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ある世界のエンディング

青い水晶が、目の前を覆っている。戻ってきたってことか。

 部屋には何も変化はないようだ。俺たちの体にも変化はなく、初めにいたところから一歩も動いていないということは意識だけが過去に行っていたのだろうか。

「これからどうする?とりあえず塔から出るか?」

「そうだね~どうしよっか。もう来ることは無いと思うからもったいないような気もするんだよね」

 周りをキョロキョロと見回し、何か無いかと探し始めるユナに釣られて俺も周りを見回してみる。だが水晶以外に何かあるという訳ではない。せいぜい壁が崩れている場所があるくらいだ。ただ何か違和感を感じる。過去に行く前とどこかが変わっているような。

「あ!そうか。明るくなってるのか」

「へ?確かにそういえば暗くて見えなかったんだよね」

「なんで明るく?過去に過去に行ったからって考えるのが普通か」

 水晶の反応に合わせて証明が付くようにでもなっていたのだろう。だとしてもそこに何の意味あるか分からない。

「そうじゃないみたい。上見て」

 言葉に従い見上げるとそこには、

「天井に窓……」

 窓の奥にはほんのりと明るくなっている青空が広がっていた。その淡い色の海の中を真っ白な雲たちが自由気ままに漂っている。

「俺たちが過去に行っている間もここでは時間が進んでいたってことか。それでその内に夜が明けたのか」

「なるほど~。そんなに時間経ってたのかぁ。なんかおなか空いてきちゃった」

「夜ごはん……いやもう朝ごはんか。それじゃさっさと降りてご飯にしようか」

「でも、実はねご飯持って来てるんだよね」

 リュックの中から出てきたのは大きなおにぎり。

 ……用意がいいやつだな。

「よく無事だったな。おにぎり。形も全然崩れてないし」

「まあ作ったのが私だからね。そりゃたくましくなりますよ」

「それは誇っていいのか?」

 俺たちの間に安穏とした空気が流れていると思う。思えばこういう風にユナと何気ない会話をするのは少なかった気がした。

「……もっと話したいな」

「な、なにを急にいっているのかね」

「ユナとこうして最初から話しておけばよかったなって。いきなり逃げちゃうなんて俺すげぇもったいないことしてたよな」

「そうだよもったない。人と話すのは楽しいことなんだからね。あんなことしたら友達できないよ。元の世界に帰ったら」

 笑いながら話ていたユナの顔が一気に暗くなる。……俺が帰ってしまいことを気にしてる。

 それはたぶんいつの間にか俺たちが先送りにしていた問題だ。俺はこの世界の人間ではない。変えようのない事実だ。でもだからと言って。

「戻る必要あるのかな。別に俺はこの」

「見て心葉!スイッチがあるよ」

 俺の言葉を遮るようにユナの言葉が重なる。あからさまだった。分かりやすかった。ユナの気持ちを考えてなのか俺の本心がそうしたかったのか。俺は。

「……水晶の台座か、見逃してたな。とりあえず押してみよう」

 話をそらされることを許容した。

「押すよ。はいや」

 スイッチが青く光ったと思うと地鳴りのような音が部屋に響きわたる。響く音に俺の中の迷いは隠される。何が起きているのか周りを確認すると、壁の一部がシャッターを開けるかのようにだんだんと上に消えた。やがて音も止み、壁の奥が明らかになる。そこにあったのは、光がほんのりと溢れてきている階段だった。

「上、行ってみようか」

「ああ」

 ぼそりと言葉を交わして、階段を登る。階段は段数が少なくあっというまに屋上に出る、

 そこに広がる景色は暗くなく明るくもない。光と闇のちょうど中間あたりのどこか寂しい空と生き物たちがすでに動き出しているだろう緑一色の森。その奥に広がるのは空の寂しさを映しながらもどこか暖かい青一色の海。どこを見渡してもその三つが目に映る。

 この光景は昨日も明日も変わっていないのだろう。島にとっては当たり前の光景。島から人が消えたとしてもこの光景は変わらない。人間なんてちっぽけなものに構ってはくれないのだ。

