その2
人気が出たら続編制作の可能性あり。
私立馬部流学園は東京近郊にある詩鳴市のほぼ中央に位置し、小学部から大学までを有するエスカレーター式のマンモス校だ。
広大な敷地に建てられた、最新設備をこれでもかというくらいに取り込んだ校舎。それでいて公立並みの授業料のため、全国から入学希望者が殺到している。遠方からの生徒のために寮も完備しているのだから至れり尽くせりだ。
各種制度も充実しているので、学業でもスポーツでも全国のトップレベルの若者達が集まってくる。全国模試の上位常連が何人も在学しているし、クラブ活動も軒並み全国出場常連だ。
生徒達の自主性を重んじた校風により教員よりも生徒の権限が強いというところも人気の一つだ。生徒会ともなれば教員とほぼ対等の立場での発言権があるほどだという。
こんな冗談のような学校はどこぞの金持ちの『萌える学校生活を応援したい』という冗談のような考えによって10年ほど前に新設されたらしい。真偽は定かではないが。
そのためか、確かに能力的には優秀だが人間としてものすごく“濃い”生徒が数多くいることでもまた有名である。
「見たわよ見たわよ見ちゃったわよー!シェリナー!」
「萌ちゃん、おはよう。また同じクラスだね」
掲示板に張り出されていた新しいクラスを確認して、教室に入ったシェリナに朝から騒がしくシェリナに声をかけてきたのは御堂萌。シェリナの友人の一人で、三つ編みお下げに眼鏡がトレードマークの女の子だ。
明るい性格で、友達の少ないシェリナにとっては大切な親友の一人だ。最も、少し困った趣味を持っているのが悩みの種だが。
「朝一つ上の麗先輩と登校してきたでしょ? 何々、どういう関係? もしかして恋? L・O・V・E? 金色の少年と白銀の少女……ああ、私の2次元回路にビビッとくる組み合わせだわ! 今度の同人誌のネタはこれで決まりね!」
彼女は自他共に認めるアキバ系。その実力たるや小学生にして既に同人誌を作成し、さまざまなイベントで売り出しているほどだ。そのため、年中無休でネームのネタを探し歩いている。噂では今度BLにも挑戦するとか。最近彼女の将来が不安になるシェリナである。
「なんだと? シェリナてめー男ができたのか!?」
「咲ちゃんもおはよう」
肩を怒らせながらこちらに近づいて来る少女は間宮咲。彼女もシェリナの大切な友達の一人だ。もっとも、曲者度ではある意味萌を上回る逸材なのだが。
「シェリナ! あんたはあたいと全国制覇をするんじゃなかったのか? 男をくわえ込んでいる暇なんて無いんだぞ?」
彼女の容姿はショートカットに切れ長の瞳、シェリナと同じ綺麗系の美少女だ。しかし、その格好は床まで伸ばしたロングスカートに手には金属で補強されたグラブ。そしてなぜか腰のベルトにホルスターが付いており、そこにはヨーヨーが入っている。
彼女は正にスケバンであった。話によると親兄弟全員ヤンキーという筋金入りの家系だそうだ。ちなみに余談だが、咲の格好について最初は教師陣から猛烈な反発があったらしい。しかし、優は理事長に『これはあたいの魂の姿だ』と直談判し、理事長はこの訴えを認めたそうだ。大丈夫かこの学校。
そんな彼女と大人し目のシェリナがなぜ親友をやっているのかというと少し込み入った話になる。
シェリナは白子の容姿から分かるように黙っていても目立つ存在だ。そのため、学校では常に悪い意味で目をつけられてきた。早い話がいじめの対象になっていたのである。
もっとも、シェリナ自身がそれなりにしたたかな性格だったのと、シスコンの兄の暴走、その他もろもろの事情によってあまり大事にはならなかったが。だが、それはいじめる側からすれば面白くなかったのだろう。
そんなわけでいじめっ子達は当時低学年にしてすでに初等部の番長(実際にそう呼ばれていた。この学校はおかしいと思う)だった咲を引っ張り出したのだ。そして二人は後に伝説となる3番勝負を繰り広げた(つくづくこの学校はおかしいと思う)。
第1戦でヨーヨー対決を迫られたシェリナは、得意げに普通のヨーヨーをする咲の目の前でループ・ザ・ループ(前方にヨーヨーを投げつけ、下から上に回転させる。戻ってきたヨーヨーをキャッチしないでそのまま複数回回転)を披露して勝利を収めた。
