その5
正直、やりすぎたと反省しています。
話は雪が萌と咲の二人をかばって出て来た時にさかのぼる。
この土地の地理に明るくないムートの先導は思った以上に時間がかかってしまった。
ようやくたどり着いた先には白衣の怪人物と巨大な猿の怪物。そして、その前に姉と友達二人の姿が。
「……雪お姉ちゃん、みんな」
「っと何とか間に合ったようだね、さあ、変身を」
やはりか。シェリナはそう胸のうちで呟いた。
「……家族や友達を巻き込みたくない。戦っているのが私だってばれたら皆心配する」
「それは大丈夫」
胸を張って答えるムート。
「変身の後は“認識阻害結界”が自動的に全身を覆うようになっているから。例え素顔を見られても、自分の名前を口にしても、相手はそれがシェリナだとは気が付かない。頭の中で変身前のシェリナと変身後のシェリナが結びつかないようになるんだ。これは記憶媒体にも作用するから、写真なんかを取られても大丈夫」
さすがは異次元の魔法。そういう所のお約束はしっかりと守っているらしい。
「じゃあどうやって変身するの?」
「アイテムを握り締めて、心の中でそのアイテムの事だけに意識を集中させるんだ。そうすれば、おのずと変身キーワードが頭の中に浮かんでくる」
「分かった」
シェリナはペンダントを胸に押し当てるように握り締め、目を閉じる。そして、そのペンダントに、そこから流れてくる暖かい力に意識を集中させる。
すると、閉じた目の暗闇の奥から光が漏れ出すような感覚が。やがてその光は大きくなっていって、それが文字だと気付いた瞬間に、
「戦衣着装」
シェリナはその呪文を唱えていた。
ペンダントからあふれ出す光。シェリナの体はその光に包まれる。やがて光は帯となり、シェリナの体に巻きついていく。帯が巻きついたところから光は実体化し、魔法少女の衣装へと変化していく。
そして、最後に額に現れるのは、中央に金色の宝石をはめ込んだ、目を意匠したティアラ。
ここに、魔法少女シェリナが誕生した!!!
「す、ごい、初めての変身でこんなに魔力が」
その姿、その力にあっけにとられたかのような顔をして呆けた声を出すムート。一方シェリナのほうも自分の体内を駆け巡るすさまじいまでのエネルギーを自覚していた。ともすれば暴走させてしまいそうなほどの。
「うきゃあああああ!」
と、響き渡る雄叫び声。見れば怪物が正に今この瞬間三人に襲い掛からんと……
「戦闘開始」
その呟きと共に、ムートの首を鷲掴みにして一気にジャンプ!
「ちょっ、何する」
「攻撃」
「どあああああああ!?」
一度の跳躍で10数メートルの高さに到達したシェリナは、そのままムートを敵に投擲。自身は街灯の天辺に着地する。
「命中」
「うぎゃああっ!?」
「何奴!?」
敵の突進を阻害し、皆の無事を確認した後、白衣の相手に向き直る。そして―――
「この世に蔓延る悪の所業、我が金色の瞳が逃しはしない。この眼の見据える未来の先に、笑顔の花を咲かせるために!」
その服は純白。要所要所にフリルつきのドレス。精緻な金糸、銀糸の裁縫がよりいっそうその魅力を引き立たせ、それでいて装着者の動きを阻害しないような設計になっている。下も同色の短めのスカートに純白のニーソックス。
さらに衣服に負けないほどに白く輝く肌と白銀の髪、そして顔の中央で輝く二つの赤い眼と額の金の眼がその神秘さをよりいっそう際立たせている。
「真眼の魔法少女シェリナ、ここに推参!!!」
決まった。背景効果が眼に浮かぶくらいに決まった。
その魔法少女の登場に、誰も声が出せなかった。
そして、その場の主役は……
(なぜこんな前口上を!? 口と体が勝手に!?)