「……小せぇなぁ」

「村が米粒みたいだね。うわぁ高いなぁ」

「いやそういうことじゃないんだけど。……ま、いっか」

「ん?どうかした?」

「いや、なんでもない。本当に高いなここ。落ちたら粉々だ」

 本当にここまで登ってきたのか実感がない。ほとんどオリジンの力でのぼったようなものだから仕方ないと言えばそうなのだろうけど。

「はい、心葉」

 ユナの手に握られているのは大きなおにぎりだ。綺麗な三角形をしていてどこも崩れた様子がない。

「ありがとう」

 受け取って、口に運ぶ。

 思っていたような硬さは微塵もなく、程よい炊き加減の白米と塩のしょっぱさがマッチしている。素直にうまい。

「うまいな。ユナの料理はどれもうまい」

「あ、ありがとう。そう言われるとなんか照れるよね。うん」

 頬を少し赤く染めながらユナは笑う。頬が赤い理由は意識して考えない。

「あ!そうだユナ!これ、おにぎりのお礼ってことで」

「これって……」

 ユナに渡したのは綺麗な水晶や鉱石で作らていたペンダントだ。輝いていることから鉱石は上質なものなのであろう。

 これはユナと初めに出会った木に引っ掛かっていたものだ。

「ユナがあの木に登ってたのはこれを取るためだったんだろう」

「そう……だけど。いつのまに?」

「食材を作ってるときに思い出してさ。ユナに何かしてあげたいって思ってたからこれならべストかなって」

 なんか思ってたよりもユナの反応が小さいような。

 これそんなに大事なものじゃなかったのかな?

「あ、ありがとう。うれしくてなんていったらいいか分からないよ」

 どうやら俺の予想よろも遥かに大事なものだったららしい。逆に反応が小さくなっていただけか。

「それはいったいどういうものなんだ?」

「これはお母さんの形見なの。お母さん、私が小さい時に死んじゃって、これしかお母さんのものが残ってないんだ。本当にありがとう。本当に、本当に」

「喜んでもらえて俺もうれしいよ」

 ペンダントを首に巻き付けるとより一層ペンダントの輝きが増したような気がする。

 ユナは小さく「そっか」とつぶやくと俺を正面から見つめる。

 そっか?って何がだ?

「さっき私が料理うまいって言ってたけどね、私は別に料理がうまいってわけじゃないと思う」

「そうか?全然うまいと思うけど」

「うまいってどういう風にうまいか教えてくれる?」

 聞いてくるユナは真剣な目になっていた。さっきまでの照れたような、感動しているような表情はない。

「なんていうかあったかい。ご飯は冷たくなってるけど胸の奥がこうぽかぽかしてくるみたいな」

 俺の言葉を聞いてにこっと微笑むと待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「そこに料理のうまさは関係ないよ」

「じゃあ何が関係あるんだ?」

「それはやっぱり気持ちだよ。気持ちを込めて作ったのもは人の心に響くんだ」

「気持ち……。じゃ母さんの料理であったかいって思わないのはもう母さんが俺にはなんの気持ちがなかってことなのか」

「それは違う。それは絶対に違うよ」

「でも母さんの料理は冷たい。心に刺さるんだ」

「心葉の気持ちだと思う。心葉がそうだって決めつけてるだけだよ」

「そんな確証はないじゃないか」

 ユナに当たりたいわけじゃない。でも言葉が強くなってしまうのはユナがこの話を今する理由が分かってるから。ユナがどうしたいのか分かっているからだ。だから俺は気づいているのにユナに反対してしまう。そうしないとユナの考えてる通りになってしまうような気がして。

「確証ならあるじゃん。毎日ご飯が作ってあったんでしょ。それって心葉を大事に思っていないとできないことだよ」

「……そんなのただの義務感だ」

「違うよ。心葉だってもう分かってる。分かってるはずだよ」

 あぁその通りだ。俺は分かってる。母さんが俺の事、大事にしてくれたってこともユナがそのことを言う理由も。

「分からない。分かりたくもない」

「どうしてそこまで分かろうとしないの!」

 ユナが今までよりも強い言葉で言い放つ。

 それに対して俺は。

「なんで分からないといけない?」

「そ、それは」

 言葉に詰まる、か。やっぱりそうなのか。

 ユナが俺に母さんに大事にされていたことを理解させようとするのは、

「分かったら俺が帰りたくなるから、だろう」

 ユナは何も言わない。

 無言の肯定。

「俺がこのままだとこの世界に残ると思ったから、だからユナは俺が元の世界に戻りたいって思うためにこんな話をしたんだ。俺がユナを一人残して元の世界に帰るわけがない、でもユナは俺に帰ってほしいって思ってる。俺のために、俺に元の世界に帰ってほしいんだろう?」

 ユナは答えない。

「でもなこれだけは言わせくれ。これだけは聞いてくれ」

 ユナは答えない。

「その通りだよ!俺はもう決めた。元の世界には戻らない。この世界でユナと一緒に生きる。ユナと生きてきたいんだ。ユナが俺に帰ることを望んでいたとしても俺は、ここに残りたい!」

