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終章 王国

 地下道をどのくらい歩いたのだろうか、色々ありすぎて精神的にやられてしまっていた僕は黙々と兵士の後について歩いていた。


 だが、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。ある意味では彼女たちが体を張って安全を確保してくれているから、この先ではそれらの危険がないのだとも言える。


 過去を嘆くのは嘆く余裕がある者の特権だ。

 少なくとも今日を生きることすら不安な僕には過ぎたことだと、そう思うことにした。


 取りあえずは情報が欲しい。よく考えれば次の配属先とやらについても詳しくしらないんだった。


 しかし、


「この道、ずいぶん長いんですね。」


「後どのくらいでつくんですか。」


 などと、色々話しかけてみたが兵士(名前も知らないな、そういえば)からは返事すらない。聞こえていないということはないだろうから、寡黙なタイプなんだろうか。


 ため息を吐いて、また黙々と歩くことにする。

 会話もないので、折角だから今まで得られた情報を整理してみよう。


 今までの会話で分からない言葉はいくつかあるが、大体予想がつく物もある。


 工房、刻印、オリジンなどがそうだ。


 工房は文字通り、武器を作っている部署か何かであろう事は簡単に予想がつく。詳しくはこれから行くであろうから現地で確認すればよい。


 刻印というのは、その作られた部署の番号か何かであろう。なんでわざわざそんな物を入れているのか分からないが、入れなくてはならない理由があるのかもしれない。


 確認はしていないが、鎧や服にもあるのだろうか。少なくとも畑で支給されていた赤エプロンは無地だったが。


 オリジン。知性がない地上の生き物。


 多分、これは狩猟していた芋虫などのように人型ではない生き物のことではないだろうか。


『数多のオリジンが蔓延る地上』


 などという隊長の表現からするに、サイズは芋虫と同じでかなり大きいはずだ。

 それは最早危険どころの話ではないだろう。虫には余り詳しくはないが、今の自分基準で考えると二階建ての建物ほどの大きさの蟷螂や、ジャンボジェットのような大きさの蜻蛉が襲ってくるような物である。

 その恐ろしさは言うまでもない。

 こんなちんけな槍程度ではどうやっても倒せないし、そもそも戦おうという気にもなれない。地○防衛軍でも呼んでほしいところだ。

 

 そういえば、油を使いはするのに火薬は使わないのだなと疑問に思う。


 そのままつらつらと考え事をしながら、大体一時間は過ぎただろうか。

 まっすぐ続く道の先に、光が見えた。


「ふん、お待ちかねの出口だ。いろいろ聞きたいだろうが、私に答える権限はない。聞きたければ他のやつに聞くんだな。」


 そんなことを兵士が言っていたが、僕は目の前の光景に見入っていてそれどころじゃなかった。


 不思議な街が、そこに広がっていた。


 白や赤など、レンガのような素材でできた二階建てほどの家が、木の葉にある葉脈のように細々とした道の中に並び建つ。土地は階段状になだらかな螺旋を描いて上のほうに昇っていく構造のようで、奥のほうは天井に遮られて見えなかった。

 都市の中心あるのは、巨大な塔だ。

 明らかに人工的に建築されたそれは金属的な光沢を放っていて、そこからアーチを組んだ水道橋のようなものがDNAモデルのように横に伸び、それを基点に結ばれたワイヤーのようなもので土地が支えられているのがわかる。

 大雑把に言えば恐ろしく大規模な非常階段といったところか。中世ヨーロッパを彷彿とさせる建築物で構成された街のミニチュアがその上に並べられている感じだ。

 まあ、白亜の城などどこにもないが。


 いうまでもなく僕と兵士がでたのは街のある土地の端のほうで、土地とは一人が通るのがやっとという長さの橋で繋がっている。土地との間にある隙間からは下の土地と、どこまでも続く深い虚がみえた。

 橋の先には詰め所のようなものがあり、上にある見張り台のような場所にいる弓兵が僕を監視しているようだ。


「そのまま真っ直ぐ建物まで行くといい。羽があるなら下に向けて降りる事もできるだろうが、その場合弓に落とされて地下の湖まで一直線だろうな。」


 そういうと兵士は踵を返してきた道を戻り始めた。


「あなたは来ないのか?」


 なにやら剣呑な雰囲気の弓兵に尻込みして、彼を引き止める。


「……俺には、街に入る権限がない。うらやましいよ、あんたが。」


 そういうと、彼は今度こそ立ち去ってしまった。


 あの兵士には、また畑でひたすらに巡回する役目が待っているのだろう。そしておそらく、彼もまた畑の消耗品なのだ。

 その気の滅入る仕事が彼のすべてなのだと思うと、いくばくかの同情心がこみ上げてくる。


 無性に、青空や太陽が見たくなった。




 いつまでも出口にたっていても仕方がない。

 弓兵のことは気にしないようにして、僕は建物へと歩いていく事にする。


 歩き出してすぐに違和感に気づいた。橋も金属製なのかと思ったが、それにしてはずいぶんと有機的なのである。

 妙に光沢があって、つるつるとした素材でできているので、手摺がついていなければ下に落ちてもおかしくはない。


「もしかして、これ、他の虫の……」


 大きさからして、相当に大きいオリジンの甲殻で橋を形成しているようだ。火であぶれば黒くすすけていそうなものだが、そんな様子もないのはいったいどういう理屈なのだろうか。

