その3
(3)
車は藤本教授の知らない道を東に向かって走り続けた。その間、外の風景を眺めた
り、チラチラと女の横顔を見たりしていた。何て奇麗な娘だろう…と改めて思う。こ
んな娘がわしの講義に出席していたなんて全く気付かなかった。
藤本教授は今まで、ぼんやりと講義を行っていた時間を心から悔やんだ。女の横顔を
眺めていると不意に女がチラッと横を向いた。
「どうしたんですか、先生。さっきから私の顔ばかり見て」女は真顔で言った。恥ず
かしさのあまり真っ赤になってしまった。
「嫌だ、先生。そんなに赤くならないで下さい。冗談ですよ、冗談」女は笑いながら
言った。藤本教授は緊張のあまり何も話せなくなってしまった。
「そう言えば、まだ自己紹介もしていませんでしたね。私は3年22組の可額智遊と
申します」女は言った。
「カヌカトモユ?これはまた、カヌカとは珍しい名前ですな」
「ええ、良く言われますわ。変なの、可額なんて外国人みたいって。昔は傷付いたも
のですけど」智遊は言った。
「失礼。わしはそう云うつもりでは無かったのです」
「気にしないで下さい先生。もう、慣れっこですから」智遊は言った。「ところで先
生は中華料理ってお好きですか。今から行く店は中華料理店なんですけど」
「中華料理ですか。あいにく、わしはラーメンくらいしか食べたことがないですな」
「あら、お嫌いなのですか?」智遊は驚いたように言った。
「単に縁がないだけですよ」
「それならば良い機会ですわ。とっても美味しいんですよ」智遊は言った。そして、
その後しばらくは黙って運転に集中していた。