美女
地下に収容されてから、大体一ヶ月ほどたった。
いきなりそういわれても戸惑うと思うが、実際音沙汰がないので仕方がない。
あの日、部屋に監禁されたと思っていたのは勘違いだったらしく、どうやら二畳もあるかわからないそれを僕の個室として割り当てた物らしい。
槍も一応返してもらえたのでその部屋に放置してあるが、農作業とは名ばかりの単調な作業にはむしろ邪魔である為に返却してもらって以来触ってすらいない。
畑と呼ばれていたのはキノコを栽培する地下栽培所のことであった。
栽培法はいたって単純。
別の部署から運送係りにより納品されてくる何らかの処理を受けたらしい植物の葉を、作業所に集まった怪人がひたすらマンパワー(マンなのか?)で裁断し繊維状に加工、それを空きのある栽培部屋の床に膝ほどの高さになるまでひたすら撒くのが通常業務。
栽培部屋一杯に繊維が貯まったら今度はバケツリレーで栽培所区画の近くにある水源から繊維全体に湿らせる程度の水を散布して、最後に採取予定の栽培部屋からサッカーボールほどの大きさのキノコを、それが着床している繊維ごと三つほど移設して終了という何とも単調な作業である。
そんな適当にやってカビが繁殖したりしないのか最初に説明を受けた時きいてみたが、カビがついていないかははじめに作業員を見ればわかるし、葉のほうも一度洗っているから平気、らしい。
初日に作業を教えてくれたやたら声のでかい、しかし背の小さい赤いエプロンをつけた蟻怪人(体格からして女の子)は
「洗浄方法はクランの秘伝に当たる為まだ教えることはできないであります。」
などと言って自慢げに鼻をピスピスさせていたが、栽培所に入る際に毎回ぺたぺたでかいハケで謎の水を全身に塗りたくられるので何か薬品を使っているのだと思う。
秘伝とはいったい……。突っ込まなかった僕は大人だと思う。
さらに呆れたのは、作業手順の説明を受けた日にそのまま続けて作業員への指示の出し方を教えられ、その教育が終わると即座に僕にも赤いエプロンが支給された事だ。
いきなり一フロアを作業員ごと任されて
「明日からはここの隊長でありますね。」
といわれても、と途方にくれていたのが懐かしい。
毎日作業は葉の運送が終わるまで延々と続き、終わったら作業員に自室へ戻るよう指示する決まりだ。
その後やっと食堂で食事を取ることができるのだが、なんとまさかの一日一食である。
流れとしては、
巡回の兵士に起こされる。
作業場に行き作業開始させ、自分も作業開始。
終了後作業員を解散させ食堂で食事。
自室に戻り就寝。
という発狂しそうなほど単調なルーチンワークだ。
初日、何であの赤エプロンがあんなに張り切ってベラベラと喋っていたのかがわかる気がする。
まともな情緒がある存在にとって、ここは地獄の強制収容所だ。畑では同じ知性を持った存在との会話が唯一の娯楽なのだろう。
そりゃあ、あの程度の会話でも普段行わないことであれば興奮もしますよね。
オーバーリアクションでの説明がずいぶん楽しそうだったので、
『歓迎されているのだなぁ、出会いはアレだったけどいい人たちだなぁ』
と喜んでいた僕のときめきを返して欲しい。
ちなみに食事は、最早燃料補給と一緒であった。
食堂で出されるのは、決まって切り分けられただけの栽培されたキノコと、謎の微妙に甘い水、保存重視の為かやたら念入りに火を通してある固い肉のような何か一切れである。
精神の安定を保つ為に最後の肉がどこから来ているのかは考えないことにした。
しかも最初の一週間からまったく代り映えしないので恐らくは固定メニューで確定である。
余りの酷さに全僕が号泣だ。人間に近い頭部である為なまじ味覚が残っており、それが余計に悲惨さを助長している気がする。
まずいことで有名なイギリス料理だって最低限調味料程度は使っているはずである。女将、女将を呼べ!!(至高派トップ風)
