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ある少女のモノローグ 4

 それからしばらく意地で掴まっていたが、桃色の猪の右やら左やら、ときには上にも下にも行く動きについていけなくなり、無様にも俺は落下した。

 背中も頭も腕も足も盛大にぶつけ、散々転がりまわってやっとのことで停止する。

 時間を無駄にしてしまった。早く起きて、取り返さないといけないのは分かっているのに体が言うことを聞かない。

 もはや指の一本も動かせなかった。

 次第に目を開けているのも辛くなり、瞼が俺の意思とは別に落ちてくる。 

 まずいと頭では理解していながらも、抗う力は残っていなかった。

 目の前が暗闇に覆われる。意識だけはせめてと失わないように、気を保つことに持てる力を総動員する。

 これからあの野草を見つけだして、ユナのところに戻らないといけないのに、こんな所で寝てるわけにはいかない。

 だから、起きろよ。俺の体!

 限界なんて知るかよ!もう動けなくてもいい、でもそれはユナが回復してからだろ!

 俺のことはいいから、ユナのために!

「動けってんだろうがぁああああああ!」

咆哮と共に瞼をこじ開け、両手を地面に叩き付ける勢いで反動を付けて立ち上がる。

「フゥーフゥー。フゥーフゥー」

もう疲れも痛みも感じてはいなかった。それが麻痺してしまう程の意思が今俺を動かしている。

 もちろんこんなことは初めてだ。人間やれば出来るじゃん。

 まずは野草だ。アレを見つけないことにはどうしようもない。

 さきほど地面に手をつけたときにくっついた黄色い紋様の入った野草を手を無るだけで払い落し、向かう方向を決める。

 どっちから俺はきた?いやどこでも変わらないか。

 どの方向でもいい、今はとにかく体を無理に動かせてる間に少しでも移動して、黄色い紋様の入ったあの野草をみつけないと。 

 ん?あれ?黄色い紋様?

 それってついさっき見つけたような。

「!!」

 はっと目線え足元に移す。

 あぁ、感謝するぞ猪野郎。

 俺の眼下には一面に生い茂る黄色い紋様の野草が広がっていた。

 これは間違いない。俺の探していた奴だ!

 少し多めにむしり取り、ズボンへとねじ込む。

 これで一番の課題は消化できた、あとはあの小屋へと帰るだけだが、でもそれが難しい。

 桃色の猪にでたらめに振り回されここがどこのなのか分からない。どっちの方へ進めば早く辿り着けるのかが全く見当もつかないのだ。

 ……悩んでる時間はない。俺にとっても、ユナにとっても。

 俺は腕に着けていた腕時計に全てをまかせることにした。

 大丈夫。この時計に限っては何よりも信じられる。

 だってこの時計には父さんの力が籠っているから。

 ゆっくりと首を曲げ、時刻を、文字盤を見つめる。

 ――一時三十分。

 信じるから、父さん。

 俺は体を反転させて、時計の針が示す方へと限界を超えたズタボロの体を、意地と執念で動かした。



※   ※    ※    ※    ※    ※               

 熱が下がっている。

 そのことに気づいた私はそっと体を起こした。

 動かなくてぼうっとしていた頭もいつの間にかよくなっていた。

なんで急に回復したのだろう。

私のそんな疑問は目を開けてみたら一目瞭然だった。

だって、ベッドの隅っこに上半身を突っ伏すように寝ている私と同じ年頃の少年がいたのだから。

寝ている少年――心葉の体はここから見てもわかるほどに傷ついていた。

どうしてこんなに傷ついているのかは分からない。だけど、なんとなく私のために必死なっていたくれた様な気がする。

「なんでこんなに怪我してまで私を?」

 そんな言葉は心葉を見ていたら自然と口から洩れていた。

 けど心葉は眠ったまま答えてくれない。

 私の思う限り心葉はあまり激しい運動になれていないように思える。

 むしろ軽い運動ですら人並みにこなせるか心配なくらいだ。

 なのにも関わらず心葉の体に刻まれたいくつもの傷痕は生生しく、厳しい環境をくぐってきたことが目にとれた。

 そこでふと鼻に青々しい匂いが運ばれる。

 なんの匂いだろうと香りのした方向、私から見て右側へと首を捻る。

 木でできたすり棒とすり鉢。それから黄色い紋様の入った葉が何枚かベッドのわきのテーブルに並べられていた。

 匂いはその中のすり鉢からしているようだった。

 これは野草をすり潰した時に使われたものだろう簡単に推測がつく。ただそのなかに一つだけ不可解なものが混じっていた。

 それは一枚の葉。何枚か有るうちの一枚にだけ、くっきりと歯形の跡が残ったちぎられ方をしているものがあった。

 これってまさか……!

 野草に毒が無いかかじって確かめたんじゃ!

