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ある少年のリグレット 2


 てっきり小屋の前で何かをするかと思ったが、そこで足を止めるこたはなく、森の奥へ奥へと入っていく。

 昨日までの崖がある方向とは逆。まだいったことのない未知の領域に足を踏み入れた。周囲の木々や草花の種類も見てわかるほどに違うものに変わっている。木々はより高く、草花はより生い茂っており、森の中央方向に進んでいることが分かる。

「これってどこに向かっているんだ?」

「着いてからのお楽しみってことで。しいて言うなら私の大切な場所かな」

 ちなみ今もまだ手をつないだままである。ただユナに引っ張られているのではなく、二人横に並んでいる。離すタイミングを完全になくしてしまい、意識していながらもどうすることもできなくて、どこか落ち着かなかった。

「なんか、すごい自然だよな。こんなでかい木見たことないよ」

 葉と葉の隙間から日光を通らせる木々はどれも大きさが規格外だ。野太い巨木ではなく、不気味に細長い。何本も生えている様はどこか神秘的でもあった。進んでいる間にまた木の種類が変わったらしかった。

「この島の人たちは自然といっしょに育ってきたから、みんな自然に感謝してる。だから誰も木を気づけたりしないから。もちろん必要に時に木を切ることもあるけど、それも極力抑えるようにしてたんだ」

「自然も森も大事にしてたんだな」

「うん!だって家族だもん!」

 家族。俺にとってその言葉は心を縛るものでしかない。だから家族とうれしそうな表情で言うユナの気持ちが今の俺には分からなかった。

「あ、心葉。見て見て!」

 ユナが走って近くの木の根本に駆け寄っていく。しゃがみこんで根本を確認すると「やっぱりだ」とうれしそうな声をあげた。

「これなんだと思う?」

 赤や青、黄色に紫。見ただけで気持ち悪くなりそうな色を前面に押し出しているキノコたちの中、明らかにおかしなものが一つだけ。

 それは周りのキノコよりも一回りどころか二回りほど大きい、色は他のものと比べるといささか地味なベージュ色。ユナが言っている『これ』とは間違いなくこれだ。でもこれだって周りのと同じくキノコにしか見えないんだけど。

「キノコ……じゃないってことだよな。……タケノコとか?」

「は~ずれ~!残念でした。……タケノコどこから?」

「タケノコ食べたい」

「答える気がないッ!」

「タケノコって本当にうまいよな。引きこもっている時もタケノコだけは残してたことない。タケノコだけで十分だよな。あ~タケノコ食べたい。タケノコォォ」

「ご飯……タケノコ入れるべきだったね。ごめんね。夜は入れるよ」

 ユナの目が優しくなっているのはなぜだろう。タケノコ食べたいのかな?

「だな。夜はタケノコで決定だ。よし、タケノコ探そう」

「待って、落ち着こう心葉。タケノコへの愛は分かったから話を戻そうよ」

「お。おう」

 何を落ち着く必要があるのかいまいちわからない。今はタケノコをたくさん見つけて、タケノコパラダイスを作るべきだと思うがなにやらユナの目が優しいを通りこして、怖くなってきていたので落ち着いてみる。で、今何の話をしてたんだっけ。そうだ、キノコmだ。キノコみたいなやつについてだ。

「それで、結局何なんだ?これは」

「見てて」

 そっと顔をキノコのようなものに近づける。何をするのかと思いきや、ユナは息を吹きかけた。すると、ピクリ、そんな音が似合う反応を示し、ぶるっと揺れた。それはまるで、人がくすぐったくて体を震わせているようだった。

「生きているタケノコ?」

「……なんでそうなるの。一回タケノコは忘れて。せめて生きているキノコなら分かるけど、タケノコには見えないよ」

「タケノコは忘れられない。それでこれの正体は?」

「タケノコは譲れないんだ。これは生き物。動物だよ。シェジーっていうリスの一種なんだ。心葉の世界にいたかな?」

 ゆっくりとしゃがみこんでいた体を伸ばす。俺もそれを見習ってゆっくりと体を伸ばしたが見よう見まねでどこかぎこちない。

「リスはいたよ。たぶん名前も見た目も同じ奴。でもシェジーなんてのは聞いたことがないからこっちの世界だけの種類だと思う」

「そっか。ならシェジーがどういう動物かって知らないよね。シェジーはね、キノコに擬態するっていうことと、臆病な性格で森の中の巣に籠ってることが多いから滅多に出会えないんだ。だからね、シェジーに会えたらその日は良い一日になるっていわれてるんだ」

「幸運の象徴みたいなものか。ふ~んこんなやつがねえ」

 特に意識していたわけではないが、触れてみたくなり手を伸ばしてみる。よく見てみたら案外さわり心地がよさそうだったせいかもしれない。

 俺の伸ばした手がシェジーにに触れ「あ、触れちゃだめ!」へ?