内心でものすごく恥ずかしがっていた。穴があったら入って埋まってしまいたいほどに。どうやら自分の意思ではなかったらしい。アイテムの仕業か。毎回こんなことをしなければいけないとしたら、ある意味呪われている。
「き……」
その時、硬直していた萌が、
「きゃあああああっ! 魔法少女! 本物の魔法少女よおおおおおおお!!!」
叫びと共に携帯を取り出し、カメラ機能で写真を撮り始める。
「いやあああああ! 何でデジカメ持っていないのおおおお! でも写メだけでもおおおおお!」
「お、おい? 萌?」
「ああああああ! こっち向いてえええええええ! 握手してええええええ! サイン描いてえええええ!」
「……」
壊れた友人を前にどうすることもできない咲。というか目が関わりたくないと言っている。
「うわあ、あの服かわいいなあ」
雪のほうは別の方面に感心していた。
その三人を見て、どうやら本当に自分の正体はばれてはいないようだと、そこだけは安堵するシェリナ。これで思いっきり戦えると思い敵に向き直ると、
「ズ」
なぜか俯いてプルプルと震えている白衣の敵。そして、
「ズキュウウウウウウウンンンンンンン!!!」
「はい?」
なぜか射撃音の口真似をする白衣に困惑の表情を見せるその他の人々。そんな彼女達を無視して、背筋を伸ばしつかつかとシェリナの立っている街頭まで歩いていく。そして、
「ハートを打ち抜かれました。給料1年分です。結婚してください」
「お前もか!!!」
「しかも年端も行かない女の子に手を出している時点でさっきの猿よりやばい!?」
指輪を差し出すドクターに突っ込みを入れる友人二人。
そんなドクターを一瞥し、シェリナは街灯の上から飛び降りる。
「おお、私の愛を受け取ってくれるんだねハニー! さあ、この胸の中に飛び込んでおいで!」
目指す着地点はドクター……
「私と結婚したかったら……」
の顔。
「都内一等地の家と土地を持ってきなさい」
ゴスッ
「ごふっ!?」
見事にドクターの鼻につま先をめり込ませたシェリナ。そこを足場にして再びジャンプ。空中で一回転しながら三人の傍に降り立つ。ドクターは鼻血を撒き散らしながら撃沈。
「大丈夫?」
「……あ、ああ。あたいたちは大丈夫。というか家と土地って、そんな夢も希望も無い。もらったら結婚するのか?」
「売る。そして株を買う」
「この子黒い!? 中身真っ黒だよ!?」
「株には夢も希望もいっぱい」
「汚れてる!? その夢と希望、欲望で汚れきってるから!?」
シェリナと咲がそんな漫才をしている間にも萌は写真を撮り続けている。
「あ、あの、サインいいですか? 後握手していただけませんか?」
「問題ない」
「ありがとうございます。あ、ここに萌ちゃんへって描いてください。できれば一緒に写真もとりたいんですけど」
既にアイドルの追っかけと化した萌は大はしゃぎだ。
「も、萌。今は一応戦闘中なんだぜ? 雪さんも何とか言ってやって……」
「ふえ?」
「ってなんで色紙握り締めてるんですか!? あなたもですか!?」
わくわくしながら順番を待っていた雪に、裏切られたような顔で叫ぶ咲。
「ち、違うのよ? 私は別に……」
「ふ、ふふふふふふふふ」
地の底から響いてくるような笑い声に、我に返る一同。振り向けばいつの間にか復活していたドクターが、これまたいつの間にか復活していたホワイトモンキーを従えて不気味に笑っている。
「ふふふ。そんな黒いところも素敵だよシェリナたん」
「た、たん……」
「気をつけて! あいつプロよ!」
何のプロだ。
「こうなったら力づくでも君を花嫁にする! ホワイトモンキー、全力で行けえっ!」
「うっきいいいいい!」
その言葉に応じて背中の棒を抜き取り、構えるホワイトモンキー。その体からは先ほどまでとは比べ物にならないほどのプレッシャーが!
「シェリナ! こっちも武器を使うんだ!」
「ムート! ……生きていたの?」
「ひどい!?」
「でも武器って?」
「そしてあっさり流した!? ……この事については後で話をしよう。とりあえず、君の手袋の甲の部分についている宝石を使うんだ!」
「宝石?」
確かに、はめている純白の手袋には甲の部分にレンズのようなものが張り付いている。
「その宝石に自分の瞳を映して、ほしい武器をイメージして“視る”んだ。そうすれば望んだ武器が実体化される。そのイメージが強ければ強いほど強力な武器になる」
「イメージ」
そしてシェリナはイメージを始める。敵を倒すための武器。強力な力を持った武器を。
次の瞬間、手の甲の宝石からまばゆい光が!
