5「お姉さん騎士だよ!」
どうにかコナギをなだめすかすことに成功したサナギは、一人村の高台にてぼんやりと空を見上げていた。
本来であるならば、夜間の外出なんて危ないから禁止だと言われているが、どうにも一人になりたかったのだ。
幸いなことに家族一同、色々とあったせいでぐっすり熟睡である。
普段は姉センサーに引っかかってあえなく捕獲されるが、流石のコナギも今日に限っては疲れの影響か、センサーも不調だ。
おかげで、サナギは何食わぬ顔で一人の空間を確保できた。
(らしくねぇ。発破をかけたのは他でもない俺だっていうのに)
変わらないものなんてない。それならば、後悔のない選択を。
それを理解していたからこそ、彼女達を送り出そうと思ったのではないか。
だというのに、自分は何をうだうだと考えている。
前世のこともあるし、割り切れると思ってたのに、この有様だ。
案外、自分は彼女達に感傷的になっているらしい。
ままならないものだ、未だ前世と現世の境界線を明確に引けてないというのに。
「この心配も、下らないと吐き捨てられたらよかったのに」
「――お姉さん的には、君が一番心配なんだけどなあ」
何気なく吐き捨ててしまった独り言に返答が返ってくるとは思わなかった。
サナギはびくりと体を震わせながらも、振り返る。
「あなた、は」
「審査の時ぶりだねぇ、元気してる?」
「こんな時間に一人でぼんやりしてる子供が、元気だと本当に思ってますか?」
「ダイジョブダイジョブ、わかって言ってるから!」
「どうしようもなさが増してるじゃないですか」
ひらひらと手を振りながら、笑顔を崩さず近寄ってくる女性に、サナギは眉を顰めた。
「……すっごく馴れ馴れしいですね」
「うん、知ってる。そこまで警戒しなくてもよくない?」
「生憎と、いきなり友好的な態度を取られても困るんですよね。
騎士様が興味を抱くような特別な才能がないもんで」
そう言って、にまにま笑顔を隠さずに、馴れ馴れしく自分の横に座り込む。
どうやら、自分を逃してくれる気はさらさらなく、彼女の興味は優等生二人ではなく、自分らしい。
肩に手を回して、『ルルーノ・ロズワルト』は無理矢理に自分の方へとサナギを引き寄せる。
艶やかな赤の長髪に見惚れるようなルビーを思わせる双眸。
容姿だけ見るとどこかのお嬢様なのに、中身は奇特だというのは、悲しいことだ。
「そんな嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃない?」
「審査の時と態度も言動も違い過ぎで訝しんでるんですよ。
自分のような落第生に構うより、あの二人の面倒を見るべきでは?」
「んー? 『ヌワワ』はそうみたいだけど、あたしは違うんだなぁ。
この村で興味を持ったのは、君一人だけだよ」
快活に笑うルルーノは鎧を着込んでおらず、ローブを雑に着ているだけなので、一見して騎士には見えない。
ふわふわもこもこな態度から油断しがちだが、その実、隙がない。
さっきから逃げようと画策しているが、逃げれる気がしないのだ。
というよりも、何の才能もない子供が騎士から逃げようなんて無理なのだけど。
「ヌワワって?」
「あー。もう一人の方。今は地酒飲み過ぎて泥酔してる。ベッドで死んでるけど、明日の朝にはけろっとしてるよ、たぶん。
というか、あたし達一応名乗ってるはずなんだけどなー、名前覚えてくれないなんてお姉さんかなしーなー」
「今後会うことはないでしょうし、覚える必要あります?」
「あるある~! 何なら、あたしは頻繁にこの村に来るからね~!」
「冗談にしては面白くないんですが……」
もう片方の騎士、ヌワワとやらはグロッキーで死んでるという。
この騎士二人、審査の時は凛々しい表情で堅苦しい言葉だったが、今はオフだからか、節操がない。
こんな調子で騎士をやっていけるのだろうか。否、こんな調子でうまくガス抜きをしているからやっていけてるのだろう。
時間に換算すると数分程度会話しただけだが、のらりくらりとした彼女の生き方からは察せられる。
「君が気になるんだよ、あたしの直感が告げているっ!」
「また、よくわかんない戯言ですか」
呆れ混じりに言葉を吐き捨てる。
