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ある引きこもりのプロローグ

体が重い。

起床した俺がまず思ったのはそんなありきたりのことだった。

引きこもりを初めて早四年。毎朝起きるたびに気怠い体の重さを感じ、二度寝をすることが習慣となっている身であったが今日の重さはいつもとは少し違う感じがしていた。

最も何が違うというのはまったく分からなかったが。

 今何時かと、机の上の電子時計に目をやると時刻はお昼の少し前、十一時半だった。

―こんな時間まで寝てたんなら体が重くて当然か。

時計には時刻だけでなく一人の顔が。

ぼさぼさに伸びた黒髪に、死んだ魚のように覇気のない瞳。髭の手入れは一様してあるためいかにもな髭面はないものの好青年とは言い難い顔がそこには写っていた。てか俺だった。

髪もずいぶん伸びてきたな、と左手で軽く持ち上げてみる。

もっさり。

言葉にするならこんなところか。

引きこもってから最後の切ったのはいつだったか、思い出そうとしてみるがまったく思い出せなかった。

というかそもそも引きこもってから髪を切ったのかも怪しかった。

 引きこもってからの生活には変化というのがほとんどなかった。

適当な時間に起きたら、適当な時間までテレビを見たり、ゲームをしたりし、腹が減ってきたらドアを開け、母さんが毎日用意しているご飯を食べる。もっとも、そのご飯が朝用なのか、昼用なのか、はたまた夜ようなのかはわからないけれど。

トイレは家族が寝ている夜中に済ませる。

これですべてだ。これ以外の行為はしないしできない。

引きこもりになる前はよく外で遊んでいた気がするが今となっては、日の光を浴びることすらなくなった。

 変わりのない日々、楽しみのない日々、苦しみのない日々、夢のない日々。

 そんな日々を俺は今日も続けるのだ。

 そしていつもと同じようにテレビの電源を入れる。

 やっていたのはどうやら特番のようでいつもならやっているはずのニュース番組ではなかった。

なんでもどこかで未知の遺跡が発見されたらしい。その遺跡のところへ今話題のタレントが突撃取材に行っているとかなんとか。

 外の世界は毎日変化がある。俺とは違って。

 きっとそのタレントは遺跡の行くことになるとは思っていなかったはずだ。遺跡だってこんなわけのわからないタレントに取材されるとは不本意だろう。

 予想外。俺の日常にはありえなくなったことが画面の向こうでは常に起きている。その事実はまるで画面の向こうが異世界なんじゃないかと俺に錯覚させた。

「ッ!」

 思わず俺はテレビの電源を落した。リモコンではなく元栓から、乱暴に力任せに引っこ抜いて。いっしょにこの胸を締め付ける鈍い痛みも消えるように。

 


 

…………

 やることがない。

いつもならニュース番組をぼうっと眺め、飽きたらゲームでも知るのだが今日はゲームをしようという気にならなかった。それは起きてからの変な体の重みのせいだ。

この体の重みのなかでゲームという俺の生活のなかでは一番肉体を酷使することをしようという気が沸く訳がない。

そうだ。ご飯を食べよう。

そういえば今日はまだ何も口にしていないことにここで気づく。

体が重いのはそのせいかもしれない。

そうと決まればそれしかない。

俺は早速ドアノブに手を掛け、捻りドアを開ける。

だが。

ご飯よりも先に目に何かが写る。

光。

光が俺の眼前を覆う。

目の前には。

光。

光。

光。

声を出す暇もなく押し寄せてきた光に俺の意識は刈り取られる。

なにが起きたのか、それを考える暇すら俺にはなかった。



こうして俺の日常は、四年ぶりの変化に包まれる。

変化を望んでいたのかは分からないけれど。これだけは言える。

このとき俺は確かに、この部屋から、この日常から、『飛び出したい』と願っていた。



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