「っく!? ホワイトモンキー! 行きなさい!」
「うきっ!」
言葉と同時に飛び出すホワイトモンキー。だが、その時にはシェリナの手の中に光が収束していた。
「幻視実体化」
旧ソ連で発明されたその武器の名称は、ロシア語で携帯式対戦車擲弾筒を意味する頭文字をとった略称から作られた。構造単純、取扱簡便、低製造単価、しかもそのわりに高い威力を発揮するため各地のゲリラ達が愛用する歩兵最強クラスの兵器。その威力は下手な戦車ならば即座に沈黙させる。
その中で、1989年に採用されたこの型は発射器の口径:105mm 、重量:12.5kg 、全長:1850mm 。弾頭は爆発反応装甲に当たっても無力化されない為のタンデム成形炸薬弾。
通称、吸血鬼と呼ばれるその兵器の名は!!!
「RPG−29!?」
「発射」
チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
戦車の装甲を貫く弾頭は、ホワイトモンキーに一直線に向かい、爆発。ドクターを巻き込みその姿を爆炎の向こうにかき消した。
そのすさまじい威力に、誰も声を出せない。
「……命中」
「ちょっとまってえええええええ!?」
あわてて致命的な間違いを犯したシェリナに抗議を入れるムート。
「何で? 何でRPG? 何でそんな血も涙も無い兵器が魔法少女の武装なの?」
「敵と戦う時は、相手のリーチ外からの、圧倒的火力による殲滅が一番安全かつ効果的」
「そうだけど、そうだけど違う! そんな無慈悲な戦法を採らないで!?」
言い合う二人の後ろ。ギャラリーの三人も意外な結末に唖然としている。
「……これって、いいのか?」
「……まあ敵は倒したし」
「……問題ない、のかな?」
一応敵は倒した。こちらに被害は無い。だから普通は喜ぶべきなのだが、なぜか釈然としない。と、その時!
「ふ、ふふふふふふふ」
「なに!?」
その声は煙の向こうから聞こえてきた。あわててそちらに視線を向ける五人。するとそこには!
「ま、まさか……このような、手段で……ごほっ」
まだ五体満足のドクターとホワイトモンキーの姿が!
「よ、よかった! ……じゃなくて。あ、あの攻撃で生きているなんて!?」
敵の生存に思わず喜んでしまうムート。さすがにあのまま昇天されたのでは色々と問題があったらしい。
「ふ、ふふふ……この程度の攻撃で、私達がぐはっ」
「いや、本当に生きてるだけみたいなんだけど」
よく見てみれば二人ともぼろぼろだった。その全身を光のヴェールが覆っているところから視るに、ガードしたものの、衝撃を全て吸収することはできなかったらしい。
「障害が高ければ高いほど恋は燃え上がるとはいえ、こうなったらあれを使うしかないようですね……ホワイトモンキー!」
「うきゃあああああ!」
雄叫びを上げるホワイトモンキー。そして、おもむろに自分の毛皮から毛を数本毟り取る。
「な、何やってんだ、あいつ?」
「……」
「……まさか」
その行為の意味が分からずに首を傾げるギャラリー三人。だが、シェリナとムートは緊迫の面持ちで敵を見据えている。
「ふははははは! 見よ、我が実験体の神秘の力を」
次の瞬間、ホワイトモンキーがけに息を吹きかける。飛ばされた純白の毛は宙を舞い、そして……
ボン! という音と共に煙に包まれ、その中から本体と寸分たがわぬホワイトモンキーが!