 ユナは答える。

「それは……だめだよ」

「どうして?なんでダメなんだ。俺と生きてくなんて嫌なのか?」

「違う!違うよ。うれしいよ。うれしいことだけど、でも」

 じゃあなんでダメなんだよ。何がそこまで……。

「俺には元の世界に戻っても何も希望なんてない!」

「それだけは違う!妹さんをおこしてあげないとダメなんだよ心葉は!」

 体を震わせるようにして叫ぶ。ただ思ったことを口に出しているのだと見ている俺でも思うほどの叫び。

「ここにいたらいつか私も心葉も死んじゃう。一人じゃなくなるのはとってもうれしいことだけど。それじゃ心葉が報われない!心葉は元の世界に戻って、お母さんと仲直りして、妹さんを目覚めさせて、妹さんと仲直りして!そして、生きていく道があるんだ。それを私のためなんかであきらめちゃダメだ!……心葉はまだ幸せな……未来に生きて……いける……から」

 ユナの瞳からは涙があふれていた。俺のために泣いてくれていてる。感情を爆発させるユナの言葉を聞いて俺は。

 俺は……?そのさきまで考えがいかない。なのに俺の口は勝手に動き出す。

「俺は……」

 この後なんて言おうとしていたのか分からない。俺はこの先を言うことができなかった。

 なぜなら、ユナの背後の景色が白い霧に覆われていくのが見えてしまったから。

「ユナ……後……」

 後ろを指さす。でもユナは動かない。まだ体が動いてくれないのだろうか。

「ユナ!」

 思わずユナの肩を掴んで無理やり後を向かせる。無理に方向を変えたせいかユナの体はふらつき、俺は抱きしめるような形になってしまう。

「き、り……?」

「もう島に入ってきそうだ。あれは改変の霧か?でもなんでここに?」

「もどって、来たん、だ」

 すこしずつ落ち着きを取り戻してきたユナは続ける。

「たぶんだけ、ど。私を飲み込みに」

「ユナを?ユナは霧の影響を受けないんじゃ?」

「ううん。私は死から遠ざけられるだけ、他に誰もいなくなったら私の番なんだ」

 つまり、最後にユナを飲み込んで世界から真の意味で人はいなくなる。それが改革。

「やっぱり心葉は帰らないと。もう時間が無い」

「嫌だ。ここでユナは消えるしかなにのなら俺もいっしょに消える。それに戻り方だって分からない」

 そういっている間にも霧は広がっている。すでに森の一部は霧に覆われて白く染まっている。

「心葉は、この世界……ううん、私と出会ってどうだった?」

 唐突に、話の流れをきってユナはそんなことを言ってくる。

 その言葉に込められたものは今までのどれよりも大きく、強いものが感じられる。

 そう。それはまるで最後の一言のような。

「そんなの最高だったに決まってる。もうどうしようもなくなっていた俺をユナは救ってくれた。俺の人生でユナと過ごした時間はこれ以上ないくらいに特別なものだった!」

 なんで、なんで俺は『だった』なんて過去形でしか話さないんだ。

 どうしてそんな風に話してるんだ。

「そっか。よかった」

 噛みしめるようにつぶやいたユナは、俺の腕に抱きかかえられたまま、身を乗り出し、唇を俺のものと重ね……え?

 ユナの体が青く光り出す。何秒か何十秒かは分からない。長いようで短くもある時間が二人の間を流れ、ユナが唇を離した。

「戻る方法なら知ってるんだ」

 変化はすぐに訪れる。

 俺の体から、青い粒子のようなものが少しずつ溢れ来た。

「これ、は?」

「前に言ったよね。オリジンの中にはチャージすることが必要なものがあるって。私のオリジンもその一つでね、一日使わないことで回復できる量とものを増やせるの」

 だから、塔に入ってからオリジンを使おうとしなかったのか?すべては俺を返すために?

「私のオリジンは手に触れたものよりも口に触れたものの方が回復させられるっていう力もあるんだよ。すごいでしょ」

 自慢気に、明るい笑顔でユナはそう言った。でもその顔には悲しみが見て取れて、そんな顔をされたら納得なんて出来る訳がなくて。

「嫌だ。嫌だ。俺はオリジンを発動させない。コントロールして見せる。ユナとこの世界でいっしょに消える!」

 霧は森のすべてを飲み込んでいた。残っているのこの塔だけ、でもこの塔もすぐに飲み込まれる。

「それはダメ。心葉は生きて!」

 もう一度ユナが唇を重ねてくる。今度はダメ押しで手も握って。

 ユナの体が青く光り出す。さっきよりも強い光だ。白に染まろうとしている世界でその青はどこまでも際立って美しい。

 ずっとこのままで居たいと思った。このままユナと一つになったまま霧にのまれて消えたいって。

 しかし、世界はそうさせてくれない。俺の頭は激しく痛みだし、視界がぶれていく。

 この感覚は二回目だ。この世界に来たときと同じ痛み。

「うああああああああああ」

 霧は塔の屋上に達していた。白に染め上げられ行く中で今度は俺が青く光りだす。

「ユナああああああああああああ!」

「ありがとう心葉」

 太陽が俺に笑顔を向けていた。


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