その6
(6)
藤本教授は車の助手席のシートで目を覚ました。隣には可額智遊が煙草を吹かしな
がらカーラジオの音楽に合わせて指でリズムをとっていた。藤本教授は後ろに傾いて
いるシートから、ゆっくりと身体を起こした。
「先生。具合はどうですか?」智遊は心配そうに尋ねた。
「ああ、何とも無いよ。わしは一体どうしたんだ?」
妙に額がズキズキと痛むので手を触れてみるとバンソウコが張られていた。
「何だか急に倒れてしまって。その上、頭でお皿を割ってしまって、大変だったんで
すから」智遊は笑いながら言った。
「そうですか…迷惑をかけたみたいですな」
「もう、本当に大変だったんですよ。店のオーナーが慌てて救急車まで呼んでしまっ
て。私が必死に説得して帰って貰ったの。それから、オーナーが私にしつこく質問し
て。どうやら先生が料理を食べて、食中毒か何かを起こしたと思ったみたい」智遊は
クスクスと笑いながら言った。
「それで支払いはどうしましたか?」
「何だか良く分からないけどオマケしてくれました。先生のお陰で得しちゃったけど、
しばらくあの店には行きにくいわね」智遊は楽しそうに笑いながら言った。
「そうですか…」
藤本教授は外の景色を見た。薄暗い窓の外には海が見えた。何処かの埠頭らしい。
こんな所に若い奇麗な娘と二人きりだなんて。
「可額さん。あなたは家に帰らなくて良いのですか。時間も遅いようですし親御さん
も心配するでしょう」藤本教授は心にも無い事を言った。実を言うと、もう少しの間
こうしていたかった。
「別にいいんですよ。こうして風に当たっていると何だか気持ち良いし」
智遊は人差し指で外に向けて煙草を弾いた。煙草は煙を上げながら地面に転がった。
「先生は何か予定があるのですか?そうでしたら、お送りしますけど」
「いや、わしは別に」藤本教授は言った。そして、暗い海に目を移した。何と無く良
い雰囲気だった。ハレンチな想像が頭の中で膨らむ。
「先生、さっき話した事なんですけど」智遊が口を開いた。「私、どうしても見つけ
出したいんです。祖父が必死に探していた物を。そして知りたいんです。あの扉の向
こうに何があるのか」
「そうですか」藤本教授は言った。
しばらく沈黙があった。
「分かりました。わしも考古学者のはしくれだ。喜んで可額さんに協力させて貰いま
しょう。実を言うと、わしもその扉をこの目で見てみたい。そして、わしの研究をあ
ざ笑った世の学者達をギャフンと言わせてやりたい」藤本教授は智遊の顔を見ながら
言った。智遊はそれを聞くと笑みを浮かべた。
「本当ですか!先生、ありがとう。私、何てお礼を言ったら良いか」智遊は本当に嬉
しそうに言った。
「何、構わんよ。わしも何年かぶりに熱くなってきた。きっかけを与えてくれた可額
さんに感謝しますよ」
「それでは、もう遅いですから今日はこのへんで帰りましょうか」藤本教授は言った。
智遊はニッコリと微笑んでから頷き、エンジンをかけて車を発進させた。