第2戦で折り紙対決を迫られたシェリナは、得意げに鶴を折った咲の目の前で悪魔(ものすごく難しい。プロの大人でも3時間かかる)を折り勝利を収めた。
第3戦でとうとうぶち切れた咲にガチンコ勝負を迫られたシェリナは、突っ込んできた彼女のみぞおちに肘を叩き込み、その反動で下がった顎を掌底で打ち上げた後、仰向けに倒れた彼女のこめかみを踏み抜いて完全な勝利を収めた。
その試合の後シェリナをいじめようとする輩は出てこなくなったが(一説によると咲を容赦なく叩きのめした姿に恐れを抱いたらしい)なぜかシェリナを気に入ったらしい咲が一緒に全国制覇をしようとまとわり付くようになり、いつの間にか友達になっていたというわけだ。
「別に麗は私の恋人じゃない。それに何度も言うように私は全国制覇をするつもりは無い」
「そーかそーか、やっぱりあたい達には男よりも鉄火場のほうが似合ってるもんな」
「だから私は」
「えー? せっかく次の同人誌のネタが見つかったと思ったのにー。あ、でもでも咲ちゃんと3角関係ということにすれば……」
「だから……」
「萌てめえ! あたいたちをネタにして漫画を書くなって何度言ったら分かるんだ!」
「話を……」
「でもー、シェリナも咲もものすごくキャラが立ってるからー、あなた達を見てるだけでネタがわいてくるのよー」
「聞いて……」
「だからってこの間のあれはないだろ!? 何であたいがあんなフリフリのドレスを着なきゃならないんだ!」
「お願い……」
「だってー、似合うと思ったんだもん。それにあれをネタにして3本もかけたし」
「だから描くなって……」
「黙れ貴様ら」
騒がしかったはずの教室が一瞬にして静寂に包まれた。特に咲と萌の二人は一時停止ボタンを押した画像のようにピクリとも動かない。しばらくしてギギギギときしむような音を響かせながら、二人は先ほどの謎の声の発生源と思われる方を向く。
「?」
そこには、何が起こったのかわからないという風に、首を傾げるシェリナの姿が。傍から見れば、唐突に静まり返った今の状況が理解できずに、困惑しているように見えただろう。
しかし、萌と優には分かった。分かってしまった。その無表情の仮面の下には、大魔神もかくやというほどの、怒りの形相が眠っているということが。
「そろそろチャイムが鳴るから、席に戻ったほうがいい」
「ソウデスネシェリナサン」
「センセイニメイワクヲカケチャイケナイモンネ」
かくかくとロボットのような動きで自分の席に戻っていく二人。その時丁度チャイムの音が響き渡る。馬部流学園のいつもの朝の風景だった。
今日は始業式だったので午前で終わりだった。遠出して同人誌を買いに行くという萌と、集会(何の集会かは聞かなかった。聞きたくも無い)に出なくてはいけないという咲と別れてシェリナは一人で家路についていた。
もうすぐお昼、今日の昼食は何かなと思いながら帰路を歩いて―――
助けて……
唐突に脳裏に浮かび上がるイメージ。その声は昨晩夢で聞いたものと同じであった。いや、昨晩よりもさらに鮮明になってきている。
「……あなたは誰? どうして私を呼ぶの?」
呟きながら、シェリナは必死で先ほどのイメージを手繰り寄せようとする。なぜか、声の主を見捨てるという選択肢は彼女の中には無かった。
道路の脇によって目を瞑り意識を集中させる。先ほど脳裏に浮かび上がったものの軌跡をたどって、どこからそれが発信されているのかを突き止めようとする。そして―――
近くの神社の森。墜落する何かの影の姿を幻視する。
瞬間、弾かれた様に飛び出すシェリナ。脳内で現在位置と神社までの距離を算出、自身の移動速度を加味して目標地点への到達時刻を予測。およそ8分で神社に到達予定。
そしてシェリナは全速力で目的地へと向かった。
「はあっはあっはあっ」
全力で走ったのは久しぶりだった。荒れる呼吸を落ち着かせながら辺りを見回す。
そこは何の変哲も無い森の一角であった。多少開けてはいるが、これといって特徴も無いどうと言うことも無い場所である。頭上も木に覆われていて、光もあまり入ってきていない。
