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炎刀奇譚  作者: Sio
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第7話 刀の名は

探査の糸を伸ばすのは予想以上に簡単なことだった。理由はこの天候。都全体を覆った嵐にある。

と、そこまではよかったのだが。

〈スイシは都南……〉

「都南と言われても……」

無尽蔵にいる仲間達を使ってその居所を探し当てたのはいいが、その状況はかなり難解で癖のあるものだった。

漠然過ぎる答えに当惑する静紗。

彼らの感じとるものがそのまま彼の知るものになり得ない。

せめて都の地図でもあれば事態は大分違ったのだろうが、そう都合良く日常に使わないものは彼の家には転がっていなかった。

そもそも都の外れにあるこの屋敷の工房にいたはずの人間が、どうしてそんな場所にいるのか。

原因と思われる者は少女共々姿を消していることが気にかかる。ただし彼女の場合は自発的に自分の身を隠しているらしく行方は知れない。

〈大きな屋敷がある〉

〈人が一杯いるよ〉

〈うん。そうだね〉

嵐の精達がざわめきのように言葉少なに語る。

都南の方角。

大きな屋敷。多くの人間がつめる。

都南には都王の御所があり、その周囲には貴族の屋敷がひしめいている。貴族の屋敷はその位に比例して御所に近い場所、広い敷地を有す構図になっていた。

貴族。

その言葉が連想させるものは――。

「アカリ」

〈御前に〉

レンカと瓜二つの青年が静紗の前に膝を折った姿で現れる。その突然の登場に周囲でざわめいていた嵐の精達が縮み上がる。彼らが萎縮する気配がそこはかとなく漂っていた。

自分達をつついて遊んでいた火精と同じ顔なのだから仕方のないことであろう。

「刀が一本消失したみたいだ。何の刀だったかわかるか?」

できればそれは外れて欲しい予感だったが、火精の青年は数瞬の沈黙の後にそれが是であると告げる。

〈……貴方様のご推察通りかと〉

溜息をついても事態が収束するわけではないと理解しているが、出るものは出てしまう。

よりにもよってとんでもないものが行方不明になってしまった。彼が危惧する危険は間違いなくあの少女と隣り合わせに存在する。

悪いことに彼女は刀を手に取ることを自ら望んでいるのだ。それは刀自身にはこれ以上ない幸運である。

生を摘もうとする娘に血に飢えた刀。

これ以上ない最悪の取り合わせが生まれたわけである。

それが例え自己の意志によらなかったとは言え、少なくともその片割れをこの世に産み出した片棒を担いでしまった彼にはそれをみすみす見過ごすことはできない。

「レンカはどこに?」

〈小生、力は姉に劣ります故に〉

歯噛みが聞こえる。言わんとすることは「わからない」の一言である。

時同じくして生を受けたレンカとアカリだったが、その力量は歴然としたものだった。

「アカリ。やめなさい。きみが不明を恥じることはない。すべては僕自身の管理不行き届きから来るものだ」

〈いいえ。静紗様〉

「自戒することは許さない。失態を恥じるのならば相応の働きをすればいいことだ」

一拍前のやんわりとした口調は消え、明らかな命令でもって相手を牽制する。これには姉とは違って、きちんとした自身の承諾の上で結縁を結んだアカリは逆らうことができない。

