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ある少年のオープニング 1

まず気づいたのは青臭い匂いだった。家の中にいては縁のない草木の香り。

なんでこの香りが俺の鼻に飛び込んできているのだろう。

そんな疑問は目を開けたら、周りを見渡すまでもなく解決されることとなった。

青空をほとんど多い隠し、隙間から日光をのぞかせる数多の木々。名前の知らない数種類の草花、それから今、直に腰を下ろしているほんのり冷たい地面。

俺はいつの間にかどこかのジャングルに腰を下ろしていたのだ。

いったいなにが?

 いくら考えたところでその答えは見つからない。引きこもりにこんな訳のわからないことを考えろっていう方が無理だった。

 俺にできることなんてせいぜい今の現状把握くらいのものだろう。ひとまず今の持っているもの確認しようとポケットに手を突っ込んでみる。

 入っていたのは真っ黒の腕時計ただ一つだった。

 腕時計。こんな状況であまり役に立つとは言い難いものだったが俺はそれをみて安堵していた。

 よかった。

 ちゃんとなくしていなかった。

 きっとこの腕時計がなくなっていたらと思うとぞっとする。下手したら俺はそのことだけでもこのおかしな状況に失望し命を絶っていてもおかしくなかったと思う。

 それほどまでにこの腕時計は俺にとっては大事でかけがえのないものだった。

「これでよし」

 腕時計を右手に付ける。ただこれだけの行為だけど俺のなかには勇気がほんのりと表れ始めていた。

 今の状況を変える勇気。引きこもっていたときには全く沸かなかった感情だ。

 それが今では簡単に出てきていた。

 これは経緯はどうであっても、部屋から、さしあたっては家から出ることができたからなのだろうか。

 そんな自分自身の些細な変化に驚いている時だった。

 またしても俺の前に変化が表れたのは。

「きゃああああああああああああ!!!」

 一つ訂正しよう。変化が起きたのは俺の前ではなく、背後だったと。

 


 悲鳴の聞こえた方へと走ってみる。だがしかし、俺は所詮引きこもりだった。

 まともに運動をしていなかったのだから当然すぐに息が上がってしまう。

 走るのってこんなにつらいものだったのか。

 それでもなんとか元からボロボロの体を動かし、悲鳴の聞こえた方向へと向かい悲鳴の正体をみつけたときには、俺は肩で息をしているくらいに焦燥していた。

 だがそんな焦燥も疲れも目の前の光景をみたら吹き飛んだ。

 崖から身を乗り出すように生えている巨木。

 その枝の一つ。崖から完全に飛び出ている枝の先端に。

 少女がぶら下がっていた。

 ほんのり赤い長い髪の毛は風の影響でゆらりゆらりと薙いでいて、枝に必死に捕まる両手を見つめる双眸はエメラルドグリーンに輝いていた。

 身にまとっているのはよく言うところの民族衣装というやつだろう。

 首元にかかっている鳥の羽を使っているらしき首飾りが特徴的だった。

 って今は冷静に分析している場合じゃないっ!。

 ひとまずあそこから助けないと彼女は落ちてしまう。

 この下に何があるかわからないけれど崖奥に見える一面の海原をみればここがそれなりの高さだってことくらいはわかる。

 あれ?海原?