「なっ何だと!?」
「孫悟空!?」
「うわあ」
あっと言う間に数十匹に増殖したホワイトモンキーを前に驚愕の一同。
「ふははははははは! これぞこちらの神話を元に開発した分裂、増殖術式! コピーとはいえその能力はオリジナルと寸分たがわない! この大群が相手では先ほどの単発式の兵器は役には立つまい!」
「っく、確かに。RPGは使い捨てだから。ある程度の犠牲覚悟で突っ込まれたら……」
この事態に青ざめた表情のムート、しかし、
「大丈夫」
その窮地の中でも揺らぐことなく響く声。
「私は負けない。必ず皆を守って見せる。」
「シェリナ……」
まだあって間もないのに、この安心感は何なのだろう。見た目は儚く、頼りなく見えるこの少女。だが、この少女ならばやってくれる。そんな期待を抱かせてくれるせ横顔に、ムートは見とれた。
そしてシェリナは、再び武器を手に取る。
「幻視実体化」
その手に光が収束する。
「ふははははは! シェリナたん! いくら強力でも一発だけではこの群れを止めることは……え?」
製作されて70年以上経つが、基本構造・性能・更新コスト等トータル面でこの機関銃を凌駕するものは、現在においても現れていない。1933年に米軍が制式採用。第二次世界大戦以来、現在でも各国の軍隊で使用されている。
口径50の12.7mm 、装弾数:ベルト給弾(1帯110発) 、全長:1,645mm 、重量:38.1kg、発射速度:約400〜600発/分 、銃口初速:853m/s 、有効射程:700〜1,000m
別名「キャリバー50」や「フィフティーキャル」。世界で最も著名な重機関銃。その名は―――
「ブローニングM2重機関銃!?」
「殲滅」
ドガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
鋼の体を持つ悪魔は唸り声を上げながら眼前の敵を紙くずのように吹き飛ばしていく。
50口径の威力はすさまじく、着弾するたびに体がは(以下検閲削除)、頭がふ(以下検閲削除)、内ぞ(以下検閲削除)。
すべてが終わった後には、動くものは残っていなかった。土煙にまぎれて辺りを見渡せないことは救いなのか。
と、猿達の遺骸が煙と共に消えていく。どうやら分身体は損傷が激しいと消えてしまう仕組みらしい。
「殲滅完了」
「だから待てっつってんだろーがあっ!」
さすがにこの暴虐に切れるムート。当たり前だが。
「何で!? 何で近代兵器!? 君魔法少女でしょ!? 魔法で戦おうよ! 何で頭の中そんなにフルメタルなのさ!?」
その質問にしばし考えこむシェリナ。やがてムートの口元に耳を寄せる。
「雪お姉ちゃんが『いつかあの泥棒猫を殲滅するために』って何冊かそんな本を」
「……そのお姉さんの思い人に『早く選べ』と伝えておいて」
でなければ確実に死人が出る。血の雨が降る。
「それに私はまだ魔法になれていない。集束砲とか使えない。まだ仕組みが分かっている兵器のほうが使いやすい」
「……だからなんで思考がそっち方向なんですか?」
シェリナが考える魔法はリリカルな人達が使っているもののことらしい。まあ、確かにあれは近代兵器とどっこいどっこいの威力だが。
「く、くくくくくうううう……」
その時、再び煙の中から笑い声……というか、
「う、ううううう……ま、まだまだ……」
煙の向こうから再びドクターとホワイトモンキー。もっとも、二人ともぼろぼろの上、半泣き状態である。重機関銃の掃射の眼前にいたのだから無理もないが。
「こ、ここは紛争地帯ですか? あの程度のお給料でこの仕事じゃ割に合いませんよ……」
「……あのー、もしよろしければこのまま帰っていただけないでしょうか? これ以上は、僕達も惨劇を見たくないというかなんと言うか」
ものすごく腰を低くして相手に撤退を呼びかけるムート。さすがに気の毒になったらしい。
「で、でも、良い」
「……はい?」
突然、雰囲気を変えるドクターにきょとんとした顔を向ける。
「今まで感じたことの無かった衝撃が体を駆け巡っています。今こそ言おう! シェリナたん! これは君への愛だ!」
大真面目にそんなことをのたまう白衣に、引く一同
「お、おい、なんかやばい方向に目覚めてないか? あいつ」
「隠れた性癖、通称Mが開花したみたいだね」
「衝撃って、頭を強く打ったんじゃないかしら?」
「というか、このご時勢に年齢が低い子への偏愛がどれほどやばいのか分かってないよ。下手したら色々な意味で世界が終わるって」
そんな中、無表情でドクターを睨み付けるシェリナ。そんな彼女の様子をいぶかしげにのぞきこむムート。
「どうしたのシェリナ?」
そして、ムートは聴いてはいけない言葉を聴く。
「……うざい」
「……え?」
一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「いいかげん飽きた。さっさと終わらせる」
「…………」
目が本気だ。どうやらさすがに限界が来ていたらしい。確かに、いい大人に執拗に愛を囁かれては気分のいいものではないのだろうが。
と、次の瞬間シェリナから噴出す高密度の魔力!
