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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第5話 新たなる羊⑦【白雪セリカ視点】

「……セリカ。セリカ、聞こえるか」

 先輩の声がする。私はゆっくりと瞼を開ける。どうやら私は教室の自分の席に突っ伏して眠っていたようだ。カーテンがゆらゆら揺れて、朝日と静寂な風が差し込んでくる。小鳥の鳴き声がして、心地がいい。

「……起きたか、セリカ」

 先輩がいた。とても優しく、静かな微笑みを浮かべ私を見つめている。

「え? なんで、ここに、先輩が?」

 先輩は私の席の前に立ち、穏やかな顔で私を見下ろしていた。

「セリカ、大事な話がある。ずっとこうしていたいが……あまり時間が無いんだ」

「時間? 今は放課後でしょ?」

 遠くで陸上部の掛け声が響いている。

「ここはお前の夢の中だ。俺は夢の中のお前に会いに来たんだ」

「ふふっ、変な先輩。リアリストなのにそんなクサいこと言って」

「ごめんな、セリカ。ずっと幸せな夢の中で過ごしていたいが、それは許されないんだ。だから、思い出してくれ。ゆっくりでいい」

「思い、出す?」

 何を……だろう。

「《赤い羊》のことだ」


「――――っ」


 先輩の言葉で、私は全てを思い出す。

 透の狂気。花子の殺意。リリーの精神を凌辱する拷問。あの全ての、地獄を。

「……思い出したか?」

「せ、先輩……っ」

 私はまじまじと目の前の先輩を見つめる。

 ここが私の夢の中なら、先輩は……先輩は――――っ。

「お前の想像の通りだ。死んだ……状態に近い」

「――――っ! で、でも”近い”ってことは、”まだ”間に合うってことだよね!? 生きてるんだよね!?」

「俺は花子に殺された。だが、透も道連れにした。……いいか、セリカ。落ち着いて聞いてくれ」

「落ち着いてなんていられないよ!」

「駄目だ。落ち着いて聞け。俺は……花子に殺され、骸骨の《冒涜生誕》という異能で蘇生された」

「そ、蘇生?」

「あいつらは人の心を持たない悪魔だ。俺は蘇らされたが、お前と結のことを完全に忘れ、別の人間として生まれ変わることだろう。あいつらを楽しませる快楽殺人鬼として……な」

「で、でも……先輩は生きてるんだよね!?」

「俺という意識はもう少しで完全に消滅する。だが、その前になんとしてもお前に俺は会いたかった」

「そ、そんな…………」

 涙がこぼれる。

「嘘、だよ……。だって先輩は……こんなに温かいんだよ?」

 私は先輩にしがみつく。ぬくもりがあって、温かい。

「透は殺したが、俺は花子に殺され、骸骨に蘇生された。蘇生後の俺はもう俺ではない。お前のことも、結のことも忘れた、破壊衝動だけを持つ哀れなただの空っぽの器だ。もし次、俺の姿をした男がお前の前に現れた時、もうその時は俺を俺とは思うな。躊躇なく、殺せ。いいな? それが俺のためだ」

「わか、分からないよ先輩。いきなりそんなこと言われても!」

 まるで最後のお別れの言葉みたいな……。

「セリカ、悪いが時間がない。お前の意識の中にいられる時間は残り僅かだ」

「いやだ! 嫌だよ聞きたくない! 聞きたくないよ先輩!」

「今、この場は、お前の夢の中だ。赤染が言っていたチャネリングという技術で俺は蘇生終了前のわずかな時間を使って、お前に会いに来た。やり残したことを、なす為に」

 先輩は縋りつく私の頭を優しくなでてくれる。

「嫌だよぉぉ……っ」

 聞きたくない。最後のお別れの言葉なんて……。

 だって、昨日まであんなに普通に、普通に生きてたのに。

 一緒に学校に通って、生きてきたのに!

「……今の俺にできるありったけの全てをお前に伝える。SSSに到達して俺はジェネシスというものを完全に理解した。SSSに到達する条件は、善悪を問わず究極の真理にたどり着くこと、だ。そして人間を超越して”狂い切る”こと。誰にも否定できない絶対的な真理。透は“ソレ”を持っていた。“ソレ”は絶対的な真理だからこそ、従いたくなる魔力がある。だが、SSSに到達した者は狂気の成れの果てでもある。残念ながら、お前も、SSSに到達する可能性が非常に高い人間だ。優しい人間こそ、皮肉にもある意味最もSSSに近い存在。俺はお前が“ソレ”に到達することを恐れている……。もし、次に透や、透以外のSSSに万が一出会ってしまったら、救おうとか、理解しようとか、絶対に思うな。SSSは他人を自分の狂気に巻き込んで発狂させる最たる悪だ。しかもそこに確固たる真理があるから、否定することができない。SSSを理解しようとすれば、お前自身がSSSになる可能性すらある。ジェネシスについて最も重要なことをもう1つ伝える。お前のピュアホワイトにはあと“2つ”の可能性がある。Fランクには2種類ある。もう1種類の力を使いこなせ。そして善を貫いた者だけがたどり着ける真理……Gランクに辿り着け。……時間、みたいだな」

「せん、ぱい……。嫌だ、いやだ行かないで……」

 先輩の姿が少しずつ透けていく。まるで最初からそこにいなかったみたいに。

「……時間切れだ。だが、最期に全部伝えることができてよかった。結に、よろしく伝えてくれ。愛してる。済まなかったと」

「先輩……っ!」

 私は先輩を強く強く抱きしめる。幸い、まだ温もりがあった。先輩の胸に顔をうずめる。とても温かい、先輩の温もり。

「セリカ、俺を……”人間”のまま死なせてくれてありがとう。それから、これは俺のエゴだ。最後にこんなことをする俺の非道をどうか許してほしい」

 《監禁傀儡》――カンキンカイライ――

「次に百鬼零を目にしたとき、一切の躊躇をせず白雪の剣で処刑せよ」

 先輩は私の首筋に手を当て、命令を下した。

「じゃあな……セリカ。お前と出会えてよかった。俺はお前と出会うことで、本当の幸せを知ることができた。空っぽだった俺が、こんなに人間らしく生きられたのはお前のおかげだ。こんな俺をここまで愛してくれてありがとう。俺も、お前のことを…………」

 先輩の声は消滅とともにかき消される。


 ――――愛してる。


 けれど唇の形だけでそう言い残し、先輩が消え、同時に私のいた教室も真っ白な霧のように消滅した。

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