 

「おい!渡るならさっさとしてくれ!」


 思わずしゃがみこんでしまった僕に弓兵が苛立った声をあげた。声からして男か。

 射掛けられてもたまらないので急いで渡ることにする。


 小屋の中は、郵便局か銀行のようなつくりになっているようだ。出口に武装した兵士が立っているのが違いといえば違いか。


「あなたがファーブルさんだね。まずはカウンターで入国手続きを済ませてきてくれ。」


 中にある座席で本らしきものを読んでいた人が、入室してきた僕に本を開いたまま片手で受付を指差した。


 彼はアントマン……なのだろうか。なんというか、ひどい違和感がある。

 戸惑ったがおそらく彼が次の部署の案内人のはずで、おそらくここは税関みたいなものなのだろう。入国手続きといっても、身分を証明するものなど何もないのだが。


「初めての入国の場合、ここで身分証明書を発行することになっている。テストみたいなものだからすぐに済むよ。早くしてくれ。」


 と、相変わらず本を読んだ状態のままでせかされ、受付に向かうことにする。

 愛想のないことだ。


「いらっしゃいませ、入国の手続きですね。あちらの机で、こちらの用紙にご記入をお願いします。」


 やり取りを見ていたのであろう受付嬢らしき人に、白い紙を渡される。

 文字が読めるものか不安だったが、当然のように日本語で書かれていた。いったいどういう理屈なのだろうか。


 名前、年齢、出身、職業……書いてあることは常識の範囲だが、普通に書くことができない。僕はこの体になって一月ほどなのだから年齢は一月とすこし、とでも書けばいいのだろうか。


「人だったころのプロフィールを書いてくれればいいんだよ、ファーブルさん。覚えている範囲でいい。」


 いつの間にか後ろに立っていた案内人が、当然のようにそう言った。


「え?」


 頭が真っ白になる。人間だったころって、それはつまり。


「その様子じゃ気づいてないのかな、僕の体、違和感があると思わないかな?」


 そういって両腕を広げた後、クルリとスピンを決めてどうよ、とばかりに大げさなジェスチャーする。


「うん、うざい。」

「君、意外と酷いね。」


 正直な観想を言ったのに傷ついたようだ。

 まあ、彼がいいたいことはわかっているのだが。


「なんで、そんな人間みたいな姿をしているんだ?」


「そう、そういう反応を待っていたんだよ。」


 案内人の体は、きわめて人間に近い体であった。

 腕は二本、足も二本、下半身にあるはずの虫の腹部はなく、白衣とズボンを着ているために顔以外は人そのものだ。


「無論、作り変えたのさ。工房はそれができるんだ。」


 当然のように、彼はとんでもないことを言う。


「いやいや、作りかえるって、そんなプラモじゃないんだから。」


 僕は困惑して素で突っ込んでしまった。

 肉体を作り変えるなんて、人であったころでさえ御伽噺の領域の話だ。拒絶反応とか、いろいろ医学的問題は山盛りにあるはずなのだ。

 しかし、否定しようにも目の前に実例が存在する。


「まあ、君が望むならいずれ組み替えてあげてもいいけど、兎も角、早く書き上げちゃってよ。続きは案内しながら教えてあげるよ。」


 聞きたいことはいろいろあった。

 それだけの技術があるのなら赤さんは助かったんじゃないのか、とか、よく見ればありえないほどに近代的な内装はどうやって作ったのか、とか。

 しかし、とりあえずここで話すのも微妙なことは確かだ。


 僕は覚えている限りのことを用紙に記入し、促されるがままに提出する。

 するとしばらく待たされた後、何やらカードを渡された。


「こちらが身分証明書となります。紛失しないよう常にお持ちください。」


 そういったきり、受付嬢は黙り込んでしまった。まるでロボットだ。


「常にって言われてもなぁ」


 常に握り締めていろとでもいうのだろうか、僕は袋の一つも持っていないのだが。

 いっそ槍の先にぶっさしてやろうか、などと危険な考えを持ちながら微妙な顔でカードを見つめている僕に、横から長い紐のついた小袋が差し出された。


「君にあげるよ。新人はたいてい手ぶらだからね。」


 みると案内人の首にも同じような袋がかかっている。用意のいいことだ。

 せかせかとカードを袋に入れて首から下げている僕を尻目に、彼は一人先に出口へと向かって歩いていく。


 どうにも、そりが合わないタイプだ。


「ああ、忘れていたよ。入国審査が通った以上、君も晴れてこの王国の一員というわけだ。」


 彼はそういうと白衣をはためかせながら振り返り、片腕を横に伸ばし、片手を胸に当てて大仰な礼をしながら言った。



「ようこそ、この地獄に作られた安らぎの都『王国』へ。君の入国を歓迎しよう」




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