執心㈡
「……あの……枯れ木の下で、佇んでいる君を見て……信じられないくらい綺麗だなって、思った……。それで、君を追いかけて行ったら、ここに入って行ったのを見て……」
「歳はいくつになる?」
「……もうすぐ、十歳……」
そう答えて、ディーチェはもどかしそうに牢の中を覗く仕種をした。
「ねえ……ねえ、君は、君は何て名前なの?」
「……私……?」
記憶を辿るような表情で、姿鬼は目線を虚ろにディーチェから外す。
「……オウラ」
無意識下に発したかの如き声音で彼女は言った。
「オウラ……?」
「それがいつ付いた名かは知らぬがな」
「え?どうして?」
「何も、覚えていないんだ……姿鬼と化す以前のことは……。この名も、いつの日から己の名だと思い始めたのか……」
「……」
「……ふふ、どう反応したら良いかわからんといった表情をしているな」
「え……そ、その……」
ディーチェは両手の指で頬を擦った。
オウラは笑っていた。意外にも、その笑みは棘が削ぎ落とされたように柔らかかった。
「お前はどうしてこんな所まで一人で来たんだ」
「……それは、オウラに会いたかったから……」
「何故?」
「……オウラはきっと、世界中の誰より綺麗だよ。僕は……、この街から出たことがないけど、でも、絶対そうに決まってる。……でも、ただそれだけじゃなくて、……なんだろう……なんだか、よくわからないけど……だけど……何か、どうしても逢いたくなって……」
「昼には川辺の木の下で会い、今は収容所で格子越しに会い、か。……姿鬼が、怖くはないのか?」
ディーチェは不思議そうな顔をした。
「なんで?だってオウラは僕と何も変わらないじゃない。今も昔も、同じ人間でしょ?」
「……」
収容所の中の空気が一気に張りつめた。
オウラの表情に怒りが浮かんだのだ。
「……どうしたの?何か、気に障った?」
「……いや……。ならばお前はこの有様を見て何を思う?」
オウラは眼光鋭く問いを放った。
ティーチェは暫くオウラの貌を見つめ、思い出したように横を向いて他の牢の奥を眺めた。
灰色に変色したボロボロの衣服を身に纏った、亡骸のような体躯と成り果てた姿鬼達の横たわる監房。封印によって生気を抜かれた彼らの眼は、空虚な幻を映し濁っている。
ディーチェは、オウラの隣の牢の中で立て膝をしたまま仰向けに寝転がっている女の右頬が、地面について砂まみれになっている様、そして唇の端が力なくその砂を口中に招き入れている様を見て、思わず顔を背けた。