一応は押し黙ったアカリにほっとした静紗はふとあることに思い至った。

確か自分の知り合いに、やはり水の結縁者と縁続きの者がいたはずだと。

「……嵐の精達。きみ達は阿代の冬胡を知っているか?」

〈阿代の冬胡〉

冬胡(とうご)……〉

阿代(あしろ)の……〉

ボソボソボソ、と部屋の片隅に集まるや否や、何やら内輪話を始める嵐の精達。しばらくしてその名に思い当たることがあったらしく、話を切り上げて静紗の方を見た。

〈阿代の冬胡とは、泉夏(せんげ)の息子のこと?〉

〈泉夏ならば言われる通り、我らの眷属の結縁者〉

自分の記憶違いでなかったことに胸を撫で下ろしながら、静紗は本題を口にした。

「では彼をここに呼んでもらえるか。彼の助けが必要なんだ」

〈契約していない者に手を貸すことは難しい〉

〈泉夏では駄目?〉

「駄目だよ。あの方は顔が知られているから……迷惑がかかる」

それは彼の息子である人物にも当てはまることなのではなかろうか、と嵐の精達は思ったがそれを口にしてどうこうと言うことはなかった。

彼らも彼らなりに消えた少女の行方が気になっていたのである。

結縁者でもないのに自分達と交感できる珍しい人間、と言った奇妙な位置づけもあったが、それを別にしても彼らは何となく少女が好きだった。

それこそ、始終まとわりついていたいほど、何やら誘引するものを感じる。

〈呼んでどうする?〉

「人手を補ってもらう」

〈手数なら〉

〈我々もいる〉

気紛れな精達にしては稀にみる懇意ぶりを発揮した彼らに、青年は緩く頭を振った。

「きみ達は火精には寄れないだろう?」

はっとした嵐の精達は、次の瞬間には顔を強張らせた。

同位の精霊同士ならともかく、力の差が歴然としている場合は、力が上位である精霊側が下位の精を労ってやらなければその下位の精は痛手を負う。それは対立関係にある火精と水精ならばなおのこと。

先頃自分達をつついて遊んでいた火精の性格を考えれば、彼女が自分達を労る気などあるはずもないことは明白な事実である。

「けれど僕や彼なら同じ人間だし、ましてや彼なら水と縁深いことを考えれば同輩である彼女を捜すことは難しくとも不可能ではないと思う。詳しい探査なら彼に頼るしかないよ。……いつレンカが飛び出してくるかも知れない状態で、きみ達を連れて行くわけにもいくまい」

最後の脅し文句が功を奏したのか、決定打とばかりに浮き足立っていた精達の顔から血の気が引いていった。

〈――泉夏の倅を呼べばいいのだな?〉

確認を取られて静紗は少し考えた。

事態は逼迫していることに変わりない。不要な時間の消費は何としても避けたいのが心情である。

「……僕を向こうに、彼の元に運ぶのは無理、かな」

突然の言葉に嵐の精は困惑する。

〈……無理ではない、が〉

〈う、うん〉

〈その人……〉

嵐の精達の視線が双方の会話中、沈黙していた火精の青年に向けられる。

〈小生ならば、静紗様との縁が切れぬ限りどこへなりとも馳せ参ぜましょう〉

「――だそうだ。彼なら向こうに着いてから呼び寄せればいい。それならきみ達も心配ないだろう?」

それに多少の抵抗を残しながらも精霊達は概ね受けいれるのだった。



着崩れた服を正そうとする意識は意外な人物の、意外な訪問法により時の彼方に忘れ去った青年――冬胡は文机を前にして静紗を見上げていた。

「――何つー登場の仕方をすんだよ、お前は!……って言うか、時分を弁えろ。俺の聞き間違えじゃなけりゃ、ついさっき十一時の鐘を聞いたばっかだぞ?」

普段の彼の行動からすれば、到底そんなことを言われる筋合いのない静紗だったが、ここは甘んじて不調法者の烙印を押されることにした。

今日の冬胡は何をとち狂っているのか、真面目に仕事らしきことをしている。

「人を捜しているんだ」

煌々と惜しげもなく灯された照明の下で、その秀麗な顔を厳しいものにさせた友人がいる。

「人捜し?こんな時分に、お前が?」

時刻が非常識なことはともかくとして、この人物が誰ぞを捜していると言うのは少なからずも彼の気を引いた。

「捜してるって、男、じゃないよな……ってことは女?」

その造作もあって同性にはかなりの高い確率で倦厭され、逆にその分のマイナスを異性から勝ち得ている青年であることを考えれば、前者であることはまずないだろう。なにしろ同性の友人は限りなく狭いのだ。同世代と言う条件が付けばだが。

