ある少年のリグレット 4
話の始まりはまず、俺が十一才の誕生日からだ。
その時はまだ家族がそろっていて、当然俺は引きこもったことなんてない、割と優等生だった。
その日、俺は父さんと二人で買い物に出かけていたんだ。目的地は近くの時計屋。そこで父さんは俺に、特注の腕時計を頼んでいてくれた。ものすごくうれしかったよ。俺の父さんは近所では有名な働き者だった。そんな父さんの頼みだから、時計屋さんも特注で作ってくれたんだ。時計をもらった時には、お店の人に、「お父さんみたいな立派な大人に育つんだよ」って言われたんだっけ。
時計屋さんまでは俺は幸せだった。でもその帰り道、俺は一気に不幸へと落とされた。
一瞬のことだったよ。その時は幼くて何が起きたのかよく理解できていなかった。分っていたのは、父さんが刺されていたこと。そして俺が父さんに抱きかかえられていることだけだった。
父さんを刺した奴は、近頃話題になっていた通り魔だった。その通り魔は小さい子供を狙って、犯罪を繰り返してた男で、学校でも何回も気を付けるように注意されたのを覚えてる。きっとその男は俺を狙っていたはずだ。父さんには気付いていなかったのか、俺を一人でいると思って、刺そうとした。そして父さんは俺を庇って刺された。通り魔は、大人がいたことに動転したのか、言葉にもならない声をあげて逃げて行ったよ。その声が、聞こえなくなるまで俺は動くこともできなかった。声が聞こえなくなったときには、もうすでに父さんが動かくなっていた。どうして父さんが何も言わないのか分からなくて、ずっと大丈夫?大丈夫?って言いづけた。本当は分かっていたんだ、父さんが動かない理由も、父さんが今どうなっているのかも。それが認めたくなくて、俺は泣きながら続けた。
そうしているうちに、近所の人に発見されて、家に連れてってもらったよ。俺だけが。
通り魔はすぐに捕まった。子供は刺せるくせに、大人を刺したら怖くなって不審な動きをしていたのを警官に掴まったそうだ。こいつだけはいつまでたっても許せない。俺たち家族の幸せをいとも簡単に奪っていきやがった。許せないのはこいつふだけじゃなかった。俺自身だ。俺は俺自身を許せなった。もともと狙われていたのは俺だ。父さんじゃなくて俺が死ぬべきだった。葬式でないてるみんなの姿をみて心からそう思ったよ。
これが最初の悲劇で、俺の一つ目の罪だ。そう一つ目。まだ俺の悲劇は終わらない。この悲劇だけだったのならまだ乗り越えることもできたのかもしれない。
父さんが死んでからしばらくたった。俺はその当時、父さんが死んでしまった理由を作った罪悪感からひどく心にダメージを負っていた。でもこのときは引きこもってはいなかった。なぜならその当時は俺の妹―筒木双葉がいてくれたから。
双葉はいつも俺を励まそうとしてくれた。あるときは旅行に連れて行ったり、海に連れていったり。自分だって辛いはずなのに、人前では強く振る舞って、家族の明るさっていうのか、暖かさっていうのか、とにかく家族のために頑張る奴だったよ。それでも一人になったら思わず泣いちゃうような奴で、毎晩となりの部屋から鳴き声が聞こえていいた。本当なら俺が追わなきゃならない役目まで背負って、自分の事を後回しにして、そんな風にいつも頑張るあいつを見るたびに自分の情けなさに失望した。
そんな日々が続くうちに、俺は少しだけ変わっていたんだ。自分で言うのもなんだけど頑張って立ち直ろうとしていたんだ、その時は。双葉のおかげだよ。双葉がいなかったらあの時の俺は立ちなおろうなんて思わなかった。
ある夏の日のことだ。その日俺は双葉を遊びに誘った。今まで頑張ってくれた双葉に恩返しをするためと、自分へのケジメのためだった。次の日からは俺が双葉の代わりになって頑張ろうと思っていた。双葉に楽をさせようって。
俺が突然誘ったもんだから、双葉はすごくおどろいてたな。