やわらかい。伸ばした手がシェジーに触れてそう思った瞬間だった。

勢いよくシェジーが穴から飛び出る。オリジンを使ったわけでもなく、種のもとから備わっている力だけで、俺の身長よりも高く飛び上がったシェジーはピィピィと甲高い鳴き声を上げて木の掴まり、上へ上と一目散に逃げて行った。

「シェジーは臆病なの!息をかけるくらいは風とか勘違いするけど、触ったりしたら逃げて行っちゃうんだよ!」

「いやそういうことはもっと早くいってくれよ」

 シェジーが登って行った方へと視線を巡らす。戻ってこないかな~とぼんやり思っていると、シェジーが戻ってくる代わりにシェジーのとびっきり大きな鳴き声が帰ってくる。

それと同時に信じられない光景が目に飛び込んでくる。

 それはまるで花火のようだった。赤や青。緑に黄色など、様々な退職をしたシェジーらしき生き物がそこら中の木の根元から我先にと飛び出してきたのだ。

 飛び出て、木に登る。逃げることのみを考えられたはずの行動。でも俺の目に映るそれはとても攻撃的で、見ているこっちが逃げ出してしまいそうだった。

「な、なんだよこれ!巣に隠れてるんじゃなかったのかよ!」

「わかんない!最近人が来なかったから、油断して出てきてたのかも!」

 鳴き声が響き渡るなか俺とユナは耳を塞ぎつつ会話するというおかしな状況になっていた。

「でも心葉!なんかこれすごい!」

「ああすげぇっ!こんなのありえないだろ!」

 なおもシェジーの花火大会は続く。この耳を壊さんばかりの音の連鎖も含めて花火みたいだと改めて感じた。

「ユナッ!俺たち、生きてるな!」

「うん!生きてる!私たち生きてる!」

 俺たちは生きている。たとえ他に人類がいない世界でも確かに笑い合っていた。




俺たちが寝泊まりした小屋を一回り大きくしたような住居がいくつも立ち並び、中には一際大きいものある。住居が立ち並ぶ中心には大きな井戸。

 ユナに連れてこられた場所は、ユナの一族が暮らしていた村だった。

 現在、俺は一人で、この村を見て回っていた。ユナは俺にちょっと待っててと言いどこかへといってしまった。なにせユナが暮らしていた村でもあるのだから仕方ないことだ。

 今問題なのはユナがいないことではなく、ユナが来るまでどうしようかということだった。いくら人が今はいないといっても勝手に入るわけにもいかず、こうしてぶらぶらと歩きまわっていたが、いかんせん飽きてきた。何か面白い物でもあるといいんだけど。

「おっ。なんだあれ」

 一際大きい建物の裏側、村に入ってきたときには死角になって見えていなかったところ。

そこには剣を構えた男が大きな獣と戦っている場面を切り取った像が建てられていた。

剣を構えている男はこの一族の先祖様だとおもう。だが獣の方は見たことのないものだった。

 クマのような大きな体とたくましい腕、オオカミのように鋭くとがった牙をもった顎。なによりも奇怪な八本の脚はどれも腕と同じくらいに太かった。

「それは、ご先祖様とケルヌスの戦いを像にしてあるんだよ」

 声に振り向くと何冊か本を抱え、目に充血したあとを残したユナが立っていた。目の充血については触れないほうがいいことだと判断して、今はユナの話していたことについて聞いてみる。

「ケルヌスってこの獣だよな。こんなものまでいるのかこの世界は」

「いや、ケルヌスは伝説上の生き物だよ。ケルヌスとご先祖様はね、革命の塔をどちらが守るにふさわしいか争ってたらしいんだ。この戦いでご先祖様は瀕死の重傷を負いながらなケルヌスを倒して、自分たちの子孫に革命の塔を守る資格を与えたんだって。ケルヌスはね、負けたあと、亡骸を革命の塔のなかに入れられたんだ。そして風化したケルヌスの体は塔の中の空気と混ざり合って一つの現象になったの。それが」

「改変の霧か。それじゃ改変の霧は自分を殺した人類を憎んで今滅ぼしたってことか?」

 だとしたらずいぶんと自分勝手なやつだ。自分が死んだことの逆恨みで滅ぼすなんて、やっていいことじゃない。

「それは分からない。でも霧が人間だけを狙ってるのは確かだから、あながち間違ってはいないかもね」

「でも今更こんなこと言っても意味ない。もう人はいないんだろ」

 霧が人を狙うのに理由があろうとなかろうと俺たちにそれをどうこう出来る訳がなかった。せめてもっと具体的な。霧の防ぎ方でもわかればよかったのだが。

「そうだね。もういないんだよね。第一、全部おとぎ話だもん、本当かなんてわからないよ」

 もしそのことが本当じゃなくても、本当でも俺たちにとっては関係のないことであった。どっちにしても俺たちのやること、出来ることは変わらない。

 俺は変えるためにこの世界で生きてるだけだ。それじゃ、ユナは……?

