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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第5話 新たなる羊⑥【リリー視点】

 ピュアホワちゃんとオメガという獲物を捕らえるべく、私とヒコ助くんは翼の形態変化を使って生き残り達を見回していた。

 「ヒャハ、ヒャハハ……」

 壁にだらしなく背を預け腰が抜けたように座り、目の焦点が合わず、虚ろに笑っている少年。

 「はーっ、ハーッ、はーっ」

 血走った目で鼻息荒くギョロギョロと辺りを見回しながら廊下を歩く少年。

 「おえっ、おえええっ、おえええええええええっ」

 もう吐しゃ物も尽きているにも関わらず、ひたすら吐き続ける女性徒。

 ほぼ全員が特Aランクまでに到達しており、インディゴジェネシスがあふれ出している。ピュアホワちゃん達と花子ちゃんがバトってる間はほぼ全員がB止まりだったはずだが、“中盤まで生き残ったツワモノ”同士の殺し合いで更にランクが上昇したように思える。

 自らが生き残る為に他人を殺すことを選んだ少年少女達の精神は完全に崩壊していた。そう、ほとんどの闇に耐性が無い人間ならこうなる。殺人が是とされる世界で正常であれる人間、むしろ地獄のような世界でこそ輝きを発揮する人間だけが、SS以上に到達しうる素質があるのだ。

 殺人カリキュラムが目指す終極地点。

 それは“積極的”殺人鬼の育成。

 殺人には必ず理由がある。復讐や反発といった憎しみだったり、異常性欲による色欲だったり、あるいは最も人間らしい嫉妬という感情だったり、お金を奪う為だったり。

 そして、戦争のない平和な社会において殺人は必ず忌避される。

 何故? メリットがないからだ。人が人を殺さない理由は一つしかない。

 メリットがないから。デメリットしかなければ、誰もやろうとは思わない。

 それが、法が持つ心理誘導。メリットとデメリットを明確にコントロールすることによって、人の心を支配し、集団心理を支配し、社会を支配している。

 ならば、用意してやればいい。殺す理由がないなら、殺す理由を。殺すメリットがないなら殺すメリットを。生き残るため、百万円のため。

 善意? 道徳? 人権? 正義?

 どんな感情も、生存欲求には勝てない。

 人が人を殺すとき。それは殺したいという欲求に理性で抗えなくなった時。あるいは、殺すことによって利益がもたらされることが確約されたとき。司法と刑務所による法的な処罰、メディアと地域社会による社会的な処罰が無く、人を殺すとお金が貰えて欲求も満たせるメリットしかない状況が作り出されれば、必ず人は人を殺す。

 何故なら、人間の本質は“悪”だからだ。

 私もまだ人間だった頃は半信半疑だったけど、透さんは断言した。

 殺人を正当化する理由を与えることで、“積極的殺人鬼”は誕生すると。

 戦争時は殺人を肯定し、平和時は殺人を否定する。国は時代によっては殺人鬼を軍人という名前に変えて育成する機関でもある。戦争時は外道を英雄と称え、平和時は殺人鬼を外道と蔑む。そんな身勝手な気まぐれを正義としてきた。それは過去の歴史が証明している。本当の悪とは何なのかを考えさせられる話だ。

 倫理観という概念は、その時代の社会の支配者によって都合のいいマインドコントロールで操作され、社会を成立させているとても“アヤフヤ”なものなのだと透さんは言っていた。国が“そう”と決めれば殺人カリキュラムすら正義になり得る。透さんの哲学はいつでも聞いてるだけで脳が痺れそうになる。悪が好きって透さんは自分で言ってるけど、私にとって透さんは善悪の全てを超越した神様みたいな人だ。私を救ってくれた。

