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二人きりのアヴェンジャー  作者: 菰之村陸
第1章『悪魔と復讐と少年と』
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3「お姉ちゃんだよ!」

「まあまあ。サナギ君も、もしかしたら騎士になれるかもしれないよ?」

「そうは言っても、先生。騎士になった所で何も変わらないですって。逆に半端に忙しくて辛そうですし。

 先生みたいな有能人間じゃないんすから、俺は。仕事に追われるのは嫌ですね」


 適性審査。何でも、幼い子供を対象に各地を審査騎士と呼ばれる人員が回っているらしい。

優秀な人材を集めるべく、大々的に実施されているとは行商人の噂には聞いていたが、本当のことだったのか。

この審査を通過すると、王都の学園で教育を無償で受けることができ、将来は宮仕えも夢ではないとのことだ。


「よくもまあ、こんなど田舎に来ますよ」


 片田舎の村の子供にも目を光らせるなんて、よほど人材に切迫しているのか。

優秀な人材というのはどこで生まれるかわからない。そう考えると、隅々まで人材発掘をするのは当然か。

サナギはわりかし、冷ややかな思いでいるが、サナギ以外は皆、本気だ。

きらきらとした目で自らに眠る才能を期待している。


「運で決まるようなものに入れ込みすぎてもなぁって」

「サナギ君らしいね。私としてはどんな形であれ、二人がずっと笑顔でいてくれるならいいんだけど」

「片方が才能ありとかで、離れ離れになってもですか?」

「うん、二人はとってもお似合いだから」

「さすが先生、大人の包容力。言ってることに納得はできないけど。見ろよ、ライハ。こういうのが大人の女性だぞ?」

「……いつか先生みたいな大人になるもん」

「期待しすぎない程度の期待だな」


 いまいち審査に乗り切れないサナギは、軽い言葉を吐き捨てるしかなかった。

元来の性なのか。前世の頃からではあるが、どうにも自分は追い詰められないと本気にならないタイプのようだ。

今回の審査のように才能ありきで落ちて元々、受かれば超ラッキーのものなんて今更何をしようが変わらない。

出世欲みたいな俗な望みもなく、周りの熱意には置いてきぼりである。

それにしても、子供達は本気だが、大人達はどうなのだろう。

授業が終わった後、何となく興味が湧いたサナギは村の大人に聞いて回ったが、大抵は同じ答えを返ってくる。


 子供が王都で教育を受けれるなら、これ以上の誉れはない。


 気持ちはわかる。こんな田舎よりも都会で教育を受けた方が今後の未来は良くなるに決まっている。

彼らからは、教育ママパパ的な雰囲気を、サナギは感じ取れる。

地方格差此処に極まれり。元の世界でもあった地方と都会の格差はこの世界でも健在のようだ。

しかし、自分の家庭は何ともズレがあり、そんなことより明日の作物が気になるといった明後日の方向にやる気に満ち溢れていた。

我が親ながら何ともマイペースである。もちろん、自分もやる気がない為、あまり人のことは言えないけれど。


「それは、適性があるならこしたことはないけど。ただ、適性だけで将来を安易に決めちゃうのは良くないと思うわね。

 まあ、サナギに限ってはそんなことないと思うけど」

「お前が生きたいように生きてくれたら十分だよ。親としては、それだけで幸せだしな」


 両親共に、審査の合否に飛びつかないのは、正直意外であった。

母である『カーリア・ケルストル』は何でもないように呟き、父である『カルテ・ケルストル』は大雑把に笑う。

しかし、サナギとしてはこれぐらいの気負いでちょうどいい。

あんまりにも期待されても困るし、気負うあまり、家庭内の空気が悪くなるよりはよっぽどましである。


(いい両親、なんだよな。本来だったら、きっと……)


 年齢にしては妙に大人びていて、手のかからない子供。それがサナギの周囲からの評価である。

純粋な子供とはどうしても違いが出るのは、もう諦めた。こればかりは前世分の影響もある為、治すことができない。

そんな他とは違う自分を大事な息子として扱ってくれることに文句はないし、むしろ感謝をしたいぐらいだ。


(前世の家族を、俺が引き摺っていなかったら)


 それでも、サナギは未だ本心から家族に対して親愛を持てていなかった。

頭にこびりついた前世の家族達が頭から離れない。

優しくて、自らをしっかりと育ててくれた人達を、サナギはまだ過去として拭い去ることはできない。

自らが死したことによって彼らはどうなったのか。

最後に庇った幼馴染は俺がいなくてもちゃんと生きてるのか。

そのことを考えるだけで胸が痛くなった。

未練がある。成し遂げられないまま終わった明日がある。


(親不孝者だな、俺は。もうどうしようもないってわかっているのに、痼として残っている)