才能に溢れた騎士の慰めだろう、一笑に付して、もうお終い。
そう、サナギは思っていた。
「いーや、本当だよ。これは嘘じゃない。命、懸けてもいいよ」
「…………は?」
それまでの軽い口調が成りを潜め、何かを噛み砕くかのような低い声。
同一人物の出した声なのか、と。サナギの飄々とした表情が一瞬で引き締まる。
「自分の直感信じれないんだったら、騎士なんてとっくに辞めてるよん」
「ここは戦場じゃないんですが」
「どんな状況であろうが、あたしは直感重視で生きてるからねぇ」
伊達や酔狂で彼女は言ってない。
大マジの大マジ、サナギでもわかるくらいに、ルルーノの言葉は真剣味があった。
「魔力を全く内包していないなんて、探そうと思っても見つからない――世界に何人いるかどうか。
少なくとも、あたしがそれなりに審査騎士をやってきた中では初めてだね」
「嫌な希少性ですね。逆方向に」
「普通ならライハちゃんとかに目を向けるけど、さあ。もし、あたしの独断で選ぶなら君を連れていきたいな」
「俺が駄々こねたら割りかし真面目に検討しそうな空気出さないでください」
だが、それを以てしても、サナギの考えは揺らがない。
才能。嗚呼、結構。持ち合わせている者は好きに使えばいいし、それが役に立つならいいだろう。
ただ、自分は違う。内包魔力、零。
確かに希少価値があるかもしれないが、実際に役に立たなければ何の意味もない。
変に高望みをして痛い目に合うぐらいなら――。
前世のように自分のキャラじゃないのに、誰かを庇って死ぬみたいなことなど、もうやりたくないのだ。
「あいつらの背中を強く押しといて、駄々こねるってのも道理が合わない。
才能ねぇのに、諦め悪いのは締りが悪い」
「……ま、それも一つの選択だけど。何を望んで生きるか、心の有り様が大事だと思うんですよ、お姉さんは。
それで、君はこのままでいいのかな? 一人取り残される形になっちゃうよ?」
彼女達は前に進み、自分は立ち止まったまま。
本当にそれでいいのか、と。彼女の問いかけは真っ直ぐに自分へと突き刺さる。
言外に彼女は自分を連れ出そうと言ってるのだ。
何が彼女の琴線に触れたのかは知らないが、大層ありがたいことである。
ご縁があってか知らないが、才能ある二人についていくことができて、嗚呼。
「――そんなもんでしょ。いつまでも、ずっと一緒なんて夢物語だ」
自分が彼女達の重りになるなど、クソくらえである。
「自分の不出来を棚に上げて、あいつらの領分を超えるつもりはない。
俺も、姉さんも、ライハも、いつかは別れる。もう二度と会えなくなる可能性だってある」
どれだけ絆を育んでも、ふとしたことがきっかけで永遠の別れになるのは、サナギ自身がよく知っている。
サナギは置き去りにしてしまった。家族も、幼馴染も、日常も全部投げ捨てて、死んでしまったのだから。
「人生に不条理はつきものですしね」
「はー、達観しすぎっていうか。年齢に不釣り合いなその振る舞いもお姉さん、興味あるけど。
別に慈善事業で手を差し伸べてる訳じゃあないんだなぁ。
とはいっても、無理強いしても意味はないし、今回はこのぐらいで収めておくよ」
「ずっと収めておいてください」
これ以上、しつこく来るようならどうしたものかと、サナギは頭を悩ませていたが、ここは潔く引くようだ。
顔には不満の二文字がありありと出ているが、知ったことか。
「今日はお近づきの記念日として」
「嫌な記念日作らないでほしいんですが」
「器量良しのお姉さんと近づけて」
「自分で言わないでくださいよ……」
この調子だと、言葉通り、頻繁に遊びに来そうだから困る。
地酒を餌にして、相方も言いくるめそうだし、今後はしっかりと対策を練らないといけない。
「ともかく! 今後、君が何を選び取るか、あたしは楽しみにしてる」
本当に、厄介な人に目をつけられてしまった。
■
退屈で、つまらない。
鏡がないからわからないが、今の自分の表情は欠片も感情が乗っていないはずだ。
ずっと、ずっと、ずっと。
欠けたモノがあった。そして、その違和感もなくなっていった。
長い、時間が経った気がする。
そうして薄れていく中で、見つけられた光。
怠惰を崩す、唯一の光。
――漸く、出会えたのだ。