終焉への第一歩
ズグッ────。
ポタタタッと地面に落ちる赤。
「かはっ」
なんで…。
倒れこんだ地面から見上げると、そこには涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした男が震える手で剣を握っていた。
俺は彼を知ってる。当たり前だろう。大事な俺のパーティー仲間なんだから。
なぁ、エタ。お前にとって俺は仲間じゃなかったのか…?
ここは森の中。周囲には魔物の気配もないし、操られているという事はないだろう。
今まで3人で苦楽を共にし、信頼関係を築き上げたつもりだったんだけど…。
「っ!俺は…っ!うぅっ……」
──どうした、エタ?
「お前がっ!邪魔だった…っ!!!」
邪魔…?そんなに俺がウザかったか?
まぁ、ウザいくらいに話しかけたりはしていたが…。でも邪魔した覚えはないぞ…?
エタが俺の側に崩れ落ちる。
「ごめっ…ごめん…っ!うううっ…ごめん…ロディア…」
…何でそんなに謝るんだ。俺を刺した事を後悔してないんだろう?
なら、何も謝る必要はない。
「俺は…リカが好きだったんだ…。ずっと前から…」
!
そうか!それは良かった!両想いじゃないか!
「なのに…なのにっ…!ロディア、お前がいると俺を見てくれない!」
?それは勘違いだよ、エタ。
リカはいつだって、恥ずかしがってお前を直視出来ないでいたんだ。
いつも遠くからお前の事を目で追っていたさ。
「お前を見つけると、俺の側からすぐに走ってお前の元へ行ってしまうし…」
それはどれだけお前と至近距離で話せたとか、どんな話を一緒にしただとか、ほとんどお前の惚気話だったけどね。
「それに、何故か俺は叩かれたり蹴られたりするのに、お前はそんな扱いを受けてない。…まぁ、叩いたり蹴ったりしてくるリカは可愛かったけど…」
当たり前だろう。リカはお前を叩いても蹴っても、どれだけ丈夫で逞しいかを俺に力説する為にわざとそうしていたんだから。
恥ずかしがり屋な癖に変な所で大胆なんだよ、リカは。
「挙げ句の果てにはお前と一緒に寝るだとか、風呂まで一緒にと…!!!」
⁉︎
ちょっと待って欲しい。何か誤解してないだろうか?
「もう、限界だったんだ…!」
頭がクラクラする。物理的にも精神的にも。
「だから……ごめん。今日2人で狩りをしようと誘ったのは、お前を殺す為だった……。──お前を殺して、俺はリカを手に入れる」
うん。だから両想いだって。
「お前がいなくなれば…リカは俺を見てくれる。だから…俺はこうするしかなかったんだ…」
エタは俺の首にかかったペンタクルの模様が入った首飾りを丁寧に外していく。
ちょっ!それはダメだって!とっても大事な人から貰った物なのに…!
抵抗しようにも身体が動かない。
エタは俺の首飾りを大切に手に持ち、立ち上がる。
「ごめんな、ロディア。さよならだ。せめてお前が女だったらと何度思った事か…」
ちょっと待てぇーっ!!!!!
おいエタっ!俺達結構長い付き合いだったろっ⁉︎
必死に言葉を話そうとするが、口がパクパクなるだけで言葉にならない。
エタは俺に背を向けて遠ざかって行く。
せめてこれだけは言わせてくれ!
俺はっ!!!女だぁぁぁっっ!!!!!
あ──。まじか。男と勘違いされて俺は刺されたのか…。
リカはとっくの昔に知ってたぞ。
だから、女同士で一緒に風呂に入っても、一緒の寝室で寝ても何も問題ないだろう?
