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ある世界のメモリー 2

「じゃあまだ誰もここに来てないんだね」

「ああ、そうだな。なんの変化も起きてない」

 まだ少し目を赤くしながらユナは言う。ユナがけじめをつけに行って帰ってくるまでの数十分に誰かが訪れることもなく、俺は日光に充てられ続けるだけだった。 

「村の方にユナ……こっちの方のユナはいたのか?」

「それがいなかったんだよ。あと、お父さんもいなかった。お父さんの顔みたかったのに」

 となると一緒に行動しているとみるのが普通か。ユナから聞いた話だと塔の周りには常に誰かが見張りについていて、侵入者が来ても塔には入れさせないようにしている。ユナはその中の一人で、塔の正面を見張っていたんだったか。

「あれ?それだと一人でいることになる?いやそもそも正面はここのはず」

「ん?どうしたの?ぶつぶつぼやいて。何か分かったの?」

「ユナ、聞くけどさ、正面の見張りはユナがしてたんだよな?」

「見張り?いや私じゃないよ。あれ……だれだっけ。……だめだ、分かんない。でも私じゃないのは確かだよ」

「他に見張りだって考えられるのは……ユナの父親……?」

「お父さんが見張りなのはあたりだと思う。お父さんの槍とかもなかったから。でも私はどこに行ったんだろう」

 そうだ。ユナの行方が分からない。いなかったのはユナとユナの父親。そのうちユナの父親はここの見張りだとすると疑問がいくつか出てくる。

「他に何か村で変わったことは無かったか?」

「そうだなぁ。あ!そういえば一人怪我してた。今日怪我したみたいだったよ」

「怪我か。怪我の原因は?」

「たしか獣がいきなり飛び出してきて、それを避けたときに足を痛めたって話してた」

「ならそのひとは見張りだったんじゃないか?」

「え?どうして?」

「獣が飛び出してきたってことは村の外に居たってことだろ。それに足を痛めてたのなら、見張りができないから戻ってきたってことになる。だとしたら、代わり誰かが行くはずだ。それがこっちのユナか?」

「まって。それでも足りないよ。見張りは最低でも三人はいないと見張りきれない」

「だったら、ユナとユナの父親とそいつで三人だ」

 つまり正面を見張っていたのはその怪我をした人なわけだ。ということはだ、ユナはここじゃない見張りの場所にいる。

「ユナ!移動しよう。違う見張り場所に連れて行ってくれ」

 声をかけるがユナの反応はない。

 どうして急にと思うと、ユナは俺とは別の方向をじっと見つめていた。

 その先にいたのは、大柄の男と、一人の女の子だった。

「お父さんだ」

 だんだん近づいてくると姿がはっきりと見えるようになってきた。女の子の方は俺の間にいる少女と瓜二つの顔だ。ということはあの大柄の人がユナのお父さんか。

「どうしてここに?見張りの交代にしてもこれだと他の所に人がいなくなるんじゃ」

「なにか話してるみたい。もっと近くに行こうよ」

 こっちからも近づいていく。こちらの姿は見えないからはっきりと声が聞こえる位置まで安心して近づける。

「お父さん見張りは大丈夫なの?」

「平気だ。どうせ誰も来やしない」

「でも、見張りをサボってるの見つかったら皆に怒られるよ」

「見つからないから安心していい。見つかっても交代の見張りが来るまでの間ここを見張ることを優先したことにすればいい」

「いいのかなぁ本当に。まずどうして正面の方に行く必要があるか分かんないんだけどなぁ」

 どうやらユナのことをユナの父親が連れてきたらしい。これでやっぱりユナが自分から計画して門を開けた可能性は消える。こっちのユナ自身もなんでここに連れてこられてるのか分かっていなのだから。

 だがすべての事が今から分かる。このまま見ていれば全部の事が明らかになるのだ。

「すぐに分かる。お前は何も気にするな」

「はーいよ。もう気にしませんよー」

 ユナの父親が息を大きく吸い込んだ。こっちのユナに悟られないようにゆっくりと息を吐き出す。そして、眼光が鋭くなる。まるで狩りの最中のような少しの油断も隙もない本気の目。何かする気だ。

「ユナよ、すまないが先に門に行っていてくれ。俺は一回村に行って、怪我の様子を見てくる。代わりの者が来るまで門の守りについていてくれ」

「うん、分かった。そうだよね、それがふつうだよ。お父さん」

 こっちのユナは門の方へと歩いていき、ユナの父親は逆方向へと振り返る。

 こっちのユナが数歩歩くとユナの父親はもう一度振り返った。

 ユナの方へと音を立てずに近づく。

 腰に差していた大き目のナイフを鞘ごと引き抜き、刃の方を握りさかさまに構える。

 そしてこっちのユナに向かって思い切り振りおろす!