 心葉の行動はすごく危険なものだ。確かに毒の可能性があるからといってもそれを自分で食べて確かめるなんて、もし一歩間違ったら死んでいてもおかしくない。

「私、なんだが助けられてばかりだね」

 最初に出会った時も私は彼に助けられた。

 そして今も。

「あなたはいったい何者なの?」

 最初に会った時から変わらない疑問。

「あなたはどうしてここに来たの?」

 きっとそれは心葉にも分からないんだよね。

「私とってはね……」

 思い出すのはまだみんながいた頃、本島からきた行商人が聞かせてくれた物語の主人公。

 島の女の子を夢中にさせた登場人物。

 その名前は……。

「白馬の王子様……かな」

 心葉の頭を軽く撫でる。髪の毛は汗と泥に塗れているはずなのに嫌な気持ちは全くしなかった。むしろ、沸いてくるこの感情は幸福感に近い物だ。

 聞こえていたらどうしよう。そんなことも考えたけど、それはそれでいいのかもしれない。

 だってそこに嘘はないから。

 正真正銘、真実しかないのだから、何も恥じることは無い。

「でも今はとにかくお互いに体を治してからだね」

 まだオリジンをうまく使えるまでは体調が戻っていない。

 次に目が覚めたらきっと使えるようになっているはずだ。

 そしたら、すぐに治してあげよう。

 彼を、心葉を、私の王子様を。

※    ※    ※    ※    ※    ※ 

 

 ちゅんちゅんとつい最近聞いたことのある音がうっすらと頭に流れてくる。

 こういうときは普通起きるものだけど、俺には関係ない。だって俺は四年間引きこもっているのだから。

 別に俺が二度寝したところでだれも今更怒らない。

 それに今日はなんだかいつもより体が重たい、今日はずっと寝て過ごしてしまいそうだ。

 このまま瞼を開けなればすぐにでも夢の中へと帰れるはず。

 それじゃ、おやす……み?

「ここ俺の部屋じゃないじゃん!」

 俺のいた世界ですらない。

 なんだか部屋が懐かしい、今俺のいた世界で俺はどんな扱いを受けているんだろうと少し興味が沸く。

「いやいや!そんなことよりも!ユナはッ!」

 いつのまにかベッドに寝ていたらし俺は、体ごと左に曲げ、ユナの容態を確認しようする。

「あれ?いない?」

 もぬけの殻。

ベッドに寝ているはずの人物がそこにはいず、眠りやすそうなベッドと枕だけがそこには綺麗に置かれていた。

「まさか!」

 ユナに何かあったんじゃ!

 何が起きたのかは見当もつかないけど、なにせ異世界だ、俺のしらないことだって起きてもおかしくない。

 勢いよく立ち上がり、ドアもそのままの勢いで壊してしまいそうな力で開ける。

 そうして外に飛び出た俺にまず、直撃してきたのはまぶしいほどの直射日光だった。

 おもわず目をしかめる。

 あれ?朝にしては日差しが強すぎる気が……。

「あっ!おはよう心葉!」

 左手に果物らしきものがはみ出た小包みを抱え、空いている右手を大きく振りながら、俺の探していた少女はしっかりとした足取りで小屋へと向かってきていた。

「さすがにそろそろ起こそうかなって様子身に来たんだけど、ちょうどよかったみたいだね」

 ニコニコとした明るい表情を浮かべ、ユナは俺の正面で立ち止まる。

 あぁ。俺の見たかった表情だ。

「っじゃなくて!ユナ、体はもう大丈夫なのか?いや、どっちにしてもまだ寝てないと」

「大丈夫大丈夫。私のオリジン忘れたの?オリジンを使ったらこの通り、体調なんて一発で元にもどっちゃうんだから」

 くるり、とその場で一回転。元気なことをアピールしてくるが、手に持っていた果物のことを忘れていたらしく、おっとっと、と気の抜ける声を上げなげがら落ちないようにバランスを取る。

 本当に万全なのか?

 ユナのオリジンは俺の思っていた以上に優秀な能力らしかった。

「あれ?そういえば、俺の傷も治ってる」

「念入りに、直しておいてあげたからね!」

 首をこてっと曲げるようにしながら俺の疑問を肯定してくれる。

 そのユナの仕草に目を合わせていられず、思わず目をそらしてしまう。

 単に恥ずかしかっただけじゃない、ユナとこんな近くで目を合わせてしまったらきっと双葉がまた現れると思ってからだ。

 そんな俺の左手が急に力強く握られる。

 え?

「こんどは絶対に逃がさない。だからしっかり私の顔を見て」

 言葉には先ほどまでとは違う真剣さが含まれている。

 またユナと目を合わせたら双葉の面影を見てしまうかもしれない。

 でも向き合わないと前には進めない。

 大丈夫。昨日だってちゃんと出来たじゃないか。 

 大丈夫。

「大丈夫だよ」

 ゆっくりと。だけど確かにユナの顔を正面から見つめる。

 ユナの目線と俺の目線が交差する。

 きっと今の俺は不安な顔をしている。本当に大丈夫なのか不安でたまらない、頼りない顔をユナに見せているはずだ。

 そんな俺に比べてユナの眼差しはまっすぐだ。

 まっすぐに俺を見つめている。そこには不安なんて微塵も感じられない。

 ユナは今、俺をどんな気持ちで見つめているのだろう。

 俺の質問に答えるかのようにそこでユナの表情は変化を見せる。

 さっきまでの真剣な顔から一変して、眩しいほどの笑顔。

「ほら、大丈夫だったでしょ。」

 たださっきまでと同じところもある。

 それは、ユナの表情には不安も迷いも微塵も感じられないこと。

「改めまして。私の名前はユナ・テメテス。この世界の最後の生き残りです。仲良くしてくれるとうれしいな」

「……筒木 心葉。異世界から来らしい引きこもりです。俺の方からも仲良くしてほしい」

 あぁ、どうやらユナの笑顔に俺の不安や迷いも連れ去られてしまったらしい。



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