「ちょ、シェリナ!? 一体何を!?」
「……消す」
人(竜)生の中でこれほど恐怖を感じたことは今まで無かった。何をするつもりなのだろうか。これまでの結果から見るに核兵器とか出すのではないだろうか。それとも衛星軌道上からのレーザー攻撃だろうか。
とにかく、ただではすまないだろう。
「皆ー! 逃げてー! ほんとにやばいー!」
ギャラリー三人に退避を呼びかける。すぐに事情を察した雪が萌と咲の手を引いてその場から駆け出す。
「ふははははは! 行けホワイトモンキー! 二人の愛のために!」
「うきゃあああああ!!!」
神風を遂行するホワイトモンキー。その叫びがやけくそ気味に聞こえたのは、聞き間違いではないだろう。
だが、シェリナはその突撃を前に、微動だにしなかった。その巨体を前にしても、その瞳にこめられた意思は微塵も揺るがない。
そしてその口は紡ぐ。終局の詩を。
「視点固定」
交差させ、目の前にかざした手の甲を見据えてそう呟いた瞬間、光が溢れ、集い、意思を持つかのようにホワイトモンキーを絡めとる!
「うきゃっ? うきゃあああああ!?」
光はホワイトモンキーを絡め取ったままドクターの方へと迫る。
「のわあっ!? 何ですかこれはっ!?」
そのままドクターも絡め捕り、二人を上空へと運ぶ。
「我ハ時ノ彼方ヨリ、世界ヲ見据エル者。我ガ視線ハ過去ヲ改変シ、現在ヲ打チ消シ、未来ヲ紡グモノナリ」
紡がれる詩は世界を変えていく。
「こ、これって、詠唱!? しかも、高位世界言語を使った!? そんな!? 今日始めて魔法使いの力を手に入れた子が!?」
「いやあああああああ!!! 必殺技あああああああ!!!!!」
「だから萌! 写真とっている場合じゃなって!」
「……あの子?」
その眼に映るのは―――
「ソノ力持テ、我ガ視線ニ立チ塞ガリシ者ヲ」
絶対なる未来!!!
「コノ世界ヨリ放逐セン」
額の宝石より、全てを圧倒する金色の光があふれ、一直線に敵へと向かっていく!
「視界内存在消去!!!」
金色の光はその内に敵を包み込み、その中で、敵の姿が消えてゆく。
「うきゃああああああああああ!!!」
「これはっ存在の……!?」
そして完全に光が治まった時、そこには塵一つ残っていなかった。ドクターもホワイトモンキーも影も形も無い。
「……ふう。戦闘終了」
敵が完全に消えたことを確認し、ようやく緊張を解くシェリナ。
「す、すごい……」
その背中を、畏怖すら込めて見つめるムート。
「今のは、“存在消去”。物体ではなく、それが存在しているという情報を破壊して、存在そのものを消してしまう魔法。ゆえに、回避も防御も不可能。ほとんど禁忌指定の大魔法なのに、それをついさっき魔力に目覚めたばかりの素人が……」
『いやーお兄さんも驚きです。まさかここまでの力とは』
「「「「!?」」」」
いきなり響いてきた声に四人が驚愕の表情を浮かべる。その声は……
「ドクター!? 何で、存在消去を食らって生きていられるはずが!?」
だが、その中で唯一シェリナだけがその表情を動かさなかった。
「やっぱり、さっきのは偽者」
「なっ!?」
『おや、気付いていましたか』
ふふふふふと愉快そうに笑うドクター
「大猿に比べて手ごたえがおかしかった。まるで、薄い紙を相手にしたような」
『その通り、あれは私の精神の一部を移した人形。とはいっても、先程の存在消去の影響で本体の方に結構なダメージが来ていまして、今回はここまでという所ですか』
「…………」
『ふふふふふ、その険しい顔も素敵ですよシェリナたん。やはり君は私の運命の相手のようだ。必ず、その体も魂も手に入れますよ』
「ふざけるなっ! シェリナはお前なんかには負けない!」
「ムート」
ドクターの言葉に激昂するムート。どうやら今の言葉が彼の逆鱗に触れたらしい。
『お姫様のペットなんぞに興味は無いんですよ。私がほしいのはイデアとシェリナ、その二人だけです』
