ある少女のモノローグ 3
ユナをベッドに寝かして、もろもろの処置をなんとか終えることができた。
幸いこの小屋の後方のは井戸があり、また小屋のなかに生活用具は一式揃っていたから特に困ることはなかった。
現在ユナは額に濡れたタオルを乗せながら寝ている。しかし体調に回復は見られない。
「くそっ、どうすれば」
俺の対処が悪いのかもしれない。思いつくかぎりのことはした。
ほかに何かないのかよ。何か、ユナの体調をよくする方法は。
ユナのオリジンはリカバリー、直す力だっていっていた。
でも、こんな状態では力を使うことができない。
なんとかして、ユナが力を使えるまでに回復させないと。
ユナの顔をもう一度伺う。
やっぱり苦しそうだ。
「俺はなんて役立たずなんだよ。……ん?なんだこれ」
ユナが苦しそうに寝返りをするとその拍子に着ていた服がほんの少しずれ、肩甲骨のあたりが覗ける。
その無防備な肌に赤い斑点が規則的に出来ていた。
「これってなにかの病気か?だったら!」
部屋の奥の、木で作られた質素な棚。その中には少量ながら本が入っていた。
もしかしたその中に治療方が書いてあるかもしれない。
いそいで駆け寄り、適当な本を手に取る。
「なっ!」
開いて唖然とした。
その本に書いてある文字が俺の知っている日本語とは似ても似つかない文字だったために。
思えば当然じゃないか。
ここは異世界で文化も違うんだ、文字が違うくらい当たり前だ。
今までそう思いつかなかったのは音声言語は同じだったからか。
同じ方がすごい偶然だってのに、先にそっちを知ってしまったから、それが当たり前だって思い込んでいた。
これじゃあ治療法なんて分からない。
「せめて何かヒントでもッ……」
そうだよ。これは本であって小説じゃあない。
だから当然、挿絵だってある。そこからなにか分かるかもしれない。
「色が付いてるのは助かる!」
ペラペラと本のページを流していく。見るのは挿絵だけだから一ページにかける時間は最少限に、次々と 、次々と捲っていく。
手が腫れている。―違う。
首に黒い模様。―違う。
目が充血―違う。
指が青く、肌が黄色く、足が茶色く、腹に穴、耳が変形、肩が陥没、全身に赤い斑点―あった、これだ。
本を持ったままユナのところに戻る。
もう一度寝返りをうったのかさっき見えた斑点は覆い隠されていた。
「緊急事態だから―――ごめん!」
直接ユナの服を掴み、ずらす。
その際力がひりすぎてしまったのか胸の近くまではだけてしまったけど気になどしていられなかった。
赤い斑点はさっき見えていた部分だけでなく、勢い余って脱がせてしまった部分まで規則的に覆っていた。
「やっぱり全身にあるみたいだ。斑点の規則性もおそらく同じ。間違いない」
これで本が読めればそれで解決だけど、今それをぼやいても仕方がない。
「このページからなにか分かることは……!これどこかで」
俺の目に止まったのは症状が書いていると思われる部分の下。
矢印で示された先にある葉っぱのような紋様、そのよこには何本か線が引いてある。
「あっそうだ。これって!」
もう一度本が置いてある棚に駆け寄り、本の背表紙を見ていく。
「やっぱり同じ奴だ。ってことはこれは本の種類を表しているのか。だとしたら隣の線はページ数か?」
線はどうやら五本ずつのたばになっているようだ。
この束一つが五を表すとしたら……四十。あと端数を足して……四十二ページ!
葉っぱの紋様が書いてある本を手にとりページを捲る。
どうやらページ数がのってあるのは十ページごとのようだった。
「これ……か」
開いたページに乗っていたのは,
緑色の大葉に黄色い円の模様の入った、おそらくこの世界しか存在しないだろう野草だった。
これを探せばなとかなるかもしれない。
でも、俺の考えが間違っていてこれが治療に使うものとは全く違うものだったら?
そうしたら事態はもっと悪化する。下手したらそのせいでユナは助からないかもしれない。
俺はその責任をとれるのか?
俺のせいで取り返しのつかないことになるんじゃ?
「あ……ぁあ……俺には……やっぱり……」
頭に嫌なイメージが蘇る。
最初はぼんやりと写っていたそれは、だんだんとはっきりと分かるようになっていく。
そうして表れ始める姿は、一度克服したはずの双―
「だい……じょうぶ!!」
「えっ?」
思わず振り向くと、そこには体起こして俺をまっすぐ見つめるユナがいた。
熱くて、重くて、苦しくてたまらないはずの体を必死に起こして。
なんでそこまでして。どうして俺に……。
「信じ……る」
そしてユナは糸の切れた人形のようにベッドへと倒れた。
それほどまで限界だったはずなのに笑顔でユナは言い切った。
その笑顔はとてもつらそうなのに、どこか暖かくて。
そんな笑顔をくれる人が俺を信じるって。
「……だったら悩んでなんていられるかよ」
もう迷わない。俺にできることはやってやる。
俺しかもう他にユナを助けられる人はいないんだから。
この島に、この世界に。
歩いてユナに近づき、ベッドを整える。
「行ってくる。ちょっと外に出たくなったからさ」
ベッドの近くの棚に置いてあったナイフをケースごと手に取り慣れないながらもなんとかズボンに取り付ける。
使ったことはないけど、無いよりはましだ。
たぶんこれで出来る準備は全部。
ユナを起こさないように静かに扉まで近づき、開ける。
そして走り出す。
大丈夫、場所の目星はついている。
あの野草には、見覚えがあった。
どこで見たかまでは思い出せなかったけど俺がこっちの世界に来てから通った場所なんてのは限られてる。だったら、一つ一つ洗い出す!
