ある少年のリグレット 1
「ジャジャーン!どうこれ?驚いた?」
ユナに手を握られたまま連れて行かれた先には、火にたかれていい具合に出来上がっている汁物の入ったお鍋と、木串を真ん中に通して串焼きにしてある鳥肉、それらを調理したときに使われていたと思われる焚き火、そして石で造られたベンチらしきものまで置いてあった。
「ここはね、一族の村からは遠いから、この周辺で狩りをするときに、楽になるからって作られた所なんだ。だから小屋にはベッドだってあるし、調理器具だっておいてあるんだよね。調理器具は別になくてもなんとか出来るけど、やっぱりおいしいもの食べたいからってね」
遠征の拠点みたいなものだろうか。どうやらユナの一族はこの島中にいろいろと工夫をこなしているようだ。
「これってユナがつくったんだよな」
「当たり前でしょ。ほかに誰がいるってんですか」
「うまそうに作れんだな」
「実際うまいの。まあまあ食べてみなさいって」
どこから取り出したのか、いつの間にか手にもっていたお椀に鍋の中身を溢れそうなくらいたぷたぷと注がれる。
お椀に木で作られたスプーンのようなものを入れると「はいどーぞ」俺のほうへと手を伸ばす。
このままでは受け取れないため、左手に抱えていた果物の詰まった小包を一度地面に置いてから、お椀を受け取ろうと俺も手を伸ばす。なにも掴む感触がない。ん?
「食べたいかね?心葉君」
「……いやユナが食べてみろっていったんじゃ……」
「あぁそっか。食べたくないか~。私の料理なんて食べる必要ないか~」
わざとらしい言い方すぎる。いったい何がしたいんだ?
「食べたくないならいいよ~私が全部食べるから~。これくらいの量なら食べるし~。でも太っちゃうかな~」
「食べるって!食べるて食べる!超食べたい!」
ユナの口角がくいっと上がったように見えた。
「それじゃあ、はい。あ~ん」
目の前にお椀を経由してきたスプーンが突き出される。
「なっ!いや、これは……」
「食べたいんでしょ。いいよ。ほら」
言葉に嬉々とした感情が乗っている。
俺の反応を見て心なしか口角がさらにつりあがっている。
こいつ、遊んでやがる!
「いやだな。こういうのは夫婦とかそういう関係の男女がやるのであって……」
「あれ?そんなこと意識しちゃってる?やだな~私はただ心葉に食べてもらおうと思っただけなのにな~」
だったらそのニヤニヤを止めやがれ!
「あ~もうっ!」なるようになっちまえ!
首だけを前に出すようにして、スプーンの中身を口へと運ぶ。
口に広がるのは、優しい味。でもそのなかには確かに大自然の力強さも残っていて、なおかつ寝起きなのにいくらでも食べれそうで。つまる所。
「うまい……」
そういえばこっちに来てから初めての食事になるのか。昨日の野草はもちろん食事とは言えないだろう。
「うま……い?うまいっていったよね?やった!あぁ良かったぁ」
さっきまでのからかい笑顔とは違う、本当にうれしそうな顔でユナは笑う。
「はいっ心葉!もう一口!」
もういちどスプーンですくい再度食べるように催促してくる。
こんどは俺も躊躇はしなですぐに食いつく。一度してしまえば恥ずかしさなんてのは消えてしまうものだった。
「うまい!」
「はい!心葉!」
「うまい!」
「はい!心葉!」
「うまい!」
まるで椀子そばのように次々とあ~んしていく。
お椀に入っていた分はすぐになくなってしまい、ユナはすぐに鍋からあたらしくよそってくる。
「ユナも食べよう。俺だけ食べてるってのは後ろめたいものがある」
「え?それじゃあさ!次は」
「いっとくけど俺はあ~んなんてしないからな」
「あう……」
後姿でも落胆しているのが見てわかるほど肩をがくっと落とす。
やっぱりさせようとしてたのか。
「こっちの串焼きもたべていいか?」
なんとなくこのままだと結局、あ~んをすることになりそうな予感がしたから話の流れを変えてみる。
これが功を奏したのか落ちていた肩をきちっとあげてユナが振り返る。
「もっちろん!やっぱ肉たべないとね!じつわ、そっちの肉の方が自信あるんだよね。味付けにこだわったんだぁ」
鍋もかなりのおいしさだっと思うのだがそれよりも自信があるのか。思わず、よだれが垂れそうになるのを抑える。
「朝にこんだけ、おもいっきり食べるなんて初めてかもしれない」
「心葉、まだ寝ぼけてるの?空、見てみなよ」
独り言のつもりがユナに聞かれてしまったようだ。
それで、空?空がなんだってんだ。
「うっ」
顔を真上に上げた俺の目に入ってきたのは眩い直射日光だった。すぐに目を背ける。
目には青やら黒やらの影がぼんやりと浮かび、日光によるダメージを視認しやすくしていた。
太陽を直接見ちゃいけませんって、小学生の時言われなかったのかよ!