「貴様ッ」
「……落ち着いて、ムート」
「シェリナ、でも!」
激昂のままに空に魔力を放とうとしたムートをシェリナが抑える。
「イデアは、私が必ず助け出す」
「……シェリナ」
「そして、このストーカーは必ず殲滅する」
「……あ、ありがとう」
無表情で淡々と呟くシェリナに、再び恐怖を覚えるムート。色々な意味で、頼りになりすぎる相手というのも考え物だ。
『ふふふふふ、そんな君も素敵ですよシェリナ。ですが―――』
『おいこら変態! なに人の人形を勝手に使ってやがる!』
『え? あ、ちょっと待って。今いい所……』
『ふざけんな! しかもどういう使い方しやがったてめえ! 反応が完全に消えちまってるじゃねえか!』
『そ、それはその……』
『あのクラスの人形作るのに、ドンだけ手間暇かけてると思ってやがる! てめえの内蔵ばらして部品にしてやろうかおお?』
『ち、ちょっと待ってください! ちゃんと弁償……! って待って! メスを入れないでぎゃあああああああ!?』
「「「「「…………」」」」」
それっきり声は聞こえなくなった。
「殲滅するまでもなく、昇天した様な……」
「いや、あの手のキャラはゴキブリ並みにしぶといから、たぶん生きてると思う」
「だ、大丈夫なのかな」
「お姉さん、あんな奴の心配はしなくていいです」
「……(こくり)」
できればこのまま出てきてほしくない相手だが、おそらくまた戦うことになるだろう。そういう予感がした。いやな予感だが。
こうして、真眼の魔法少女シェリナのデビュー戦は幕を閉じた。
「それにしても、ああいう風に魔法が使えるなら、何で最初から使わなかったの?」
時刻は夜の8時を回ったところ。夕食を終えた後、紅凪家のシェリナの部屋で、人前に姿を見せられないムートが残り物をご馳走になっていた時、不意に思い出したように質問を出した。
対するシェリナはその問いに明日の予習の手を止める。
「……あの時も言った通り、最初は魔力の扱い方がよく分からなかった。二つの武器を具現化させてコツを掴んだから最後に大技を出した」
「あの二つは練習だったのか。にしては凶悪すぎた気もするけど」
その言葉にしばし沈黙するシェリナ。やがてポツリと呟く。
「後ろに三人がいたから、ゆっくりと戦っていられなかった。私は初心者。ハンデ付きで完勝出来るとは思えない。被害が皆に及ぶ危険性があった。だから、早期決着のために、覚えていた限りで一番攻撃力の高いものを選んだ」
「……シェリナ」
「それに」
その声色に含まれていた感情は……
「あいつらは雪お姉ちゃんと萌ちゃんと咲ちゃんに危害を加えようとした。許せなかった」
「……」
怒りだった。そして、それを聞いて、ムートは内心で思わず笑ってしまった。
要するに、この子は身内を攻撃されて怒っていたのだ。そして、それ以上皆に火の粉が降りかからないように、短期決戦を挑んだ。
分かってしまえばなんてことはない。人一倍不器用で、人一倍優しいこの子は、皆を助けるために一生懸命だっただけなのだ。
もっとも、その一所懸命さがあの惨劇を生んだのだと思うと、
(す、素直に感心できない)
だが、この子なら、まず誰かのためにその力を使おうとするこの子ならば、できるかもしれない。
世界を救うことが。
その時、シェリナもムートも自分の考えに没頭していたので、気が付かなかった。
「シェリナー。お風呂沸いたけど私が先に入っていいかな。ってあれ?」
ノックと共に室内に入ってくる姉の雪。そして、その視線は床の上でご飯を食べているムートに釘付けとなる。
「……」
「……」
「……」
沈黙が辺りを支配する。空気がものすごく重かった。
そして―――
「きゃあああああ! かわいー!」
高速でムートを抱き上げる雪。
ムギュ
そして押し付けられる双球。ムートは生まれてはじめての境地にたどり着いた。
(こ、このボリュームは! F!? いや、まさかその次の次元に!!)