「え?」

 思わず隣のユナから声がこぼれた。俺だって同じ気持ちだ。いきなりの事で状況についていけていない。

 こっちのユナは誰に殴られたかは分かる暇もなく気絶し、地面に倒れそうになるが、住んでの所でユナの父親が腕を掴み、倒れるのを阻止する。

 そのままユナの父親はユナを担ぎ、門の方へ消えて行った。

「どうしてお父さんが……私を?」

 ユナは目の前で起きた光景が信じられないようで、立ちすくんで動けないでいた。

「分からない。ここにいたら分からないままだ。追うぞ!門まで行けばきっと分かる!」      

 俺の言葉を聞いたユナは両手で自分の顔を挟むように叩くと門の方へ向き直り、

「そうだよね。行こう。もう覚悟はできてるから!」

 強く宣言した。

「よし。急ごう。ここから門までの距離は長くない。こうしてる間に終わってしまう」

 真実はもう、すぐそこまで来ている。その真実を掴むため俺たちは走った。

 幸い、ユナの父親は門まで到達したばかりでその肩にはまだこっちのユナが気絶しながら抱えられていた。

 なにやらユナの父親が言葉を零しているようだ。俺たちは門の前まで近づき、手を伸ばしたら触れてしまうくらいの距離までユナの父親に近づいた。

「ユナ、すまない。だが分かってくれ、お前をパスルからすくにはこうするしかない」

 知らない単語が声のなかに交じっている。パスル?

「パスルはね、不治の病。原因は分からないけど村でごくまれに患者が出る死の病。かかている本人に自覚症状はないけど、発症しているとうなじのあたりに痣ができるから本人以外は分かってしまう病気。……私がパスル病……」

「そんなバカな!ユナのうなじには痣もなにもない。ユナの父親の勘違いじゃないのか」

 となりのユナのうなじは痣などなく綺麗な肌が広がっているだけだ。

「勘違いじゃ……ないみたい」

 方に担がれてるこっちのユナのうなじ。ユナがそこを見て呟いた。

 恐る恐るうなじを確認する。

 そこに広がるのは痣というよりうなじそのものが壊れてしまったように見える黒い、大痣。

 これがパスル病の証拠。

「安心しろユナ。お前の病は今日までだ。あしたからは前のように怪我も風邪もない、いつもどりの日常だ。お前を死なせたりしない」

 門の近くにはスイッチがある。門を開くためのものだ。知っている人でなければ見つけらえないが、ユナの父親なら当然知っている。

 スイッチの前まで歩いていくこっちのユナの手を握り、ゆっくりとスイッチへと伸ばした。

「すまない。だが生きてくれ」

 そしてユナの指先とスイッチが触れ合う。

「門には言い伝えがあるって前言ったよね」

「ああ、覚えてる。時代の革命と死から遠ざかることだろ」

 つまり、ユナが門開けた理由は、真実は本人の意思ではなかったということだ。

 ユナを助けるため、そのことのためだけにユナの父親は門を開けた。その結果どうならうか考えなかったわけがないと思う。それでも、ユナを助けるために門を開けたのだ。

「私のせいだ。私がパスル病になったせいで皆が」

「いやこんなの誰も悪くねえだろ。パスル病にかかったのだってただの偶然だろ、それにユナの父親はユナを救いたかっただけだ。だれも人が滅ぶなんて分からないだろ、こんなの」

 誰も悪くなく、誰のせいともいえない。なんだか煮え切らない。こんなのが俺たちが知りたかった真実なのかよ。

「ふざけんな!なんだよこれ!これじゃ誰も救われてねぇだろ。ユナだって苦しんでる。こんなの納得いかねぇよ」

 どこにぶつけたらいい。だれに当たればいい。こうなってしまったのは何か悪いやつがいて、そいつのせいで皆が不幸になったのならそいつに当たればいい。でもこの真実はそんな敵がいない。煮え切らない気持ちだけが溜り、空気にあふれていく。

 でも、ユナは違かった。

「心葉。いいんだよこれで。私は真実が知りたかったから。確かに心葉の言う通り誰も悪くないと思う。むしろ私が悪いって思うかな。それでもこれが真実なんだよ。だから私達に出来るのは受けとめることだけなんじゃないのかな」