食堂は一般的な学校の教室ほどの広さであり、ドームの四分の一ほどを蝋のような材質のカウンターで調理場(というか配給所)に分けてあり、座席が残りのスペースに二十席ほどテーブルとセットで置かれている。
食器と呼べる物はジョッキと皿、お盆くらいであり基本手掴みでがっつくことになる。
「ファーブルさんは本当に贅沢であります。これでもだいぶ暮らし向きが良くなったんでありますよ?」
先程食堂で三日ぶりに会った赤エプロン先輩に、この強制収容所みたいな栽培所のグチをこぼすとそんな答えが返ってきた。
これで生活が楽とか流石地獄、難易度がルナティックですこと。
声に出さず僕はそう思った。
ちなみにファーブルとは名前を聞かれてとっさに出た偽名である。
彼らにも一応個人の区別を付ける為に名前を付ける程度の文化はあるらしく、赤エプロン先輩の名前も聞いたのだがやたら長かったので結局覚えられず先輩とだけ呼んでいる。
族の何がしの何代目の娘、といった意味であるという事は覚えているのだが、やたら発音が難しいので最初はギャグかと思ったほどだ。
「名前覚えられないので赤エプロン先輩、略して赤さんってよんでいいですか?」
「実は喧嘩売ってるんでありますか?」
きわめて真面目な質問をしたのに、赤さんが不機嫌になった。
「ファーブルちゃんはその体の色といい、みたことがないアントマンですものね。私もどんな生活をしていたのか私も気になるわ。」
カウンターに寄りかかって客を待っている配給係のエリーさんが、じゃれ合っている僕らの会話に加わってきた。
ちなみにこのエリーさん、僕や兵士、赤エプロン先輩とも完全に特徴の違う初の異種族である。
上半身が人間系統メインで下半身が虫系統メインというのは変わらないが、腕が両方とも人に近く、複眼が小さいため顔のつくりが極めて人に近くなっており、金髪のロングヘアを背中に流している美人さんだ。
彼女の最大の特徴はGカップはある胸と、下半身にある虫の腹部が僕の三倍ほどとかなり大きいことだろう。(残念ながらというか当然というか、服を着ている。)
外骨格は琥珀色と中が見えそうで見えないスケルトン具合なのもふくめて、配給所で働いている人たちは全て同じ特徴を持っている女性なので、全て同じ種族であると推定できる。恐ろしいことに顔のつくりまでそっくりだ。
エリーさんは下半身が虫でなければお近づきになりたい位なのだが、その下半身を含めた全体像のアンバランスさのせいで僕はちょっと苦手である。昔妖怪画で見た女郎蜘蛛を連想してしまうのだ。
配給の時に男が相手だといちいちボディタッチしたり、発言がいちいちセクハラじみているのは先輩さん曰く、種族的な特徴なのだという。本来クランには入れない別種族なのだが、アントマン(蟻怪人をそう呼称する)がクランによる連合結成する以前から共生関係にあったために、今でも共同生活を行っているのだそうな。
下半身が虫に変わった今となっては誘惑されても空しい限りであるが。
「いやいや、今より酷い食生活ってどんなんですか?まさかキノコだけ食べてた訳じゃないんでしょう?」
ここに来る以前の生活、というのは実のところ僕にも思い出せなくなりつつある。現代日本社会の中でそこそこまともな生活をしつつ、畜生道に落とされたんだという発想が出てくる程度には仏教を知っていた、という程度だ。
だが、米とかパンとか、ましてや料理なんていっても共感は得られそうにない。
僕は何とか話をそらすことにした。
「クランが形成される以前は、私たちもオリジンのように知性のない生物だった、という話を聞いたことはあるわ。そもそも道具を使う習慣はなかったはずよ。」
「そういえば、始まりの女王が私達アントマンの祖先を生み出したのがクランの始まりだそうだけど、詳しくは知らないわね。」
女性陣からの返答はなかなか興味深い物だった。
仮にも学者の名前を名乗ったのであるし、文献などが残っていれば何かつかめるのではなかろうかと僕は続けて尋ねてみた。
「「文献ってなに?」」
だが、僕の知的探求は即座に難航することになったのである。