連行
槍、捨てなきゃよかったな。
目の前の『隊長』から後ろにじりじりと距離を取りながら僕は思った。
彼らの武装は槍か弓に、肩から斜めに巻きつけた油壺などを入れてあるらしい袋、そして鎧だ。一見すると自分と同族に見えたが、よく見ると鎧の下に見える体色が違う。
僕が緑系統の色で統一されているのに対して、彼らは総じて黒い色合いのものが多い。
クロウラーと呼称する芋虫を狩猟するところを見ると肉食である、体色が黒く、群れる虫。
恐らくは、蟻の怪人という訳だ。
蟻が武器を使うというのは何かイメージと違うが、油壺で燃やすのは蟻酸を吹き付けるかわりなのだろうか。
まあ、お互い真っ当な生き物ではないし、道具を使う以上虫の蟻とは共通点はあまりないのかもしれない。
見たところ凶悪な顎があるわけでもないし、体色以外はほぼ僕と同じであるのかなぁ、そう思った。
「で、いいかんげん諦めて戦ったらどうだ腰抜け。一人で密猟するほどの猛者であればそれなりにつかう(・・・)のであろう?」
若干イライラした様子で彼はせっかく離した間合いを詰めて来る。
せかすわりに攻めて来ないのは僕の武力を買いかぶっているからであろう。
確かに、狩猟といっても集団で一匹を仕留める彼らにしてみれば、同じ獲物を一人で獲ようとしていた僕は考えの足りない馬鹿か、それを可能とする驚異的な技術を持つ存在かのどちらかに見えるであろう。
傍から見れば全裸に武器だけの僕がどちらかなんて明らかな気がするけど、彼がこうも警戒するのには後者であると判断する材料があるのかもしれない。
「僕はたまたま迷い込んだだけで、密猟する気なんてないですよ。」
あるいは、戦闘を避けられるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて僕は相手を説得することにした。
「迷い込んだだと、この周りには兵舎と畑しかない原生林に、他のクランの狩猟班が?それとも数多のオリジンが蔓延る地上でいままで単独生活していたとでも言うのか?」
いきなり怒らせてしまった。慌てて僕はさらに弁明を重ねる。
「そんなこといわれても、眼が醒めたらすでにここにいたんですよ。何でこんな場所にいるのか僕が知りたいくらいです。その槍もさっき拾ったばかりだし。」
「拾った、だと?」
僕の言葉に思うところがあったのか、隊長殿はやっと武器を降ろしてくれた。物騒な物を向けられるというのは現代生活の中ではまずありえない物である為、チキンハート(あるいは、いまや文字通りの蚤の心臓)な僕は心底ほっとする。
「副長!武器の刻印を調べろ!」
「もう見てますよ。で、工房の刻印がないですね、これ。」
いつの間にか隊長殿の後ろに付き従っていたもう一人の蟻怪人が、僕の落とした槍の穂先をクルクルと回し見ながらいった。
「怪しいにもほどがあるな、貴様」
何かを考えるようにあごに手を当てつつも、隊長の副腕は再びハルバードを構えた。もう、何かを言うたびに墓穴を掘っている気がする。
というか、畑って、いったい何を育てているんだろうか。
周囲の巨大植物が基本的なサイズである以上人間のような農業は不可能であるように思えるのだが。
「まあいい、兵隊になりたいが為に勝手な武功を立てんとするアホという訳でもなさそうだ。上に判断を仰いでみるとしよう。抵抗する気がないなら大人しく拘束されるがいい。」
そういうと、彼は何やら後ろの兵隊達を手招きして呼び寄せ指示を飛ばし始めた。
僕はというと能面のように無表情な(というかそもそも、両方の目が複眼である為に口以外に表情といえる要素がない)兵士に、恐らくクロウラーを拘束するのに使っていた網と同じような素材の糸をつかい両腕を副腕で抱え込むような形でギチギチに縛られ、拘束された。
この兵士たちは恐ろしく寡黙で、副長も指示を出す以外は必要外の発言がなかった。思えば狩猟中もそれ以降も、隊長と副長以外は一言も話していない。
仕方がないので黙々と彼らの指示に従い、結果として予想通りの地下空間にある彼らの居住区域、いわゆる一つの『蟻の巣』に連行される。
『巣』と表記した物の、内部はレンガのようなもので舗装された道とUの字を逆さにしたような壁、そしてエスキモーの家のようにドーム型に形成された大小様々な部屋とで構成された地下迷宮といった有様で、似たような景色が多いこの居住区からは内部知識に乏しい僕が拘束を逃れたとしても外に出られるかは微妙なところであった。
恐らく、ここが彼らの兵舎なのであろうと思われる。
そして、結局連行された僕はその日のうちに何がしらの刑罰を受けるわけでもなく、元の所属が判明するまでの間、当面畑とやらで他の農作民と労働させられることになった。
一応は労働がはじめる明日からはまともな食事もでるという話であるが、果たして僕に食べることができるような形状の代物なのかどうか。
クロウラーが養殖されているくらいだし、恐らくでてくるのはゲテモノなんだろうなぁ。
牢屋代わりの空き部屋で未だ見ぬ食事を想像しながら、僕はひとまずは生活環境を手に入れることができたことに安堵し、することもないので眠りにつくのだった。