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炎刀奇譚  作者: Sio
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第4話 阻むもの

芸華院に属する各分野の芸術の中で最も勢力ある四つの勢力は、いつ頃のことか、四つ門――四門と呼び称される。

書画の彩門、紡ぎ染め織りの糸門、陶芸の土門……そして金銀、鋼などを鋳る鋳門。

各一門には更に下に専門の技術を伝え守る様々な「家」がある。

鋳門の刀家。

鋳門の諸々の家を束ねる宗家を務めし刀家には、屈指の名工が集まり、都王にも覚えめでたき家の一つと都中の誰もが知る。

「きみは……ええと、何と呼べばいい?」

「名字の最季は好きじゃないから、すいし。翠子でいい。号はあたしが勝ち取ったものじゃないから」

昔はともかく最近では金で簡単に号は買えるのだ、と言う事実を静紗は彼女に教えることはできなかった。

ここまで号にこだわるのは余程の環境で育て来なければこうまで頑なにはならない。けれど香弦流の傍系を旗揚げした弟子の一人が片親だとすればそれは納得できた。

香弦流の祖であり、流派の名前にもなった香弦は、号の換金化を憂いていた者の一人だったと聞く。それも含めて生家でもあった墨家に背信した。

だとすればこの号に対する一歩下がった態度は、やはり公私の場で賞を頂くどころか、作品一つすら造ってもいないのにそれを二つも得ている後ろめたさなのだろう。

その潔癖なまでの謙虚な姿勢を好ましく思いながら静紗は自分の工房のある屋敷の奥に案内した。

別棟にある工房は母屋から廊下一本で繋がるだけで、雨風除けにそこはまるで坑道のように廊下らしからぬ構造であった。

左右を固める白塗りの壁に、渡された床と天井の木板。一定の距離を置いて窓をおき、そこには高価な硝子がはめこまれていて、昼間の採光とりの役を担っている。

先ほどいた室内とは一風変わった構造と使用された建材に、翠子は首を捻るばかりだった。異国風の建物は昨今上流貴族や大店の商家で珍しくはないが、このような折衷は初めて眼にする。

硝子と言うものが外から入ってくるまでその存在を知らなかったこの国では、その美しさに魅入られ、今となってはわざわざ専門の職人を異国から招いてその技術を会得しようとしていると聞く。国を挙げて無形有形を問わずに、芸術芸才と名のつくものを擁護するこの国ではそんなことなどごく当たり前のことである。けれどそれはまだ手習い程度の段階でしかなかったような記憶もあった。

今のところ硝子は芸術品の一つで、日用雑貨にはなり得ていないはず。需要と値の両方がまだまだ市井には手の届かぬ領域にあるはずである。

「翠子、こっちだ」

白壁にはめこまれた硝子に眼をとられ、行き過ぎで今にも突き当たりにある物置の戸と衝突しそうだった彼女の腕をとって、すぐ脇の曲がり角に引っ張りこむ。

「うあっと!……ごめんなさい」

危うく、したくもない正面衝突をしかけた翠子は慌てて引っ張られた方向に体を向けた。それに安心したらしく静紗は彼女の腕から手を離す。

それにわずかばかり寂しさを感じてしまった翠子だったが、それは外で猛威を振るう嵐と愛猫の容態を思う気持ちから来た心細さなのだと半ば目を伏せた。

まるで中二階のような中途半端な数の階段を降りると、そこには地下室の入り口のような出で立ちの扉が翠子を迎える。そこは他とは違った部屋だと言う証のように黒金色の親指ほどの太さの穴が扉の取っての下に口を開けていた。

その穴の中にあちこちに突起のある棒のような出で立ちの鍵を差しこむと、どちらかに捻ったらしく鍵穴の内部でガチャリと重々しい音がした。捻った方向がわからなかったのは、目の前に鍵を差し入れた静紗が立っていたからだった。

静紗は鍵を引き抜くと取っ手に手をかけ左右に動かす。その隙間から異様な熱気が階段の途中で立っていた翠子の元に押し寄せて来たのは次の瞬間だった。

ぶわぁあ、と露出した肌を撫でていく熱気は半端な温度ではなく、曝しているだけでその部分が痛みを訴える。少し呼吸しただけで鼻孔や喉を焼く。

「熱っ」

咄嗟に階段の上に駆け上がってその熱気から避難してしまった翠子に、彼女よりも近い位置にいた静紗は取り立ててどうのと言う様子はなく、ついさっきまで翠子のいたあたりを見上げていた。