 どこか納得したような顔でユナは言う。

――覚悟はできてるから

 ユナは覚悟していた。こうなることを。真実が納得のできない者かも知れないことを。

 だからユナは受け止めて、納得できないことを納得できるようにしたのだ。

 つまり、俺に覚悟が足りてなかった、それだけの事なのだ。

 ならば今しかないのだろう。俺は今、覚悟決めるしかないのだろう。遅いのかもしれないけど、ここで納得しなければいけないのだ。

 俺は納得できるのだろうか?こんな理不尽に、救いのないことに納得できるのだろうか。

「ユナは本当にいいのか?これが、こんな悲しいだけの真実でいいのか?」

「うん。これでいいんだよ」

「どうして、そんな風に思える?ユナは、君は何を覚悟していたんだ?」

 真実がこういうことだったことか?いや、違う。だってユナには記憶が抜けているのだから。叩かれたときのショックなのか霧によるショックなのかは分からないけど、ユナの記憶は完全ではない。そんな状態ですべてを予想し、覚悟するなんて不可能だ。

 いったい何を思っていたんだろう。

「簡単なことだよ。私が覚悟したのはね、理不尽なことから逃げないこと。村の皆と私なりの別れをして、覚悟を決めたとき思ったんだ、きっと他にも理不尽な事はたくさんあるって。だから私はこの理不尽を納得できたんだ」

 俺はこの言葉を聞いて思いあたる。俺が引きこもったのはこの覚悟がなかったからだと。

 俺が双葉のときに、いや父さんの時に覚悟を決めることができていたなら、もしかしたら俺は引きこもることもなく普通に生活できたいたのかもしれない。でもだったらなおさら不可能じゃないか。俺がずっと逃げてきたことじゃないか。

理不尽に対する覚悟を決めて、起きたことを受け入れる。これだけの事だけど、これだけの事が四年間俺は出来なかったんだ。それを今しろと言われても、そんなの出来る訳がないじゃないか。

受け入れられないことを受け入れるのには必要なことがたくさんある。たとえば強い精神力だったり、痛みを和らげてくれる仲間だったり、未来への気持ちだったり。俺にはそれらが何もない。どれをとっても俺にはないものだらけだった。そんな俺が無理に受け入れたら、きっと俺は――――――

―壊れてしまう。

「壊れそうだよ」

 聞こえる声はさっきまでの強い意志の感じられるものとは正反対の弱弱しい、今にも消えてしまいそうなものだった。

「私は、納得したよ。覚悟を決めてたよ。だから受け入れたつもりだったよ。けど、やっぱり駄目だ。私このままだとおかしくなりそう。受け入れるってきめたのにどうにかなっちゃいそう」

 ユナは覚悟を決めて、納得して、受け入れようとした。けど考えれば分かることだった。ユナがそれ平気なわけがないのだ。だってユナにはもう支えてくれる仲間もいなければ、未来もない。持っていたはずの勇気もここで見たことでかき消されているのだろう。

 つまりユナも俺と同じ。違うのはユナが無理をしたか、俺が逃げたかそれだけだった。

 それでもユナの方がずいぶんとマシだと思う。俺のように逃げないで、立ち向かおうと、受け入れようとはしたのだから。

 霧が立ち込み始め、ユナの体も、俺の体も靄で見えにくくなる。このまま消えてしまえたら、なんて思ってしまう。

もしこのままの気持ちで帰ったらどうなる。

もしこのまま受け入れることができなかったらどうする。

違う。そうじゃない。

今は自問自答をする所じゃない。今、すべきなのは。

「だったらユナ、二人で考えよう」

 一人で抱えないこと。

「俺たちが受け入れる方法を」

 二人で抱えること。

「あ……」

 俺はその時気づいた。二人ともが受け入れる方法を、受け入れても壊れないで明日に進める方法を。答えはもう出てるじゃないか。

「そうか。簡単なことじゃないか」

「簡単?どういうこと?」

 俺たちに欠けているものは未来と仲間。でもそんなものは目の前で、不安そうな目をしてこっちを見てるじゃないか。

「俺はユナのために現実を受け止める。ユナが壊れないために無理して受け止めるよ。だからユナも俺のために無理して受け止めてくれないかな」

 支えてくれる仲間はユナ自身。未来はユナが生きる未来。そのためだったらきっと俺は受け止めることができる。

 ユナもそうだと信じてる。ユナは誰かのためなら自分で思っているよりも頑張れる、そういう人だから。

「……よろしくお願いしようか、な。あと、私で良ければ」

 霧がさらに深くなり、視界のすべてが真っ白になる。

 元の時間に戻るのだと頭のどこかで理解した。

 もっとも頭のなかは霧で覆い尽くされる直前にみた、ユナの真夏の太陽みたい笑顔でいっぱいだったけど。

 


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