だが、シェリナには分かっていた。いや、“視た”と言った方が正しいだろうか。もうすぐ、ほんの数秒で……
「!?」
突然辺りが光に包まれる。空から強烈な光が降りそそいでいるのだ。思わず目を細めるシェリナ。と、その時今まで感じたことの無い得体の知れない感覚が彼女の全身を貫いた。
「……来る」
ようやく光に慣れてきた目で前方の少し開けた空間、正確にはその上空を見つめる。そして、“それ”は姿を表した。
それは見た限りでは光の玉のようだった。大きさは直径30センチくらいか。その球体が発光しながらゆっくりと地面に落ちていく。明らかに自然のものではない。その球体を瞬きもせずにじっと見つめ続けるシェリナ。
そして、その球体が地面に触れると同時にいきなりはぜ割れる。その中から現れたのは―――
それは見た目の印象を信じるならばドラゴンと呼ばれる架空の生き物であった。
体長約30センチ。頭部からは2本の角が生えている。背中には2枚の翼があって、鱗ではなく純白の毛皮に覆われた体。尻尾もある。四肢があるところを見るに、東洋の龍ではなく、西洋の竜のようだ。まだ子供らしく、獰猛な生き物というよりは、ぬいぐるみなどのマスコットを彷彿とさせる姿だ。
いきなり目の前に現れた存在するはずの無い生物に、さすがのシェリナもどう反応してよいのか分からなかった。直感にしたがってここまで来たものの、目の前の生物をどう扱ってよいのか分からない。
と、そこでシェリナはあることに気が付いた。
「怪我をしている?」
その子竜は全身に怪我を負っていた。良く見れば純白の毛皮も所々赤くなっている。あわててその小さな生き物に駆け寄るシェリナ。恐る恐るといった感じで手を伸ばし、反応が無いことを確かめてから抱きかかえる。思っていたよりは重くなかった。
「治療をしないと……」
家に帰れば救急セットが一式そろっていたはずだ。そう思い立つが早いか、またしても全速力で駆け出していった。
どことも知れない空間、そこに集まっている数人の人影。
「逃しただと?」
そう声を発した人物は、集団の奥で一人豪奢な椅子に腰掛けていた。雰囲気からしてこの集団の長なのだろう。声にも、その姿にも他者を問答無用で平伏させてしまうような威圧感が漂っている。
「申し訳ございません。しかし、行き先は判明しております。すぐに追っ手を差し向けましょう」
次に声を出したのは全身を漆黒の鎧で固めた巨漢であった。長の視線を受けながらもひるむことが無い。集団の中でも相当の実力者だということがうかがえた。
「ならばその役目、私にお任せしてもらってもよろしいですかね?」
「……ドクターか」
黒騎士にドクターと呼ばれた人物はその名の通りの格好をしていた。白衣に眼鏡、その瞳は残忍な光をたたえている。無邪気に虫を引き千切る、残酷な子供のような。
「丁度新しい実験体の性能調査をしたかったところなんですよ。目標が向かったのは存在レベルの低い世界ですよねえ。ならば好都合というところですか」
「目的はターゲットの確保だ。貴様の知的好奇心を優先させる様なら……」
「わかっていますよ。これでも仕事と遊びの区別はきちんとつける性分なんでね」
「……よかろう。貴様に任せる。すぐに出発しろ」
「了解です。ふふふふふ……」
そう言って広間を出て行こうとするドクター。その後姿を見送る黒騎士に一人の女性が近寄ってくる。
「……あいつに任せて大丈夫なの?」
「心肺はいらんだろう。ああ見えても幹部、仕事は問題なくこなすはずだ」
「いえ、心配しているのはそういうことではなくて」
「?」
と、その時立ち去ろうとしていたドクターの独り言にしては大きすぎる声が。
「新しい世界、そしてそこにはもちろん新しい女の子! はあはあ、美少女が、14歳以下の美少女が私を呼んでいる! ふ、ふふふふ……お兄さんが今行きますからねー」
「……人選間違ったか」
「……かもしれないわね」
「というか区別つけてないよな? 公私の」
「私に言わないでよ」
変体ドクターの背中を見つめながら、その場の全員、不幸な世界の少女達の無事を祈ることしかできなかった。
実はドクターは魔王付きの方に登場予定。