瞬間、全身を貫く死の予感。
(!!!)
その赤い双眸は口よりも雄弁に語っていた。
オ・マ・エ・ヲ・コ・ロ・ス
(待って!? ヒ○ロ!?)
(誰が自爆マニアのテロリスト)
このとき、二人の間にテレパシーが成立していた。ムートにとっては死の宣告だったが。
「シェリナ、この子どうしたの?」
そんな緊迫した空気を読めない雪はムートの頭をなでながらシェリナに問いかける。
「……拾った」
「それならちゃんと言ってくれないと、別にペットを飼うことは禁止してないわよ?」
「……ごめんなさい」
そういいながらムートと視線を合わせる。
(昼間のことは覚えていないの?)
(あの時は僕も結界を張っていたから、同じ動物だって気が付いていないんだ)
「ところでシェリナ」
「な、何雪お姉ちゃん」
そして雪は致命的な一言を言う。
「この子、なんていう動物かな?」
((!!!))
どうする。視線を合わせながら必死にこの場を逃れる言い訳を考える二人。まさか馬鹿正直に『竜です』などと言えるわけもない。いや、もしかしたらこの人相手ならば通用するかもしれないが、あまりそういう情報を外部に漏らすのもどうか。
少ない時間で散々考えて、シェリナが出した答えは―――
「は、鳩?」
(白いから!? しかも疑問系だし!?)
突っ込みたいのを必死でこらえるムート。
「そうなんだ」
((通じた!?))
もう少し疑ってほしい。この人の将来が心配になる。
「でも、鳩にしては変わっているわよねこの子」
「……と、突然変異で親に捨てられたのを私が拾った」
「そうなんだ、かわいそうに。でも、もう大丈夫だよ」
何も疑うことなくあっさりとムートの存在を受け入れる雪。別の意味で不安を覚えるが、とりあえず安堵する二人。
「シェリナ、もうこの子に名前をつけたの?」
「ムート」
「ムート君か。じゃあムート君、一緒にお風呂に入ろうか」
その瞬間、二人の思考は真っ白になった。そんな二人の様子にも気付かずに『ふかふかー』とか言いながらムートを撫で回す雪。
そして、最初に自我を取り戻したのはムートだった。
(お風呂ってまさかはだ!%>?<〜*+¥)
そして混乱。
「じゃあシェリナ、私ムート君とお風呂に入ってくるね」
(行くのですか! 入るのですか! 向かう先はGの楽園ですか! もうどこへでも連れてってくださ)
この時の事について後にムートはこう語る。
『死神を見た』と。
「雪お姉ちゃん」
その声は、ムートにとって地獄の亡者のそれに等しいものだった。白熱した思考が、一瞬で凍結する。
「ムートは私がお風呂に入れるから、雪お姉ちゃんは先に入ってきて」
「えー、私もムート君と仲良くなりたいのに」
「私が入れる。もしかしたら水が苦手かもしれないし、懐いている私のほうが扱いは上」
「うーん、そうね、じゃあムート君とはまた今度入ろうかな」
(置いて行かないで! 連れて行ってください! ここにいたら殺される!)
そんな心の叫びは届くはずもなくムートを床に下ろした雪はそのまま部屋を出て行った。パタンという音を立てて閉められたドアが、自分の未来を暗示しているように見える。
「……ムート」
振り返れば死ぬ。だが振り返らなくても死ぬ。もはやムートには選択肢は残されていなかった。
「……お話、しよう」
世界が救われる前に、自分を救ってくれる魔法少女はいないだろうか。ムートはそんなことを考えた。
そして―――
後日、天真は『始業式の日の夜、紅凪家から悲鳴のようなものが聞こえてきた』と語ったという。
評価290以上で連載決定するかも。