音だけが響く静寂がそこにあった。少し身じろぎをし、ゆっくりと起き上がり辺りを見回す。どこかの部屋の中のようだ。本棚や机や椅子が並んでおり、私は長机の上に横たわっていた。

体中がズキズキと痛い。よく見ると、右手が血だらけだった。乾いた布が巻き付けてあり、真っ赤に染まっている。

「ッ!」

 ズキンと右手が痛み、記憶がなだれ込んでくる。

 私は全てを思い出した。必死に狂気と戦う先輩と、なすすべなく敗れた事実。そして、生き残ってしまったという現実に。

 セリカ、俺を……人間のまま死なせてくれてありがとう。

 最後に思い出すのは、とても穏やかな先輩の笑顔。

「…………っ」

 《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――

 ピュアホワイトのジェネシスを使って、一瞬で体中を治癒する。いてもたってもいられない。

「先輩……っ」

 善は悪に勝てない。だが、善は悪よりも強い!

 先輩の叫びがまだ心の中に残っている気がした。死の際、先輩は戦いながら私に思念を飛ばしていたのだ。彼の意思と声が心の中に残っている。そんな……気がする。

「セリカ、起きたんだ……」

 窓際に寄りかかりながら、空ろな目をした結がいた。体中血まみれで、まるで抜け殻のように存在感がない。声も生命力がまるでなく、死んでしまいそうなほどの危うさを感じる。唇も顔色も青ざめていて、見ているだけで痛々しい。

「……結」

 《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――

 肉体的な疲労だけではないことを察しながらも、私は結に《聖女抱擁》を撃った。

「…………」

 結の身体から返り血や生傷が消え、顔色も血色がよくなる。でも、結の空ろな瞳がこちらを向くことは無かった。

「結」

 私は結の名前を呼ぶと、その頬を思いっきり引っ叩いた。バチン、と物凄い音がして、私の手すらも少しだけ痛んだ。

「……痛い。何するの?」

 少しだけ瞳に色を戻し、私を睨む結。

「放っておいたら、死んじゃいそうな顔……してたから」

「どうでもいいでしょ、もう。私はもう疲れたの。そっとしておいてくれる?」

「私、先輩に会った。夢の中だけど。結のことを、愛してる。済まなかったって」

「…………っ」

 結は一瞬だけ泣きそうに目を細めて、「キルキルキルル」と自分の剣を召還した。

「自殺するつもり?」

 咄嗟に私はそう直感した。右手を反射的に結に向け、《守護聖女》をいつでも撃てるよう身構えた。

「もう、疲れた。生きてる理由も消えた。アンタが目を覚ました時点で私の使命も終わった。これ以上、生きていて何になるの?」

 結は疲れ切ったように言う。結は……本気だ。私ですら、先輩があの夢の中に来てくれなかったら、きっと同じような絶望に身を委ねていたかもしれない。

「先輩は……死んでないよ」

 骸骨に蘇生されたと、先輩は言っていた。蘇生という言葉が、どうしても引っかかる。まるで死体ではないような言い回し。

「……気休めはいいよ。あの状況で、SSSになれたとしても、透に勝てるとは思えない。セリカを守りながらあいつらSSも含めた全員を私で捌くのも無理だったし、アンタを連れて逃げざるを得なかった。今言ってること全部がくだらない言い訳に思えるし、私はもう自分が許せそうにない。透と関わってしまったのは私だから……。兄さんを殺したのは私も同然だよ」

「だから、死んでないって言ってるでしょ」

「うるさいなあ。さっきから放っておいてって言ってる。ほんと、そういうところ昔っから大嫌い」

 結は私を睨み据える。前の私なら怯んで何も言い返せなかったと思うけど、今は不思議と何も怖くない。

「死んでない証拠。それは私が絶望してないこと。結なら、本当に先輩が死んでたら私が絶望するって、分かるでしょ?」

「…………」

 結は押し黙り、私の目を真っ直ぐに、真意をはかるように見据えてくる。

 ああ、今度は空ろじゃない。命を感じる目をしてる。

「《赤い羊》は外道だけど、だからこそ先輩を簡単に殺したりしない。そう思わない?」

「…………」

「結」

 私が名前を呼ぶと、結は折れたように目を伏せ、剣を消滅させた。

「“今”はやめておく。でも、もし兄さんが死んだことがはっきりしたら……私はもう生きていられない」

「すっごいブラコンだよね、結って。常軌を逸するほど」

「……うるさい」

「すっごく久しぶりに結をからかった気がする」

 私は思わずクスクス笑ってしまう。

「……」

 結はむくれたような顔をして、私から目をそらす。

 ……先輩。ごめんなさい。

 心の中で、私は先輩に謝罪する。

 もし次、俺の姿をした男がお前の前に現れた時、もうその時は俺を俺とは思うな。躊躇なく、殺せ。いいな? それが俺のためだ。

 例えどんな外道に身を落としたとしても、私は先輩を殺せそうにない。例えそれが先輩のためになるのだとしても、私に先輩を殺すことなんて絶対にできない。だからこそ《監禁傀儡》まで使って私に命令を下したのだろうけれど……。

 ――――でも、だからこそ。

 この先、どんな絶望が待っていて、私自身が“絶望”するような未来があるのだとしても――――

《守護聖女》――シュゴセイジョ――

 私は自分自身に対して、無効化の異能を使って先輩の命令を破壊する。

 これは俺のエゴだと、先輩は言っていた。

 でも、先輩に譲れないものがあるように、私にも譲れないものがある。もう、先輩に守られているだけの弱者に成り下がるのだけは絶対に嫌だから。

「……先輩に殺された方が、先輩を殺すより何倍もマシだよ」

 次に先輩に会う時、どうしようもないほどの闇と絶望があると分かっているのに。

 それでも私は……。

 愛してるよ、先輩。

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