ある少年のオープニング 4
□それからさらに二時間後□
「…………」
「…………」
あの会話以来、互いに一言も発していない。
俺はともかく彼女、もといユナまで。
今まで彼女がしゃべり続けていたのはもしかして、自分が幻覚でも見ていたのかもしれない、なんてことを認めないためだったのかもしれない。
幻覚ではないと分かった今、わざわざ話し続ける必要もないと踏んだのだろうか。
もしくは話しても意味のないことに気づいたか。
どちらにせよ、俺がどういう人間かは把握してきているはずなのだから、こんな根競べなど早々にやめてしまえばいいのに。物好きも大概にしてほしい。
いや、まて。
本当にただの物好きなのか?
今更になって彼女にも理由があるのではないか、という当たり前なことに思い当たる。
それにまだ、俺がここにきた理由ですらわかっていないじゃないか。
話したい。
そう思った。
これはあれだ。その、別に話してくれなくなって寂しくなったとかではない。
今の状況を理解するための必要な手段だ。だから仕方ない。
本当は話たくなんてない。だって俺は引きこもりだぞ。
引きこもりが外とコンタクトを取りたいなんて思うわけがない。
わけがないんだ。
でも今は他に知ってそうなひとはいないし、何か分かりそうな本すらない。
なら。そうならば、仕方ない。
嫌々ながらも話してあげよう。本当は話したくなんてないけどさ、そうするしかないんじャしかたない。
言い訳だと自分ですら分かる理由をこじ付け、俺は自分の行動を正当化する。
「なあ「ねえそういえばさ、少し聞いていいかな?ツツギシンバ君」
俺の方が先に口を開いたのに、彼女の言葉しかそこからは聞こえてこなかった。
いったい俺の心の葛藤はなんだったのだろう。
「……なんだよ。あと心葉でいい。」
「ん。私のことはユナでいいよ。えっとね、聞きたいことっていうのはね、さっき……でじゃあないか、昼間のことなんだけどね、どうして私のこと助けてくれたのかなって」
どこか言いにくそうに時間をかけてユナは言う。
「どうしてって、そりゃ目の前にあんな状態の子が居たら助けるだろ。普通」
わざわざ聞かなくともわかりそうなことの気がするんだけど。
「でもさ、あの時の心葉ヘトヘトだったでしょ。それに、助けてくれた後に降りる時なんていつ落ちてもおかしくないくらいだったよ。なのに私を助けてくれた時はさ、全然怖くなさそうに上ってきてた。そこが分からないんだよね」
確かに今思えば危険なことをしたんだと思う。もう二度とあんなことはしたくないと思う。
けど、なぜだろう。もう一度同じ場面が来たとしても同じことをするって確信してしまうのは。
「俺にも分かんない。ただあの時は夢中だったんだと思う。なぁ俺はどうして夢中で助けにいけたのかな」
「え?それ私に聞くの?」
「他にいないし」
「そうだけどさ。うーん、なんか変な気がするけどまあいっか。そーだねぇ、私に一目ぼれしたとか」
「ない」
「……せめて悩んでよ。少しくらい。」
「悩むのは苦手なんだよ」
「嘘。心葉はぜったい一人で抱え込んで悩むタイプでしょ」
うっ。確かにその通りだけど、なんか人にそういわれるのは抵抗がある。
「きみ「ユナでいいっていったよ?」……ユナはあんまり悩まないで突っ走るタイプだろ」
「おお!大正解!よくわかったね!」
「なんとなくだけどな。そんなやつくらいだろ引きこもりにかまうやつなんて」
「私の長所なんだよね~。悩まない。即断即決。いいでしょ」
「ただ単に考えるの苦手なだけだろ」
「まあそだね」
あははとユナは笑う。
こんなふうに人とまともに話すなんてとても懐かしい気がする。
そうか、人と話すって楽しいことだったんだな。
当たり前のことをずいぶんと忘れていた。
「あのね、心葉」
「ん?今度は何だよ」
「その、さ。ありがとう。助けてくれて。おかげでこうして心葉と話していられる」
「あっ、いや、俺は大したことしてないだろ」
「ううん。心葉のおかげ、だって私諦めかけてから。心葉が私の向かって何か叫んでくれたでしょ、あのおかげでまだあきらめちゃだめだって思ったんだ。なんて言ったかはよく聞こえなかったけどね」
えへへと笑ってごまかすユナ。
照れてるんだと思う。
けどそんなことを言われたらこっちが照れるだろうが。
「別にいいだろ。なんだって」
ああもう。言葉がキツめなってしまう。
