おまけ 親友様の本音
おまけの徹視点のその後の話です。お気軽に、本編のついで程度に楽しんで頂けたら幸いです。
俺、花笠徹には、顔良し、頭良し、運動神経良し、家柄良しな、ハイスペックな友人がいる。
鷲ノ宮司郎という名のソイツは、性格もちょっと尊大なところはあるが、基本的には気さくなイイ奴だ。自慢の親友と言えなくもない。
しかし、司郎も人間なので、当たり前に欠点はある。
うん、わりといっぱいある。
その中で特筆すべき欠点は……奴が滅法素直じゃない、結構な意地っ張りということだ。
――――特に、自分の婚約者に対しては。
「よう、司郎。今日は立華ちゃんとお昼を一緒に食べるんじゃないのか? 愛妻弁当はどうしたんだよ」
「その表現やめろ。アイツは何か、用事を済ませてから来るとかで、仕方ねぇからこうして待ってやってるんだよ」
昼休みに担任に手伝いを任され、少し遅れて食堂に向かう途中。
廊下の窓から、中庭のベンチで一人ぼんやりと青空を仰ぐ親友を見咎めた俺は、気になって外に出て、後ろから顔を覗き込み声をかけた。本来なら隣にいるはずの、婚約者である立華ちゃんが不在なことを、不思議に思いながら。
けど返ってきた返事に合点がいく。そういうことなら待たなきゃな。
「何の用事かとかは聞いていないのか?」
「……呼び出しに応じるだけで、すぐに済ませるとだけ言い残して、屋上に向かって急ぎ足で去って行った」
「呼び出しって、お前それ……」
真っ先に思い浮かんだのは、呼び出し=『告白』だった。
俗にいう、『貴方が好きです』といった恋愛絡みの告白。
少ない情報でそうだとは勿論特定出来ないが、意外とあり得るんじゃないかとも思う。立華ちゃんは凛とした佇まいの美人だし、ファンクラブまであるくらいだ。司郎という婚約者が居ることも承知の上で、想いだけでも伝えたくて……なチャレンジャーが居ても然程驚かない。
ただでさえ最近の立華ちゃんは、キツイ態度が少し丸くなったことで、男子からの人気が急上昇中なのだ。
しかも屋上。
定番だ。告白の定番スポットだ。
おいおい、段々マジで告白なんじゃないかと思い始めて来たぞ。
司郎も俺と同じ考えなのか、気にしてないフリをしながらも、眉を寄せて苛々とした空気を纏っている。
前よりコイツも、大分感情を隠さず出すようになったな。
やっぱり立華ちゃんと司郎の間で、何かしらのキッカケがあり、両者に変化が生まれたことは明白だ。
この前の俺の誕生日パーティーでも、一緒に踊った二人は、何処となく以前に比べ良い雰囲気だったし。
変化の理由を無理に聞き出そうとは思わないが、妙にそんな様子に感動した俺は、誕生日を忘れていた薄情な親友のことも快く許してやった。
……だがしかし。
まだまだ、この皇帝様の意地っ張りっぷりはご健在らしい。
「もう昼休みが始まって結構経つし、お迎えも兼ねて気になるなら様子を見に行けばどうだ?」
「別に……もう直に来るだろ。わざわざ俺が行く必要はねぇな」
ささくれ立つ司郎を見兼ねて、促してやればこれだ。
陽の下で輝く見事な金髪も、落ち着きなく揺らしている癖に。
「いいから行け!」と、ベンチの背越しに蹴りでも入れてやりたくなったところで、今度は俺の後ろから突然声がかかった。
「うわっ、びっくりした……樹君か」
「どうもです、徹さん、司郎さん。お伝えしたいことがあって、また来ちゃいました」
振り返ってみれば、何食わぬ顔で立っていたのは、立華ちゃんの弟である樹君だった。その神出鬼没さに俺が驚いている間に、彼はマイペースにテクテクと歩いて、司郎の前へと回り込む。
「……また何しに来たんだ、お前」
「いえ、これは司郎さんにお伝えせねばと思いまして。実は俺、姉さんが屋上で告白を受けるところを、偶然目撃しちゃったんです」
「は」
「司郎さんと違う男性と居る姉さんが珍しくて、こっそり跡をつけていたら、いやぁ、ビックリですよね。しかも彼は確か、姉さんと同じ委員会の委員長さんで、家柄も確かな好青年。姉さんと何やらイイ雰囲気で……婚約者という立場も危ういかもですよ、司郎さん」
淡々とした口調で述べる樹君の言葉に、司郎の様子が目に見えて変わる。
青い瞳を大きく見開き、彼はガタリと音をたてて立ち上がった。そして「……ちょっとトイレ行って来る」と下手にも程がある言い訳をして、速足で遠ざかってしまった。
たぶん、俺たちから見えないとこまで行ったら、全力疾走するんだろうな。
繕えてない、繕えてないぞ、皇帝様。
「……それで、樹君。今の話は、何処までが本当なんだ?」
「半分くらいですかね。姉さんがイケメンの委員長さんと、屋上に居たって辺りは真実です。でも、告白は嘘ですよ。委員長さんは三年生ですから、引退したら次の委員長を姉さんに頼みたいという、謂わば業務連絡みたいな内容でした」
「二人に怪しい空気は一切無かった、と」
「はい、欠片も。前々から頼まれていたのですが、姉さんは『司郎様と一緒に居る時間が減る』と、委員長さんのお願いを断っておりまして。今回は腰を据えて話す為に、邪魔の入りにくい屋上をチョイスしたんじゃないですかね」
「なるほど……」
「でも、勘違いした司郎さんがどう行動に出るか、楽しみですね」
黒猫のような瞳を細めて、樹君はほんの少しだけ口元を釣り上げた。
何となく話がわざとらしかったから、おかしいなとは思っていたが。
「やるな、樹君」
「お褒めに預かり光栄です」
実は俺と樹君は、あの素直じゃない二人を見守りつつ時折つつく会……別名『焦れっ隊』として手を組んでいる。
良い雰囲気になってきたとはいえ、あいつらの距離感に常にやきもきさせられている側で、こっちはこっちで仕掛けていこうという、そんなお節介な隊だ。
きっと司郎は今頃、勘違いしたまま、立華ちゃんに対して余裕のない態度でも晒しているのだろう。司郎に嫉妬してもらったと分かったら、きっと立華ちゃんは喜ぶだろうな。
許せ、親友よ。
俺はどちらかというと、恋に一途な女の子の味方なんだ。
「まったく、アイツがもうちょっと分かりやすい性格していたら、こんなに俺らが気を揉むことも無いんだけどな」
「いやいや、姉さんの不器用さも、弟の俺から見てなかなかですよ」
「本当に、困った婚約者同士だ」
「ですね」
ベンチを挟んで向かい合い、俺たちはやれやれと息をついた。
そして晴れ渡る空を見上げて、今日も俺は心の底からの本音を、思いっきり天上に向けて吐き出す。
――――あーまったく、焦れったい!
お読み頂き、ありがとうございました!