4「すんなり幼馴染とジタバタお姉ちゃん」
――マジで来るもんなんだな、騎士さんってのは。
王都適正審査は、つつがなく進行した。
国全体で何回も行われていること故に、もうテンプレが出来上がっているのだろう。
審査方法もいたって単純、『検査魔法』によって子供達に内包している魔力を調べる単純なものだ。
とはいえ、自分とっては初めてのことなのでまあ、それなりに緊張はした。
いくら転生者といえども、鉄のメンタルではないのだ。
(思ってるよりも審査はまともだし、騎士さんもめっちゃ綺麗でびっくりしたわ)
とはいえ、自分は粛々と試験を受けるだけだ。
持って生まれた才能なんてほぼ運ゲーであり、余計なことを考えても結果は変わらないのだから。
それにしても、大人達が姿を見るなり頭を下げて平伏していることから、担当の騎士とやらはどうやらすごく偉いらしい。
そもそも審査を任せられる騎士なのだから、それなりの立場があって当然である。
新人一人が派遣されるのとはわけが違う。
まあ、サナギとしては、派遣された騎士二人がどちらも目を惹かれる美女であったので多少は興味が湧いたが、あくまでそこまでだ。
相手は幾つもの村を回っている多忙な騎士であり、辺境の村に住む子供など、覚えてもらえるはずもなく。
結局、サナギは大人しく検査を受けるいい子で留めることにした。
子供のアプローチなど鼻で笑われて躱されるだけである。
(住む世界が違うってのはこういう事を言うんだな。今回が一回こっきり、二度は会わんだろうな)
聞いた噂によると、位と実力に見合った御大層な称号もあるらしいが、あまり興味はなかったのですぐに忘れてしまった。
いざ自分がいただくとなったら話は別だが、縁遠いものにそこまで懸想することもない。
それよりも、サナギが気になるのは審査結果である。正直、ほんの少しだけ期待もした。
転生者なのだから、それはもう英雄たる才能が溢れている可能性があるかもしれない。
そんなワクワク感を欠片も抱かなかったといえば嘘になる。
ほんのちょびっと――宝くじを買う期待程度には、検査を受けたのだが、まあ、ご多分に漏れず、顔を逸らされる結果だ。
(まあ、才能がないんじゃ、どうしようもない)
現実は儚く、厳しい。テストの点数に例えると、零点だ。魔力は少しも見当たらない。
この世界に生まれ育った人間ならば、大なり小なり魔力があるはずだというのに。
これには検査騎士の女性達も苦笑いで首を傾げるしかなかった。
とはいえ、別に魔力がなくとも生きてはいける。ただ、荒事専門の冒険者や人々を護る騎士などになれないだけで。
ここまで見込みがないと逆にすっきりするぐらいだ。
変に夢を見て打ち拉がれるよりは最初からバッサリと切り捨てられた方が諦めもつく。
「俺は割り切ってるからさ。せっかくわかった才能だぜ? そんな気の毒な顔をするなよ」
「だって……」
このまま平穏に暮らせるなら、それでいい。騎士や冒険者みたいな華々しい存在になれなくても、後悔はしない。
そんなサナギの割り切りとは裏腹に、ライハの顔は申し訳無さで塗りたくられている。
きっと、今の彼女に言葉をどれだけ投げかけたとしても、表情は変わらないだろう。
「ったく、百年……いや、千年に一度の天才だっけか? あの二人も驚いてたじゃないか」
「うん……私がそんな天才なはずないのに。きっと間違いだよ」
「何言ってるんだか、んなことねーよ。
もっと喜んどけって。地方から首都に移住だ、栄転だぜ? 勉強して強くなったら、あの人達みたいに騎士にだってなれるかもしれないぜ?」
この村で才能が認められたのは“二人”。その内の一人、ライハ・ストルトースは特質した才能を認められた。
騎士も驚嘆する程の魔力。一級品の人材と彼女達は称していた。
当然、こんな村に捨て置くには惜しく、彼女は王都にて整えられた環境にて学ぶ権利を得た。
今すぐにでも王都に呼び寄せたいぐらいだと騎士達からの太鼓判も押されている彼女は、その評価に困惑している。
「普通なら行くか行かないか選べるんだよな」
「そうだけど、私の場合はね……あんなにも頭を下げられて一緒に来てくれって言われたらなぁ」
「いきなり背負うものが増えたな、ご愁傷さま」
「他人事だと思って冷たいっ」
「そりゃあ他人事だしな。俺が何を言おうが、結果は変わらないのはお前だってわかってるはずだろうに」
結局の所、選択を委ねられているのはライハだ。家族の期待を背負って学ぶか、この辺境の村で閉じこもるか。
とはいえ、選択肢なんて最初から決まっているようなものだ。
残りは、後押しだけ。親しい自分が背中を押してやることが、最後のきっかけになるだろう。
もっとも、彼女は自分の言葉がなくとも、選ぶことができる強い奴だ。
もう一人の方と比較すると気にする必要はあまりない。
「それでも、あえて言うなら……行ってこいよ。この先のことを考えたら、やっぱり、な。
というか、与えられた機会を逃すのは、もったいないし、才能を活かしてこい。
辛くなったら逃げ帰ってしまえばいいだけなんだ」
「うん……」
「それに、いざという時の為に学び、強くなるってのはきっと大事だ。何もできないで、理不尽に奪われるよりはずっといい」
彼女には自らの前世のような悔いの残る人生を送ってほしくないから。