ユナにたいして詰めてやりたいことが頭に思い浮かんだがそれと同時に別のことにも思い当たる。というかこれを俺に教えるためにユナは空を見ろって言ったのだろう。
頭の上に太陽があるってことは。つまり。
時計を見て再度確認。
「正午……ばりばり過ぎてんじゃん。俺、どんだけ寝てたんだよ」
引きこもっていてもさすがにお昼前には起きていた。お昼まで一度も目をさまさなかったんなんて始めてだ。
「それだけ頑張ってくれたってことだよね」
そこで一回言葉を区切る。お椀を地面に置き、俺のことを正面から見据える。
「なんだよ改まって」
俺もそうした方がいい気がする。串焼きを取ろうしていた手を止め、お椀を地面に置く。
一連の動作を見届け、ユナが口を再び開く。
「心葉。助けてくれてありがとう。本当にありがとう。二回も助けてもらうなんて、感謝しきれない。心葉は本当にすごいね」
簡単なお礼の言葉だ。でもそこにはユナの気持ちがやっぱり乗っていて、正面から受け止める立場からしたら、正直照れてしまう。
「別に当然のことをしただけだって。立場が逆だったらユナだってそうしてくれてただろうろう?あ、あと。あれだよ、この世界のことよくわかんないからさ、ユナを助けないと俺も助からなかったからさ。だから、俺はすごくなんかないって」
耐えきれず右手で痒くもない頭を掻く。
ユナの瞳に映る俺は、どことなく明らかにてれていて、そのことを確認してまた照れてしまう。
「そっか」
けど、それはユナも同じだったみたいだ。
お礼を言うまでは真剣な顔のままだったのに、今のユナの顔は頬が赤くなっている。
腕も前の方に持ってきていて、もじもじと指先をくっ付けたり、離したりしている。
お互いに恥ずかしてたまらないはずなのにそこに不快感はなかった。
まるで世界が止まっているようだった。俺とユナ以外の世界は二人の間に存在していない。世界が存在しているのは俺とユナにだけ、そんな錯覚を覚える。
そうして、互いに話さないまま、二人だけの世界は数秒続いた。
「あ~。えっと、ご飯たべようぜ。冷えたらせっかくの味がもったいない」
「あ。そ、そうだね。食べよう食べよう!」
そんなありきたりで陳腐な言葉で俺は二人の世界を終わらせた。
だってこのまま一生を過ごしてしまいそうだったから。
ユナの作った昼食を食べ終えた俺たちはいったん小屋へと戻り、ベッドに二人並んで腰かけていた。なんでもユナから話たいことがあるらしい。
「で?俺に言いたいことって?」
「心葉のオリジンのことなんだけど、少し私なりに考えてみたんだ。えっとね、
心葉のオリジンが暴発してこの世界に来たのかもしれないって話したのは覚えてるよね?」
もちろん覚えている。この世界に来てからはどれも衝撃的なことばかりなので、ほとんどの出来事が鮮明に記憶されている。元のいた世界での日常には変化がなさ過ぎたのだろう。おかげで記憶が混濁したり、大事なことを忘れたりはしない。忘れる記憶は四年間の意味のない日常からのはずだ。
「うん。覚えてる。俺のオリジンは世界を飛び越える能力で、それが勝手に発動してここに飛ばされたんだよな。にしても、やっぱり信じられないことが起きてるんだよな。異世界とか俺が初めて本物をみたんじゃないかな」
異世界があるなんてきっと本当に信じている人は少ないはずだ。俺自身そうだった。
でも異世界はある。確かに存在している。このことを俺は誰かに自慢できる日は来るのだろうか。
「その意見なんだけどね、自分で言っておいてちょっと恥ずかしいけど、まず間違いないと思うんだ。それで、私の推察が正しいとするなら、帰る方法にちょっと考えがあるんだよね」
「わかるのか?帰る方法が……教えてくれ」
なぜだか分からないけど、ユナの言葉を聞いて素直に俺は喜べなかった。残念がっていうのか?でもなんで、帰れるなんて嬉しいじゃないか。
「もちろん教えるよ。でも拍子抜けしないでね、簡単すぎるから」
「簡単なほうがいいよ。方法が分かっても俺に難しいことは出来ないから」
「だった平気かな。すごく簡単だから。……んとね、私の考えによるとあと数日間ここで暮らせば、自由に帰れるようになります!」
「ん?」
それはもう簡単というか、何もしなくていいってことじゃ。
俺の反応をみて、なにやらあわててユナがさらに説明を追加いていく。
「ちゃんと根拠もあるから安心して。オリジンのなかには少し変わってるものがあるんだ。私が見たことあるのだと体を竜に変身させるドラゴニックとか殴る力を急激に増加させるナックルとかあるんだけどね。どう変わってるかって言うとこれらのオリジンは使うのに溜めが必要なの。ドラゴニックは使ってから丸一日たたないと使えなくて、ナックルは使わない期間が長ければ長いほど威力が増えるんだ。心葉のオリジンもたぶん、ううん、確実にそういうタイプだとおもう」
「なるほどな。確かにそれだったら何日か過ぎるのをただ待てばいいってことか。でもさ、自由に使えるようになるってのは?それはどういうことだ」
ユナが唐に立ち上がり俺正面を回る。小悪魔的な笑顔を浮かべ、俺の手を引き、立ち上がるように指示してくる。
「そんなの決まってるじゃん。私がオリジンのコントロールの方法教えてあげる。ほら、行くよ!」
言い終わるよりも早くユナは動きだし、手を引いたまま小屋のドアを空いている左手で開ける。
ドアの向こうには、少し落ちたもののまだ上に登ったままの太陽がせっせと頑張っていた。俺にとっては相性最悪の天気だ。無理しないで休めよ、と太陽に愚痴を零しながら俺は日差しの下へと引っ張り出させられた。