ということはジャングルというよりも島なのかもしれない。そんなことをうっすらと考えたがすぐにどうしたら彼女を助けられるのかに思考をチェンジする。

 ここから彼女を引っ張る?いやそれじゃ無理だ。ぜんぜん彼女の届きそうもない。それに俺の力じゃ引っ張り出すなんて出来るわけがない。

 くそっ。どうしらいいんだよっ。

 その時だった。

 突然、猛烈な風が吹き、宙ぶらりんの彼女を襲う。

 大きく彼女の体は揺れ、右へ左へ揺さぶられる。

 絶叫マシーンでは比にならないであろう恐怖がきっと彼女を襲っている。そしてそれだけでないだろう。

 彼女の体を支えているの今は彼女の両手のみ。ただでさえ彼女の体を支えるのが厳しそうなのにこの強風だ。

 おそらく限界。 

 今にも手が離れ、彼女は下の海へと垂直落下してしまいそうだった。

 そんな彼女をみて思わず。口が動く。

「っがっぁれ!」

 がんばれ。そう言ったつもりだった。

 けれど四年間もまともに誰かと話していなかった引きこもりは誰かに言葉を伝える、たったそれだけのことすらできなかった。

 俺は、こんな人間になっていたのか。

 どうしようもない罪悪感と嫌悪感に包まれ、消えてしまいたくなる。 

 でも今は自分のことなんてどうでもいいのだった。そのことを思い出し、彼女に注目する。

 彼女はまだ、持ちこたえていた。

 俺の言葉が届いたのかはわからない。けれど確かに彼女は大きくない両手でしっかりと枝をつかみ、必死に耐えていた。

 その姿に正直憧れた。

 俺とは正反対だと思った。

 どうして生きているのか分からないほどに無気力で、どうして死んでいないのか分からいほど無意味な生き方をしている俺とは全然違う。

 生きることに必死で、死にたくないとそのエメラルドグリーンの両目が訴えていた。

 もう迷ってなどいられなかった。

 自分のことなどうでもよくなっていた。今の俺にあるのは彼女を助けたいという気持ち只一つで、それ以外のことか気にする暇もない。

 俺は貧相な両腕で木を登り、枝を伝い、彼女の真上へと辿り着く。

 ここで滑ったら?ここでさっきみたいな風がふいたら?

 俺は海へと真っ逆さまに落ちていくことだろう。

でも。

そんなことはどうでもいい。

 彼女を救えればそれで。

 命をなげ売ってでも彼女を救うつもりだった。けれど真上にまでに来てようやく気づく。

 俺には何もできないことに。

 彼女を引き上げるには彼女の腕を掴む必要がある。しかし彼女がぶら下がっているのは枝のすぐ真下ではない。

 枝の下にある枝。ここからでは辿り着くことのできない所で彼女はぶら下がっていたのだ。

 命を捨てようとしたところで俺にはだれも救えない。

 そのことに気づいてしまう。

 結局俺はただの引きこもり。いやそれ以下だ。

 なにもできない。むしろマイナスにしか働かない。

 生きているのが迷惑なそんな人間だと思い知らされる。

「ロ、ロープを……私の手に……」

 声が聞こえた。

 絶望していた俺の耳に飛び込んできたのは、女の子らしい高さを持った声だった。

 ロープ?

そんなものどこに?

 周りを見渡し、目を凝らす。

「あれか?」

 発見したロープは手を伸ばせば届く位置にあり、なんとか手を伸ばし、手繰りよせる。

 そのロープは枝の中でも一際多いきなものに結ばれており、おそらく彼女が命綱として使っていたのだと思う。

 しかし、肝心の反対側が途中で千切れていた。これじゃあ命綱の役目を果たすことはできない。これを使ってどうするつもりなんだ?

 全く分からなかったがここでほかに出来ることもなかった。

 俺はそのロープを下へと投げ、ロープの一部が彼女の手に触れるように操作する。

 手に、って言われても、手に握らせるのは不可能なはずだ。だからつまりこれでいいのか。

 不安を抱えずにはいられなかったが、そんな不安はすぐに払拭される。

 彼女の手が淡く、青く光出す。

 その光は、ロープへと移り、やがてロープ全体が青く光っていた。

 それだけではない。どうやら彼女の腰のあたりに巻き付けてあったのだろう、ロープの切り離された相方。ロープの切れ端も青く光り始める。

 そしてだんだんと、ロープとロープが近づき、どの二つが触れ合ったと思ったら、次の瞬間にはロープには切れ目などなく、一つの命綱としてそこに存在していた。

 いったい何が。何が起こったか理解ができなかった。

 そんな理解の追い付かない現象を目の当たりにして、驚愕のあまり、動けない俺を差し置いて、現象を引き起こした当人である彼女は、自由になった両手でロープを握り、たくましく登ってきていた。

そのまま彼女は無事生還を果たし、気づいてみれば地面に足をつけのは俺よりも彼女の方が早く。へっぴり腰でなかなか降りれなかった俺のほうが、彼女に手伝ってもらうというありさまだった。

 なおそのときの会話を思い出すとこうなる。

「右の枝に足を乗っけて左手で蔓を掴んでこっちに渡って!」

「こ、こうか?」

「あ、だめ!その蔓は気に繋がってない!」

「へっ?ってうわあああああ!」

「危ないッ!握って」

「お、おう!」

「そこから動かないでじっとしてて、私が引っ張るから」

「りょっ、了解」

「だから!動かないでって」

「す、すみません」



 俺としては彼女とふつうに話せていた自分に少なからず驚いていたのだが、そんなことは彼女の知ることではないであろう。

 なにはともあれ、こうして俺と赤毛の彼女は無事生還できたのである。

 


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