二人で近くのデパートに出かけたんだ。双葉の欲しい物をなんでも買ってやるって言ってな。買い物が終わる頃には財布の中がすっからかんになっていた。そのかわり、俺と双葉はどっちも笑顔だった。明日からのいい区切りになったって自分でも思ったし、双葉もこれからの事を考えて笑ってたと思う。でもそのせいで悲劇が起こった。
元気が有り余っていた双葉は、俺の手を引っ張って帰宅していたんだ。俺のよりも前を歩いて。
そこに、暴走した車が突っ込んできた。
俺はぎりぎり当たらないで無傷だったよ。でも、双葉は……。
なんとか一命は取り留めたものの、それ以来、意識はもどっていない。生きてはいるけけど、死んでいるようにベッドに寝たままなんだ。
俺が誘わなかったら双葉はこんなことにはならなかった。父さんの時も、双葉の時も、俺がいたせいだ。俺がいなかったら、二人とも今も元気に暮らしていたはずなんだ。
俺は理解した。外に出ちゃいけないって。俺みたいな奴は、一生部屋から出ちゃダメなんだって。
そして俺は部屋からでなくなった。
「自分のことをここまで嫌ってるのに、死ぬ勇気はないって傑作だよな。本当笑える」
ユナの反応は無い。俺の事を失望したのかと思ったけどユナに限ってそれはないだろうと思う。かける言葉を探しているのだろう。……別に何を言われたところでどうしようもないのにな。
「……でも、それって心葉のせいじゃ」
「確かに俺が直接悪いわけじゃない。そんなことは何回も母さんから言われたし、自分でもそうだと思わなくもない。でも、俺が理由を作ったことに変わりはない。他に悪いやつがいたところで俺の罪は変わらない」
「そんな言い方……」
悲しそうな顔で言わないでくれ。俺にはそんな顔を向けられる資格はない。
「俺は外に出るつもりなんてなかった。オリジンの発動がなかったら本当に一生引き持っていただろうな。こっちに来ても外に出る気はなかった。でも出ちゃったんだよな」
間違いなく目の間にいる女の子のおかげで。……俺はまた、だれかを不幸にしてしまうのだろうか。
「心葉。私は大丈夫だから」
「え?」
俺の顔を見て何かを感じたらしいユナはなおも言葉を続ける。
「私は心葉のおかげで今、幸せだよ。不幸になんてならない。心葉が来るまではね、ずっと自分のことを責めることしかできなかった。もう生きるのも諦めかけてたんだ。だからあのまま落ちてもいいと思ってたんだ。でも心葉が助けてくれた。私はそれだけで幸せになってる。きっとだれも心葉のせいで不幸になったなんて思ってない」
「……俺が、俺を許せねぇんだ。俺が悪い、そういうことにしないと壊れる。壊れてきっと人じゃなくなる。そんなことになったら自分を責めることもできなくなるんだ。だから、俺が悪い。俺が悪いんだよ」
目に映るユナの体が傾く。俺と同じように砂浜に背中からくっ付け寝っころがる形のなり、たぶん空を見上げている。
「今はどうでもいい。……さっき心葉が私に言ったことそのまま返すよ」
「はっ?俺の事はユナの事は違って、確実だ。今でも、後でも変わらねぇだろ」
意味合いが違う。俺がユナに言ったのは、記憶が戻ってから、その時が来たら考えればいい、今は悩んでも仕方がないってことで、俺の事では全く意味がない。
「ううん、いいんだよ。今はどうでもいい、だよ。だってここは心葉のいた世界じゃないから。悩むの元の世界の戻ってからでいいんじゃかな。あと数日くらい自分を許しても罰はあたらないと思うよ」
「そんなこと!世界は違うけど俺は俺だ。そこに変わりはない!世界が何処だとか関係ない!」
体を起こして、ユナを正面から見つめてもそこに冗談は感じられない。感じられるのは確かなユナの意思だけ。
なんでこんなことを……。俺が俺の限り、自分を許せるわけがない。
「じゃあさ、妹さんが目覚めてらってのは」
「なっ」
双葉が目覚めたら……だと?双葉が目覚めたら、その時こそ俺は自分の罪と向き合うべきだってのは分かる。俺の罪をきめるのに双葉以上の適任はいないのだから。でも!