 ユナは何をするために生きているのだろう。ユナがするべきこと、ユナができることってなんだ?まさか、ユナにはもう何もすることが残されていないって言うのか。

 ユナの顔を見つめる。ユナはいつもどおりの笑顔を向けるだけでそこにはやっぱり悲しみや、恐怖は感じられない。どこからその笑顔は来るのだろう。何を支えにユナは笑う?

「どうしたの心葉?怖い顔になってる。今の話におかしいところでもあった?」

「いや、別に。霧が何であっても、俺たちは今を生きるしかないんだなって思ってただけだよ」

「うん。そうだよね。霧が何であっても私たちには今は関係ないんだよね」

「今は違うことに気を向けた方がきっといい。たとえばその本とか」

 ユナが抱えたままの本を指さす。持っていたことを忘れていたのか、俺の言葉に一拍遅れ反応を示す。

「そ、そうだった。ここに来た理由をすっかり忘れてた。よいしょっと……これでよし。まずはこれ見て」

 今更ながら抱えていた本を像の台座へと下ろすとその中から青い表紙の本を取り出した。

「はいこれ。オリジンについて書いてある本。心葉のに似てると思うオリジンが乗ってるやつ選んできたから!」

「おう。センキュー」

 パラパラ。知らない文字が列をなしている。

「いや!だから俺の世界と文字違うって!」

「あ。」

「今、あっ、っていったよな。忘れてたよな!」

「いや、忘れてないよ。心葉なら読めるようになってるかなって」

「俺にどんな期待してんだよ……」

 ユナが村に連れてきたのは、俺に本を見せるためだったらしい。けれど俺はこの世界の文字が読めないわけで、つまりここまで来たのは無駄足だったことになる。

「そうだ!私が読んで聞かせればいいんだよ!そうだよ。私頭イイ!」

「この量をか?ユナが読むってのはいい案だと思うけど、ある程度絞らないと」

「絞るのに一日はかかるよねこの量だと。私、バカだ」

 俺もそう思う。

「村には来てみたかったから別にいいけど。それで、どうする?取り合えす本持って帰って小屋にもどるか?」

「小屋には戻らなくても平気だよ。寝るのは私の家使えばいいから村で今日は過ごそうよ。それに村の周りは手ごろな獲物が多いから」

「獲物か。やっぱり朝の肉もユナが仕留めて、捌いたんだよな」 

「そうだけど。当たり前でしょそれくらい。もしかして捌けない?」

「いや捌けないというか、捌いたことがないから、やれば出来ると思うわけで」

「捌けないんでしょ?」

「捌けないです。血が怖くてむりです」 

 ユナの顔が意地悪そうな笑顔で覆われる。あんまりうれしくない笑顔だ。

「安心て、私が捌いてあげるから。肉でも魚でも。じゃんじゃんやってあげる。うんそうだ!今から晩御飯のために狩りに行こう。ちょうど他にすることないからいいよね!」

 俺の返答を聞かず、ユナは森に向かって歩き出す。

「あっ。おい待ってよ、ユナ」 

 あわてて俺も追いつく。狩りだっていうけれど、俺に出来ることがあるのかは分からない。ただ見てるだけになってしまいそうだ。そんな俺の気持ちを知ってかユナは俺に微笑んだ。

「心葉にやってもらいたいことあるんだけど、いいかな」





森の中、日は落ち始めていて、夕日が木々の間から見え隠れしていた。薄暗くなり、足元に注意しながら、俺は森のなかを全力でかけていた。

「まぁぁだぁぁぁかぁぁぁ!」

 走り始めてもう数分は経過している。視界に入る木は次々と違う木に変わっていく。足元は暗くてよく見えないだけじゃなく、木の根っこが生えているところもあって、その度に飛び跳ねて躱していく。

 ユナに「心葉はこの辺ずっと走ってて!早く!」と何も説明されないまま走らされている。

いったい何時まで走っていればいいだろうか。そんなことを考えるのにすら疲れはじめていた。俺にやってもらいたいことってこんなことかよ!

「心葉ぁ!いぃぃよぉぉ!」

 ユナから終わりの合図が聞こえる。よかった、もう走れ「やべ」

 気を抜いてしまったのだろうか。俺は足元の木の根に気づかず、無様にも顔から転げまわる。土が顔面を覆い、野草の葉が切り傷をつけていく。……本当、俺は働くと怪我しかしてないよな。 




「どうしたのその顔?」

「別に、ちょっと転んだだけ」

「大丈夫?今治してあげるね」

「お、おう」

 不甲斐無い。俺は胸のなかでそう繰り返した。


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