「何だよ。とうとうお前にも春が来たのか。そりゃあめでたい」

冷やかし混じりに硯の上に筆を置く彼に静紗は鋭く言い放った。

「捜している相手が女性だと言うのは否定しないが、誓ってそんな関係じゃない。それに事態はもっと深刻なんだ。……漣蛇(れんじゃ)が行方不明になった」

「は?」

人の悪い笑みを浮かべていた顔が瞬時に凍り付いた。

軽く一分ほど、自分の頭の中で状況整理をする。

「――ってぇえ、おいっ!待てよっ、それはどー言うことだ!?」

勢い良く立ち上がり、ことの真相を問い詰めようとする冬胡の伸ばした手を彼は素っ気なく払った。

「詳しい説明は時間がないから省略させて欲しい。ともかく漣蛇は僕が捜している人物と共にいる可能性が非常に高いんだ」

しかも彼女は事情柄、人が相手ではないのだが、それでも自身で殺しに手を染める気であるとも告げる。

「漣蛇に、殺しを是認してる奴だと……っ?」

瞬く間に顔面を蒼白させ、額に手をあてて浮き上がった汗を拭う。

「……んなのはまさに歩く凶器じゃないか!?漣蛇は、お前はちゃんと管理してたんじゃないのかよっ」

「していた。が、レンカが持ち出したようで」

「あ、あのド腐れ大馬鹿有害精霊が……っ。都を地獄絵図にする気かぁあ!?」

自己の享楽のためなら結縁を結んだ相手すらも身の危険に曝すことを由とする、迷惑この上ない神経構図を持つ件の火精を脳裏に浮かべた冬胡は、これでもかと罵倒する。

「冬胡。ここでもたついている時間はないんだ。手伝って欲しい」

彼にしては非常に珍しい言葉を口にしたのを冬胡は聞き逃さなかった。いつでもどんなときでも一人で納めてしまおうとするのが、静紗だと彼は知っていたから。

「ああ、いくらなんでもあいつは野放しにはできんからな。あれはおいそれ放置しておくにはヤバすぎる。いいぜ、つき合ってやるよ。俺で役に立つならな」

本来なら何らかの術師の一人でも、それも腕の立つ者を連れるだけの準備は必要なほどの事態であったが、状況の緊急性と世間の目を考え、どうしても秘密裏に解決するしかない。そうは言っても、逃げ切るための退路は必要不可欠なので、それは別口で用意しなければならない現実もある。

「すべては僕の過失から来ている。何としても被害は収めるよ。それに締めくらいは自分でやらないと失態の取り繕いにもならないからね」

ついさっき、自分と結縁を結んでいるもう一人の火精に言った言葉と同じものを、彼は自分自身に言い聞かせたのである。

漣蛇。

刀身にまるで小さな蛇がいくつも這ったような、見事な波模様を持つところからくる。そして漣は、刀身に浮かぶ模様を指す反面、争いや不和を含む字である。

悲しいかな。その刀自身に、その名に相応しい過去もある。

そして漣蛇という刀を彼が所蔵することに至った経緯こそ、彼自身が魔刀鍛冶屋と呼ばれる所以が関係する。

他の力ある刀工刀匠達ではなく、はぐれになってまで、そう名指されるだけの存在を残す彼の。

「んで?何をどうすりゃいいわけ?」

「都に屋敷を持つ貴族で、自邸に水の精の気配が濃密な場所があるはずなんだ」

「この嵐の下で、それだけが頼りだって?」

水精の眷属である嵐の精達が都中を飛び回っていることを考え、彼は大いに困った。水気をキーワードに探査の糸を張り巡らせても、候補となり得るものがそれこそごまんとある状況で、それは果たして絞り込みに有効なものと言えるのだろうか。

(うら)都護府(とごふ)に席を置く自分と知って、無茶な頼みをしているか?冬胡は眉間に皺をよせた。

「俺の同僚を叩き起せ、なんて言わないよな?」

確実な仕事をする反面、依頼内容次第では依頼者側の息の根を止める連中ばかり。自分の身も可愛いが、右手の指で足りる友人を見殺しにもしたくない。

注文がどれだけ困難なのかは容易に察しがついていた静紗は、友人の予想通り反応の後に「この方法で……」と続けた。

小さく耳打ちすると冬胡をのぞきこむ。

それは可能かと視線だけで問うた。

冬胡は成程、と顎に手をおいて呟いた。眼前にいる刀工を見てしっかりと頷く。

「頭の良いやり方で実に捻くれてやがるな。やっぱりお前はあの火精のご主人様だよ」

人が悪いと暗に告げる冬胡に憮然とした顔をする静紗。

そんな彼に怒るなと、肩に手をおいて何度も叩いた。

「図星指されてうだうだしてる暇なんかないんだろーが。ほら、行くぜ?いくら俺だって精霊達と接点なしに交感できるほど器用じゃないんだ」

屋内着の上に雨除けの外套を着込んだ冬胡は予備のもう一着を静紗に投げた。

「クソ親父だったらもっと融通が利くんだろうけどな」

数ある精霊達の個性と名ばかりの性格を知る彼にとって、その言葉は結縁者への羨望よりも、単なる軽口でしかなかった。

それを青年は苦笑しながら頷いた。


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