「熱い?」

訝しがる声音に翠子は叫んだ。

「何でそんなに平気な顔してられるの!?」

季節がら、服は半袖。袖から腕が見事に露出され、こちらの保護は仕方なく諦めてひとまず顔だけはと、服の襟元を鼻の上まで引き上げて熱気に曝されるのを防ぐ。それでも隠せない肌はジリジリと痛む。

「――ああ、そうか」

何やら一人で納得した静紗は踵を返して扉をくぐり、工房の奥へと消えてしまう。翠子からは階段の高さもあって工房の入り口付近しか見ることはできない。

その急ぎように怪訝な顔をして工房の入り口に目を向けた翠子は、そこから陽炎のように立ち上るそれに目を剥いた。背筋に怖気が走り抜けたときには、すでに彼女は頭を抱えて叫んでいた。

「な、何で、火精がいるのっ!?」

彼女は個人的な事情柄、火の精との相性は最低最悪以外の何者でもなかった。



泣きたくなることばかり。

本当は人目を憚らず泣き叫んでやりたいくらい、色んなことがあって、けれどいざ泣こうとするとそうもいかず。逆に色んなことがありすぎて、泣くことも忘れ、でも泣きたくて。

胸の中で整理できずにいる気持ちをまわりにおいて途方に暮れる。

名工、名手と謳われる人々の中にはこの世にいる精霊と呼ばれる存在と契約できる者がいる。明確な理由付けはないが、とかくそう言った種類の者達の中に少なくはないのだか、それでも一般的に見れば多くの精霊と契約した者達がいる。

契約は寵児の証と一般的に解釈されている。

現にそれら特に突出した芸術家達が属する芸華院などでは結縁者と言われる精霊と契約を結んだ者達がごろごろいるのである。

その環境をごく身近に過ごしていた彼女の身に起こったそれは、所謂、棚ぼたと言う大当たりクジであり、他の無契約の才人達などからすれば非常識かつ羨ましい事態であった。

階段を上りきり、その横の死角に隠れるなり、腰を抜かして座りこんだ翠子はえぐえぐと子供のように泣き出した。

とにかくこの熱気は痛い。自分には痛すぎる。

「きみもだったのか」

言いながら静紗は階段を上り、死角に隠れて泣いていた翠子をのぞきこむ。声音には驚愕の色が色濃くあった。

「その反応のしかただと水だね?」

目を瞑って必死に首を縦に振る彼女に静紗はその場に膝をつき、なだめに徹する。

「何故始めに結縁者だと言わなかった?刀工や陶芸家には火精の結縁者がいるのはわかっているだろう。辰沙様も火精と結縁を結んでいることを知らなかったのか?」

手近な例を出すと今度は首を左右に激しく振った。それは知っていると。

目に涙を浮かべ、しゃくり上げながらも何とか言葉を紡ぐ。

「あ、あたし、結縁者じゃない、の。ちゃんと、した、儀式もしてない」

翠子の異常を察して、急いで工房の土間で遊んでいた火精達を炉に戻してから彼女の元に駆けつけた彼だったが、思いの外その影響は大きかった。

白い肌は焼かれたように赤く染まっている。火精と水精の反発を、体を介して感じとってしまったがための軽度の火傷だった。

「結縁者じゃない?」

意外な言葉に静紗は怪訝な顔をする。

結縁者でなければ彼女のこれは説明が付かない。これは対立する精霊同士の反発現象ではないのか。

「う、ん。まわり、が、水の結縁者ばかりで」

そんな中で生活をしているうちに、結縁も結んでいないのに水精と呼応できるようになってしまったのだと翠子は静紗に告げた。

それを彼女の周囲の者達はまるで流行病か何かのように、『うつったのだ』と言って憚らない。仮にその行為を感染とも呼ぶものだとしても、うつられた本人は、風邪以上の手の悪さに何度煮え湯を飲まされたことか。はっきり言って迷惑体質でしかなかった。

こんな時にまでご多分漏れなく反応して、見事に足止めを喰らわせてくれるように。

今のところ結縁の儀式をせずにいるのはそれを強固にしてしまう恐れと、確実に結縁者となってしまうことへの畏怖からだった。

結縁者はその力の特異性から選ばれた者と言う視線が始終つきまとう。それは確かに精霊達と友好を結べる点で、他者よりも幸運であっただけの話なのだが、人間にはやはりどこかに何かを特別視したがる性癖がある。

これ以上の他から突出はしたくない。目立ちたくない。悪目立ちをする事項は一つで十分なのに。

剥き出しの腕に自分の手をおいて、熱のもち具合や肌の焼かれ具合を確かめていた静紗が重い息を吐いた。

刀の件は横においておくとして、これでは話にならない。水の結縁者ではないと言っているが、していることは彼らと大差なく、こんな様子で自分の打った刀に触ろうものなら……否、近づくだけでもその影響は免れないだろう。