 そんな透さんの“思いつき”の結果として、殺人カリキュラムの実験が始まった。最終的にSSランクの創造が成功と言えるのだけど……。

「でもまー、見た感じどれも失敗っぽいね。やっぱオメガ先輩とピュアホワちゃんと彼氏君が異質だったんだって分かる光景だわ」

 生き残ってる子たちはどれも殺人鬼となることはできたが、SSまで到達する可能性は限りなくゼロに近いだろう。どの子も殺す恐怖に、殺される恐怖に狂った獣のよう。

「あはは、おっかしい」

 でも泣いてたり怯えてたり苦しんでたり、“まだ”人間としての葛藤みたいなものがあるってのが最高に笑える。もうたくさん人を殺してきたのだろうに。まだ人の心を持って苦しんでる“フリをしてる”のが滑稽過ぎて笑っちゃう。馬鹿すぎて。自分が生きるために他人をその手で殺しといて苦悩するとか、偽善も極めれば道化だよね? 素直に悪だって認めればいいのに。

 さて、この状況で人間的な思考ができる子はいないものか……。話せないと獲物を追う手掛かりも集められない。せめて逃げた方向だけでも知りたい。

 ぶっちゃけてしまうと、殺人カリキュラム終了後、SSの可能性を持たない人間は勝利条件を満たした場合でも殺していいと透さんは言っていた。人間を辞めてまで生きたいと思ったのに、そんな子たちも殺される予定とか。悪魔より鬼畜だよな~透さん。そこがまた外道でたまらなく好きなんだけど。

「そういえばさー、ヒコくん」

 隣を浮遊して廊下を走るヒコ助に話しかけてみる。

「あん?」

「SとSSの壁は厚いって話を前に花子ちゃんとしてさ。その差って実際なんだろうって思ってるんだけど、ヒコくんはどう思う?」

「知らねえな。そういう難しい話は別の奴としてくれ。いばら姫とか好きだろ、そういう話。あいつは何にでもデータを取りたがる変態だからな」

「いやぁ、オナヒコ君に変態呼ばわりはさすがにいばら姫ちゃんも可哀想だと思うけどな」

「殺すぞテメエ」

「あは。で、マジな話SSとSの境界線って何だと思う? ヒコくんが頭悪いのは分かってるからさ、その前提でヒコくんなりの考えを聞かせてよ」

「……マジでいつか犯しながら殺すからなお前」

 ヒコ助は悪態をつくと、胸ポケットからマルボロの煙草を取り出して吸い出し、「ふぅー」と一息吐いてから唇を開いた。

「……透さんの受け売りだが、絶望や殺意を快楽に変えられる人間がSSまで到達できる素質があるって話だ。Sランクには〇〇をするために殺すという殺人をする上での目的が別にあるが、SSは殺したいから殺す。殺すことそのものが目的であり、その目的こそが至上の快楽だって言ってたな。例外的に自分の中にある良心の全てを捨て、背徳感ぶっちぎった奴でも到達する可能性があるって話もしてたが」

「冷静に聞くとマジもんの変態だねぇ」

「冷静に聞かなくてもSSまで到達した時点でそいつはもう人間じゃねえだろ」

「じゃあ、SSSの話は聞いたことある?」

「いや、俺はねえな。SSSにはなれない。俺は直感的にそう思ったから興味が湧かなかった」

「SSSになる為の条件。私は一回だけ透さんから聞いたことあるんだ。それはね――――」

 話の続きをしようと唇を開くと、突如として空間全体が“薄暗く”なった。

「…………?」

 何が起きた? 理解できなかった。

 暗くなる? どういう現象?

「あ、ありえない……っ」

 窓の外を見て、私は全身からサーーーァ、と、血の気が引くのを感じた。

「漆黒のジェネシス……。しかも、私の《発狂密室》を覆うように具現化してる。誰? 透さんは三日三晩寝たきりだし、そもそも《発狂密室》を使えない。一体……誰が」

 ジェノサイダーになった日。透さんに出会った日。

 私はただただ恐怖した。悪魔のような、神のような透さんという存在に。

 あの日からもう二度と。もう二度と、私は恐怖という感情を感じることは無いとそう確信していた。だというのに……。だというのに……っ!

「ッッッ!」

 全身に鳥肌が立ち、身震いする。

 透さんと対等の器。神のような存在が“もう一人”。

 そんな悪夢みたいな、奇跡みたいな存在が、今、私の、すぐ近くに、いる……!

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