 自らのことを忘れてくれとは言えないが、いつまでも縛られてほしくはない。

健やかに生きてくれたら、いい。サナギは強く、切に願うのだ。

もっとも、前世と今生を未だ割り切れていない自分が言えることではなかった。

自分のことを棚上げしてる癖に、と。真綿で首を絞められたかのような苦しみがまとわり付く。


 ――佐名木蓮司とサナギ・ケルストルの境界線は色濃く引かれたままだ。


 今のサナギにできることは、抱えたまま進むしかない。これからゆっくりと、今の家族を好きになっていけたらいい。

幸いなことに、時間はある。歩くような速さでもいい、彼らを家族と認められるように、自らを割り切っていこう。


「俺はいいとして、姉さんこそ適正があったらどうするんだよ」

「サー君と離れるのは絶対やだ、拒否権発動でーす」

「即答かよ。というか、愛が重いし、流石にそれはどうかと思う」

「重くないよぉ! 一般的な愛の重さだよぉ! 全世界のお姉ちゃんは皆私と同じ気持ち!」

「一般的な愛だったらここまでひっつくはずないんだけどなぁ……。

 というか、全世界のお姉ちゃん、たぶんそこまで弟を溺愛してないと思う」


 そんな、ゆっくりペースを主張する自分の領域にズカズカと踏み込んでくるのが我が双子の姉だ。

本当に遠慮なく、言動全てが、真実愛マジラブ豪速球である。


「サー君はずっと私と一緒に暮らすんだよ。この村を出る時は私も一緒だよ」

「過保護過ぎるよ、俺がもしいなくなったらどうするんだよ」

「……死ぬまで後悔を抱えるね」

「重いよ!?」

「お姉ちゃんの愛は重すぎるぐらいがちょうどいいの」


 愛というのも、重すぎると考えものだ。

この一歳年上の姉、仮に適正審査を通ったとしても、自分と離れるのは絶対にお断りと言わんばかりに駄々をこねている。

ご覧の通り、『コナギ・ケルストル』は、ブラコンである。それはもう、誰もが認めるくらい、ブラコンだ。

しかし、大抵のことはそつなくこなす自分のせいで、彼女の愛は空回りしている。

お世話したがりなのに、逆にお世話されているというのは村では有名な噂だ。


「こうして積極的にいかないと、サー君はすーぐ独り立ちしちゃいそうなんだもん。

 私だけでなく、父さんや母さんとも一定の距離を置いているし。口には出さないけれど、皆心配してるんだから」

「そんなことはないよ。三人のこと、ちゃんと家族と思ってるし」

「それなら、もっと私達に頼ったり甘えたりしてほしいな。

 他の子供達と違って、全く頼られないのは悲しいんだよ。実際、手がかからないのは助かるけれど、感情的にはね?」


 その言葉を素直に受け取るには、サナギは大人で在り過ぎた。

やはり、完璧に子供のように振る舞うなんて無理だ。

前世の記憶を持っているという事実。

言った所でどうにもならないし、そもそも信じてもらえるかどうかすら定かではないのだから仕方がないと割り切ってはいるけれど。


「そういう訳で、サー君はもっとお姉ちゃんを頼ってくれてもいいんだよっ。

 負担とかそういうのは家族なんだから考えないでね!」


 自分の子供が突然前世なんてものを語り始めたら、今の環境が壊れるかもしれない。

穏やかな日常が気まずくなるくらいなら、ずっと内に秘めておいた方がましだ。


「お姉ちゃんと死ぬまで一緒だよっ」

「…………うわ」

「そこで引かないでよぅ、悲しくて泣いちゃうよ???」

「…………」

「ああぁぁああああっ!!! 目まで逸らされたぁぁあ!!!!!」


 そう、彼女は悪くない。積極的に歩み寄ってくれる姉は何一つ悪くないのだ。

どうしようもない、真実を話せない弱い自分が悪いだけなのだから。

だから、そんな風に悲しく笑わないでほしい。ずきり、と。胸に言い様のない痛みが迸った。







 少年を、見ている。

彼が生まれてから、ずっと、見ている。

双眸に映るのは、つまらない、何の価値もない、世界。

弱々しい身体、途切れてしまった何か。

その中で、虚無的な世界で見えた、唯一の光。


 ――消えてしまった思い出が見ている。

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