改めてこの人物の無謀さと無鉄砲さに呆れるばかりの彼であった。

「悪いことは言わない。刀は諦めるんだ。僕の打つ刀には時折火精が憑く」

容易く魔刀のいわれを教えてくれた静紗に翠子は愕然とした。

それでは触れることができないではないか。あれだけ離れているのに、これだけの火傷を負うのだから、それを手に取りでもしたらどんなことになるか想像すらつかない。

翠子の胸が情けなさで一杯になる。

諦めろ。

その言葉だけが脳裏に何度もこだまする。

グシャグシャと髪の毛をかき混ぜてから、手の甲で涙を払った。呼吸を改めてからすっくと立ち上がる。

「やだ」

一瞬何を言われたかわからず呆けていた静紗は声を荒げて言った。

「危険だっ。何が起きるかわからない」

膝をついた姿勢で見上げる静紗の諫める声は翠子の声にかき消される。

「それでもいいっ。危険だからって身を引くなんて絶対やだっ。あたしは諦めないっ!!」

こんな自分ではどうやってシロを助けることができるのか。

この手で殺してやると宣言した。それは果たさねばならない。果たさなければならないのだ。

「そんななりではどちらにしろ刀は渡せないよ。それに元より、生き物を殺すというきみには刀を渡す気はなかった」

諦めろ、よりも厳しい言葉だった。

諦めるかどうかは自分の内にあってその決定権は自身にある。しかし求める物の借与の権限は刀の作り手である彼にその一切がある。

「何で!?さっきは、貸してくれるって……っ」

「刀は貸す。けれど、殺しには使わないこと。それを貸す条件にするつもりで言ったんだ」

彼の言い分では、自分の本願を果たすことはできない。

それだけでも十分衝撃的なものだった。半端に期待を抱いていただけに、奈落に突き落とされる言葉だった。

「約束を守るなら、貸し出すだけは許そうかと思ったけれど、きみが水の精霊の結縁者となれば話は別だ」

息をつく間もなく投げられる言葉の一つ一つが翠子の胸に深く刺さった。

「刀は貸せない」

「や……っ!静紗様、お願いだから刀を下さいっ」

懇願するが彼は首を振って駄目だと言う。膝に手をおいて立ち上がると鍵を持ったまま階段を降りる。

痛みに暴れる姿を見つめるだけならば、いっそのことその痛みの中にこの身も投じる。それの何が悪いのだろうか。

痛みだけでも共有できるのならそれはきっと幸せだ。見ているだけで痛みを感じることができないことよりもずっと、遙かに。

タンタン。

一段一段階段を降りていく音。

彼は鍵を閉める気だと察知した瞬間、翠子は見様見真似の助力を請う誓言を口にしていた。

「〈水の子等に希う〉」

小さな声だったにも関わらず、階段中程まで下っていた静紗は弾かれたように振り返った。

きちんとした儀式の末に契約を結ぶ結縁者とは違い、その関係はこの上なく稀薄であることを承知で――頼み事自体が半端なものでないこともあって、拒否されることを前提に彼女は水精達を呼びこんだ。

――もしも、もしも。

外は嵐。水精の眷属は無尽蔵に存在する。

――貴方達とこの身が何かの縁で結ばれているなら。

何かが派手に砕け散る音が幾つも上がった。

――助けて。

四肢に絡みつく、荒れ狂う風を纏った水気。

この時節、未だに雨は冷たい。けれども、この数瞬は、何かに包まれる温もりを感じた。

「静紗様、ごめんなさいっ!」

一時の足止めを。

火精を結縁に持つなら、対極の精霊を恐れる条件は翠子と変わらないはず。

悪いと思いながら水精達を行使する。彼らは翠子の予想に反して彼女の無謀な頼みを快く聞き入れてくれた。

どこからか侵入してきた嵐の精霊達は静紗の手の中にあった鍵を奪い取った後、その身動きを封じてしまう。

嵐の精が放った鍵を片手で受け止めた翠子は、声をも縛された静紗の横をすり抜け工房の扉に手をかける。

声さえ封じられた彼が何かを叫んだようだが、それが彼女に届くことはない。

翠子は存外に重い扉を引き、扉を閉め切ってしまおうと躍起になる。数センチの隙間を残してそこから縛されている静紗を見て再び謝った。

「ほんとに、ごめんなさい」

ガコンッ……ガシャン!



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