「双葉は目覚めねぇって!」
「本当に?どうやっても目覚めないの?違うよ。まだ可能性はあるよ」
「可能性?そんなもん限りなくゼロに近い。色んな医者の所にいって聞いたけど全員そういったよ。可能性なんてどこにあるんだよ!」
右手がゆっくりとあげられる。挙げた右手の人差し指をまっすぐに伸ばし、捉える。そのさきにある俺の瞳と指先が一直線にぶつかる。
「……お、れ?」
「そう。心葉が可能性そのものだよ」
「どういうことだよ。俺が……可能性?」
「私のオリジンはリカバリー。どんなものでも治せるちから。それが病気でも、怪我でもね。このオリジンって私しか使えないわけじゃないんだよ。他にも私と同じオリジンの人はたくさんいる」
オリジンなら治るかもしれない。ユナの力なら確実に治せるだろう。それはオリジンが使えてたらの話だ。こっちの世界にはオリジンがある。でも、俺にいた世界にはオリジンは存在していない。
「それは、ここでの話だろ。俺の世界じゃ……」
「オリジンはない?それじゃ聞くけど、心葉はどうやってここに来たんだっけ」
「それはオリジンの暴走…………っ!」
オリジンの暴走でこっちの世界に飛んできた。ってことはオリジンは発動したのは俺が元いた世界ってことだ。つまり俺のいた世界でもオリジンが使える。
「心葉のいた世界ではきっとオリジンに目覚める人が出てきているんだと思う。心葉がそうだったように。だったらその中にいると思うんだ。私と同じオリジンの人が」
あぁ。そっか。まだ双葉を助けることができるのか。
俺にもまだ出来ることいや、しないといけないことがあるのか。
俺はまだ……
景色が揺らぐ。正面に見つめてたのはユナの顔だったはずなのに、目の間に映るのは星空になっている。
あれ?
「ちょっと!心葉、大丈夫!?しっかりして!」
今度はユナが俺の顔を上からのぞいてくる。さっきとは反対だ。星空を背景にユナの顔が写り込む。
「はっ、ははっはははっははははは」
なんだか笑いがと止まらない。ユナの顔が変なわけじゃない。なんでかは分からない。でも笑いは止まらない。
「本当に大丈夫?」
「ははは……ああ大丈夫だ。俺はもう大丈夫みたいだ」
「本当に?むしろおかしくなってるように見えるけど」
本当にそう思ってんなら、そのにやけ顔を少しは隠してから言えっての。
「もとからだ気にすんな。……俺らってなんか似てるな」
「え?……そうだね。似てるかも」
いきなりのまともな反応に驚きながらも、肯定を返してくれる。
「俺もユナも、罪があって、その罪にいつ潰されてもおかしくない。だからさ、互いに支えあっていかないか?こっちにあるのはあと少しだけど、その間だけでもさ」
俺にユナを支えることができるかは分からないけど、出来る限りのことはする。希望をくれたせめてもの恩返しとして。
「そうだね。そうしよう!似た者同士だからね!」
フッとユナの顔が視界からいなくなり、隣にユナの体が倒れてくる。
「綺麗な空だよね」
「ああ。本当に綺麗な星空だ」
さっきまでよりも一層輝いて見えるのは気のせいじゃないはずだ。きっと俺の視界から、曇りが晴れたんだろう。
「心葉に質問!」
「なんだ?」
「こっちの世界に来てよかった?」
初めは何が起きたか分からなくて、いきなり女の子が死にそうなっているし、その子はしつこいし、早く帰りたいと思っていた。でもその子のおかげで俺はまた外に出れたし、もとの世界でするべきことも見つかった。それにその子出会えた、そのことが何よりもうれしい。もう、否定する理由なんて残ってない。
「良かったよ。心からそう思う。この世界に来れて、ユナに会えて、本当によかった」
今のこの時間が何よりも、そのことの証明で間違いない。