自分に縛られて行動の範囲を狭められるのは御免被る。
やらないで後悔するよりはやって後悔をする方が後々響かない。そう思ったからこそ、サナギは彼女を送り出すことを尊重した。
「まあ、逃げ帰るってのは言い過ぎかもしれないけど、適度に人を頼ってサボるんだな。それを繰り返してたら、何とかなる」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
サナギもライハと別々の道を歩くことに寂しさを感じない訳ではない。
しかし、彼女の人生だ、自らが重りとなって右往左往させるのはあまりにも酷い。
後々響くぐらいなら、すっぱりと彼女を応援したい。未練たらしく、人の足を引っ張るなんてかっこ悪いことをしたくない。
それに、幼馴染の門出を祝いたい。その気持ちは確かにあり、嘘偽りはないのだから。
「……離れてても、会いに来てくれる? 私が王都に行っても、いっぱい」
「いっぱいは無理だし、そもそも王都まで遠いだろ。道中の魔物とか、金銭面とか。問題大アリだろ」
「だよね……」
「まあ、手紙くらいなら出せるはずだし、まあ数年に一回くらいなら会えるんじゃねぇかな」
この別れが今生の別れでもあるまい。
サナギはこの田舎で、ライハは王都で。それぞれが違う道を歩んでいく。
二人が交わることは今までとは格段に減るだろう。
けれど、零ではない。生きてさえいれば、いつか必ずまた会える。
二人の間に結ばれた絆は容易く消えやしない。
「絶対だよ!」
「わかったわかった」
「約束だからね!」
「――――ああ、約束だ」
いつか、自分達が大人になって。
サナギはしがない農夫で、ライハは勇敢な騎士で。立場は違えど、笑い合える。
その時に自分達の間柄は変わってないといいなぁ、と。
そんな、幸福な夢想を抱いた。
■
正直、ライハの方についてはそこまで問題はないと考えていた。
サナギ抜きでも彼女なら勝手に立ち直って、悔いなき選択を取るはずだ。
一応、幼馴染だから彼女が持ち合わせている強さを、サナギは知っている。
まあ、その強さに頼り切りというのも良くないが、彼女には家族もいるし、自分以外の後押しも効果があるだろう。
「絶対に嫌」
「平行線だなあ」
問題はもう一人の方だ。
ライハ程ではないが、才能を認められた彼女は取り付く暇もなく、王都行きを拒否している。
超絶ブラコン溺愛姉であるコナギは、どんな言葉を投げかけようと、聞く耳を持たない。
「サー君と離れるとかありえないから」
これまでの彼女の言動を省みると、こうなることは予測していた。
それはもう、説得しても意味はないだろう、と。
サナギ的には才能を磨くことができる機会があるなら、試すだけしてほしいと思っているけれど。
ここまで強情だと彼女を動かすには相応の覚悟が必要である。
「離れるって言っても、死別じゃないんだからさぁ」
「い~や~だ~、お世話するの~、一生サー君のお世話~、来世でも~」
「重すぎてドン引き通り越して感心するわ」
どこからこの強情は溢れ出ているのか。
コナギは文字通りジタバタと幼子のように駄々をこねている。
年齢的には問題ないのだが、ここまでするとは。
「あのなぁ、姉さん」
「今の呼び名、もう一回」
「コナギ」
「ああっ、呼び捨てもいい!」
「どんな呼び名でも喜びそうで、俺は怖いよ……」
もう病院に叩き込んでシスコンを治してもらいたい。
ちょうど王都には腕利きの医者もいるだろうし、ちょうどいい機会だ。
ちなみに、両親はサナギに対しての態度と同じく、好きなようにしたら、と放任気味なので、何の頼りにもならない。
「いい機会だし、王都で色々と学んできなよ。そこで学んだことが将来の役に立つかもしれないんだ」
「やだ、サー君と離れるし」
「頑固だなあ」
ライハに語った理由と同じく、自分に縛られてほしくない。
どうせなら、可能性を広げて見聞が深まった姉として尊敬したいのだが、どうにもうまくいかなかった。
サナギは目の前の強情娘に、渋い表情で溜息をつく。
「…………俺の為だと思って」
「サー君の為?」
食いついた。あまり使いたくない誘導であったが、ここまで強情だと仕方ない。
「うん、俺の為。王都で学んで、強くなることは俺の為でもあるんだよ。
考えてほしいんだけど、姉さんが賢く強くなったらまず何がしたい?」
「それはサー君のお世話だったり――ま、まさか!」
「そうそう、王都での生活は後々の俺のお世話に役立つと思うんだ」
自分の為になると言い張って、無理やり王都へと送り出す。
結局は自分絡みであり、自立とは程遠い。とはいえ、きっかけにはなる。
こうでもしないと、ずっと自分に依存したままで、外の世界を見ようとしない。
この広くて、一生を懸けても周り切れるかわからない世界で、もったいないと思ったから。
サナギ自身、無自覚ではあるが、それは家族としての思いやりであった。
そこからは口先での舌戦だ。如何に、自分の将来に姉の学びが助かるか。
それはもう、生まれてここまで喋ったことはないっていうくらいに、喋り続けた。
「サー君……! お姉ちゃん、頑張るよ!」
願わくば、そのまま王都での暮らしに慣れて、自分中心の行動パターンが改められるといいけれど。
その辺りは預かり知らぬ未来へと期待しよう。