だからすぐに見つかりはしないだろう。でも少しでも早くすることは出来る。
俺の体力じゃ対して走れないけど、そんなものは根性でねじ伏せればいい。
まずはユナと会った場所だ。
通って来た道を思い出しながら俺は走った。
もちろん、まわりにあの野草がないかを確かめることも忘れない。
俺は絶対に見つけだす。頭をその言葉で埋めながら俺は大地を駆けてゆく。
「はあ……はあ……やっぱしんどいな。クソっ」
こんなことになるなら運動しておくんだったな。
でもこんなの想像つほうわけないし、俺ひきこもりだから仕方ないか。
だからこれから運動すればいいんだ。
「ここにには……ないか」
まわりを見渡してみてもあるのは崖から身を乗り出すように生えている一本の木だけ。
俺は今、ユナと最初にあった所へときていた。
そういえばユナはどうしてあの木にぶら下がるなんて事態になっていたのだろうか。
見た限りでは何かあるようには見えない。
「ってことは上から落ちたのか?いやそれは違うか、それじゃ命綱つけられないから。じゃ木になにかあるのかな」
ユナが掴まっていた木を集中して観察する。
「あっ」
俺の目線の先になにか光るものを見つける。
あれはなんだ?
ここからではそれがなんなのかまでは分からない。でもユナはあれを取ろうとしていたとみて間違いなさそうだ。
「今は時間が無いか」
ここで立ち止まっているわけにはいかない。
こうしている間もユナは苦しいのだ。そしてそれに弱音もはかずに堪えている。
早く次のところに行くべきだ。
ここに来る前に俺がいたのは確か……
森の奥、背の高い木々の生い茂る場所。
記憶を頼りに再び森を大地を駆けていく。
だが、森に入ってすぐに致命的な真実に気づく。
「ダメだ。景色に変化がまるでない。これじゃあどっちから来たのか分からねぇ。
右か。左か。まっすぐか。……どっちだ。
目を凝らせばなにか気づくは、そう思い周囲をまんべんなく警戒していたそのときだった
ドドドドという轟音と共に何かが俺の右側から突撃してきた。
「んなっ!」
いち早くそのことに気づき、咄嗟に体を跳ねさせる。
「かはッ」
無理して飛びよけたために、ろくに受け身も取れず、背中から地面とぶつかる。
肺の空気も衝撃で抜けてしまったようで次の行動へと移せない。
このままの体制はまずい!
体を必死に起き上がらせようと動かしたつもりが、動かない。
「うぅごぉおおけぇええ!」
気合だけで立ち上がり、何かが通り過ぎた方に目を移す。
「なんだよ。それ」
簡単に言えばそれは猪だ。
でも俺の知る猪は桃色の体表なんてしていないし、牙だってあんなに大きくはない。
「どうする。なかなかのスピードだぞ」
直線に逃げたら間違いなくアウトだ。逃げるならうまく立ち回らないと。
戦うのは初めから考えない方が賢明かな。さすがに荷が重い。
「まずは一回動いて貰ってから……」
桃色の猪に神経を集中させる。
部屋でやっていたゲームの感覚。
一挙一同に意識を巡らせ、相手の動きを見逃すな。
……。
……。
今だ!
大きく左にジャンプ。
今度はしっかりと着地に成功する。
「あとは、今のうちに……!」
突進してきた後に出来る隙を利用して逃げようとしていた俺の目に信じられない現象が写る。
突進し、停止するという隙が生まれるはずだった桃色の猪の体が青く光りだし、突進の勢いを生かしたまま、縦に反転。
まるでサマーソルトのように宙返り、再び突進を仕掛けてくる!
「そんなのありかよぉおお!」
異世界怖えぇええって。
あわててもう一度ジャンプ。
ぎりぎりのところでかわすことに成功する。
でも、まだだ。
桃色の猪は懲りずにまた体を青く光らせ、オリジンを発動。
再び宙返りをし、こちらを向く。
このままじゃ俺の体力が先に尽きる!
ここで俺が倒れたら、ユナは……。
それは絶対にだめだ。
俺のことはいい、でもユナは助けないと。
個々を切りぬけないとユナを助けられない。
どうする。
逃げるチャンスがまるでない。逃げられない。
ん。待てよ。逃げる?
そうか!そうだよ!
頭に状況を打破する方法が一つ浮かび上がる。
ゲームではやっとこがある方法。
俺に出来るか分からない。けど。
「一か八かやるしかねぇだろ!」
桃色の猪を観察、突進が来る瞬間に避ける。
今度は大きく跳ねないで地面を転がって避ける。
そして躱しきったことえを確認。
腰にさしてあったナイフを抜き構える。
突進したあとすぐにオリジンを使うわけじゃない。
少し進んであいつは使う、だったら逃げるんじゃなくて、追いかければ!
「うおぉぉおおお!」
正真正銘の全力ダッシュ。
追いつけはしなけど、引き離されないように!
そして桃色の猪の体が青く光り始める。
ここだ。
ここでやるしかない!
ブレーキを掛けず、走り抜けるように全力を出し続ける。
桃色の猪の体が宙に浮き反転をするその下を!
「ここだろぉぉぉおお」
俺はナイフを突き上げた。
生生しい感触が伝わってくる。けど今はそれでいい。
このまま桃色の猪の腹にナイフを指し込むんだ。
「って。うわぁあああああ!」
でも、そこで異変が起きる。
俺の脚が地面から離れ、周りの景色も流れ始める。
こいつ!刺さったまま飛ぶ気かよ!
そして桃色の猪は俺を引き連れながら、森の奥へと消えて行くのだった。