涙が頬をつたう。
自嘲の笑みがこぼれる。
あぁ、結局俺は誰も救えなかった。
ギュッとペンタクルの首飾りを握ろうとして、エタが持って行ってしまった事に気付き苦笑する。
だんだん目の前が暗くなってきた。
あーあ。もう人間なんて知らないや。
──まわるまわる。自分の頭が。
──まわるまわる。目の前の世界が。
そして「私」は意識を失った。
──ふぅぅ─。
優しい温もり。吹き込まれるは生命の息吹。そして誰かに抱きしめられてる感覚。
「んぅ…」
「…起きたか?」
チュッと額にキスを落とされる。
ゆっくりと目を開けた先には、大好きな彼の顔が目の前にあった。
「全く。我が婚約者殿は毎回無茶をする。もう懲りたろう?」
小さく頷く。
彼は優しく微笑み私の長い髪をすいて、片手で抱き上げてくれる。
「さぁ、帰ろう。我が国へ。そして浅はかな人間共がこれ以上、我が仲間達を傷付ける前に根絶やしにせねば」
私はもう反対しなかった。
──100回だ。私は100回魔族を毛嫌いする人間の中に潜り込んで、人間達と仲良く出来る所を証明しようとした。そして、何とか人間と魔族が戦争にならないように魔王に説得してきた。
でもダメだった。
私が魔族であると知った瞬間、彼らは私を殺そうとするか、見世物の様に扱おうとするか、奴隷にしようとした。
…最後だけは正体を明かす前に終わったけど……。
私に対する仕打ちを見てきた彼は、もう我慢の限界の様だ。
これでは私が今まで頑張って来たのは、彼を人間嫌いにする為みたいじゃないか。
彼は魔王として人間を根絶やしにするだろう。
そして私も、もう人間を庇う事はない。
エタ、リカ。短い間だろうけど、お幸せに。
──彼らなら私を受け入れてくれると信じてたんだけど、正体を表す前に終わってしまったのが非常に残念だ。
彼らとは嫌でもまた顔を合わせる事になるだろう。
あの首飾り、彼から婚約指輪代わりに貰った本当に大切なものなんだ。
「俺」の形見として持って行ったんだろうけど、取り返しに行かせてもらうから。
「ロディアリア、大丈夫か?」
「はい、テリアミア様。魔王城へ帰りましょう」
そして私達は彼の転移魔法で魔王城へと帰った。
* * *
私達の目の前に広がるのは、魔族の中央都市を埋め尽くすほど沢山の魔族の軍隊。
あれから約1カ月。一般市民にも募集をかけていたが、正直ここまで集まるとは思わなかった。
今日は、今まで護りに徹底していた私達魔族の反撃の第一歩だ。
今まで魔族がどれだけ人間の仕打ちに耐え、護りに徹底し、その上で歩み寄ろうとしていたのか人間達にはもう知る由もないだろう。
だけど、もう、容赦はしない。
魔王であるテリアミア様と、私、ロディアリアは魔族の頂点に立っているのだから。
正装に身を包んだテリアミア様の半歩後ろで、私は決意を新たにする。
「私達魔族は!今まで人間のどんな所業に対しても我慢してきた!必死に歩み寄ろうとした我々の心を人間達は踏みにじったのだ!人間の所為でどれだけの命が失われたかも定かではない!だがそれも今日で終わりだ!我々は!今日をもって人間に反撃する!」
『おぉぉぉぉ───!!!!!!』
「だが、間違うな!我々は非道な殺戮者じゃない!我々を差別しない者や、武器を持たない者、反抗しない者達には決して危害を加えるな!行くぞっ!反撃の開始だぁっ!」
『おぉぉぉぉおおお!!!!!』
さっきよりも大きな雄叫びに耳が痛くなる。
テリアミア様はクルリと私の方を向き、「本当に良いんだな?」と聞いてくれる。
「はい。私も貴方達と共に戦います」
「…そうか」
彼は私の頭をくしゃりと撫で、じゃあ行こうかと手を引いてくれる。
怪我だけはしないでくれと呟いた声に、私は大丈夫だと彼の手を強く握った。
さぁ、行こう。
人間達への反撃開始だ──!