話を変えないとまずいなこれは。
じゃあそうだ。
「俺からも質問してもいいかな」
「もちろん。じゃんじゃんしてていいよ」
明るい声色で答えてくれる。
「ユナを助けた時のアレっていったい何?」
千切れていたロープが青い光に包まれて一つのロープになったアレ。
アレはいったいなんなんだ。俺がここに来たことと何か関係があるのだろうか。
俺がもっと早くに聞いておくべきだったことだ。
「アレって、どれのことかな?私なにかおかしなことした?」
「おかしなことしたって?いやどう考えてもしてただろ!あのロープをくっ付けた青い光だよ!」
思わず後ろに振り向きながら叫ぶ。
もっとも後ろにはあるのはドアなのだが。
「青い光?えっもしかしてオリジンのこと?知らないの?」
驚いたような声を上げるユナ。なんだよそれ。
「知らないな。聞いたこともない。そのオリジンってのはものを直せる道具かなんかなのか?」
「んーん違うよ。ロープが治ったのは私のオリジンがリカバリーだったから。オリジンってのはみんなそれぞれ違うよ。オリジンはだれでも持ってる力のこと。オリジンは生活の中心に存在している、なくてはならないものであるってしらない?学校で最初に習うことだけど」
いうならば超能力か。
でもユナの言い方からするとだれでも使えるのか?でも俺の知る限り超能力が誰でも使えるようになったなんて知らない。
ここはいったいどこだ?
「なあここってどこなんだ?俺の知る限り、そんなものない。当然学校でも習わない。
おれをバカにして騙そうとでもしてるのか?」
俺の行動をみて世間を知らないとでも思ったのだろうか?それでこんな大嘘をついて内心笑っているのか?
可能性としてあるのはこれくらいしか思いつかない。
でもこれは違う。正しい答えじゃない。
自分で言っておきながらそう確信していた。
「オリジンを知らない。見たこと無い格好。そし“てここ”にいる。……心葉ってもしかして異世界からきた?」
「はっ?」
「ありえないことじゃないんだよ。オリジンってのはね人それぞれ違う。私のリカバリーは特定の部位に触れたものなおす力、でね中にはディメンシション、次元を飛び越えるっていうオリジンの人もいるんだよ。だからもしかした心葉もそのオリジンなのかもしれないね。」
次元を飛び越える?俺が異世界人?
待て、待て待て待て。いったい何を言っているんだ。
そんなわけはないだろう。
「俺が次元を超えるオリジンを使える?オリジンさえ知らなかった俺が使える訳がないだろ!」
「そだね。じゃあさ使ったんじゃなくて暴発したとしたら?何かの拍子に心葉の体の中にオリジンが目覚めてさ、コントロールできずに勝手に発動したんじゃないかな。オリジンはどの異世界であろうと存在はしているって聞いたことあるからさ。今オリジンが使えない世界はただ単に使い方を知らないだけだって」
「暴発した……だって……、そんなの信じられない。だって俺はただの引きこもりだ。何の変化もない毎日を送ってた。それがどうして。今日だっていつも通りだった。それは
がご飯を食べようとしたら、光に……包まれて?光?」
ユナの手に触れた瞬間ロープが光ってオリジンが発動した。
じゃあ俺が部屋で見たのもアレと同じ光だったのか?
「どうやらオリジンに関係あることにでも気づいたのかな。うん間違いない。心葉は異世界からこの世界のこの島にきたんだよ」
「いや待ってくれ、他に可能性があるだろ普通。もしかしたら俺がユナを騙してるのかもしれないじゃないか。いや……ごめん何いってんだろ俺。そんなことはないって俺が知ってることじゃないか。違うこれじゃなくて、えっと……そうだ!記憶喪失!俺は元からここにいた人で記憶がおかしくなってるのかも!こっちの方がまだあり得るだろ」
記憶がおかしくなっている?自分で何を言っている。
それはありえないだろ。
だってそうじゃなきゃ双葉は……。
でも、いくらなんでも異世界とか次元がどうのこうとかってのを信じられれるわけがない。
「……それもあり得ないんだ。えっとねこれこそ信じられないかもしれないけどさ、実話ね……」
「この世界にはもう私以外に人間はいないんだ」
一人もね。
つぶやくユナの声はとても悲しそうで、それが演技にはとても思えない。
ドアの向こうでユナがどんな表情をしているのか俺は気になって仕方なかった。




