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炎刀奇譚  作者: Sio
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第2話 厭世鍛冶屋の屋敷

人気がないのに広さは過分。

貴族の屋敷であれば広さに伴って人もいるのだが、ここはそれがあてはまらないらしい。

芸華院の大まかな階級で言うならこの屋敷の主は破格中の破格と言っていい。

何故ならば各方面の芸術家達は、才能は勿論のこと、それに加え生きた年数をあわせたものが序列とする風潮が強い。生きた年数がものを言うという今にも風化してしまいそうな話がまかり通るのが、彼女達の籍を置く世界なのだ。

その中でかの号を『静紗』とする鍛冶屋は、まだ若いと聞く。そしてその実力は巷にこそ知れていないが、芸華院の長老方はすでに認めていると翠子は耳にしていた。

八十以上を盛りとし、七十六十を若年、それ以下は概ねひよっこと呼ばれるか、場合によってはものの数にすら数えられない、どう足掻いても一般人には理解しがたい構図を呈した芸華院では、若いという言葉がどこまで真に受けて良いかと言う基準になりそうもない。その基準を知る彼女にとって、相手の歳を想像するにも困難極まりなかった。

変わり者の中年男を想像して来て見れば、人気の無い屋敷に住む、確かに変わり者らしい雰囲気をまとった人物ではあったが、その年恰好は見事に期待を裏切られた。

その上。

――男で、あの顔はずるい。

そんなことを考えている翠子だったが、実はさっきから嫌な予感をそれとなく感じている真っ直中だったりする。

果てしなく嫌な予感がこまめな点滅を繰り返し、盛大なサイレンを鳴らしている。

嫌な予感ほど良く当たる。

そう言った先人の言葉は何と正しいのか、それを彼女がまざまざと体験するのはそれほど遠い未来ではなかった。

照明のない暗く長い廊下をどれほど歩いたのか、不意にある部屋の前をさしかかった時、先導していた人物の足が止まり、その部屋の襖を開けるなり自分はさっさと入ってしまう。

廊下同様に灯りのない部屋に入ってどうする気だろう。

開け放たれたままの襖をぼんやりと見て、翠子は一度首を傾げてから慌ててそこまで移動した。

襖が開け放たれていると言うことは、まだ入室者がいるからそうなっているのだ。つまりこの場合は翠子自身なのである。

暗かった部屋に開け放たれた入り口一杯に光が溢れたのは、彼女がその部屋の敷居を跨いだ次の瞬間だった。

「……眩しい」

暗がりに慣れてしまった目が突然の光の襲撃に視界を白で埋め尽くす。

「ああ、ごめん。目をおかしくしたの?大丈夫?」

目を擦る翠子の元に男が足早に駆け寄る。

「うん。ちょっとだけ、くらって、きただけだから」

「見せて」

「平気だって」

外見とは似つかわしくない皮の厚い指先が翠子の頬に触れる。目を擦る手を無理にどかす力も驚くほど強かった。

そちらに気を取られて抵抗らしい抵抗もできぬまま、手を外された翠子の顔の真ん前に件の秀麗な顔が真剣な様子であった。

「目が赤いな……、どこか悪くしたかな」

「あ、あのこれは違うの」

あまりに整った造作を目の前で披露されて、先ほどに輪をかけて驚き、若干逃げ腰になってしまった。

「擦り過ぎにしても赤すぎる」

「あー、だからこれは違うってば。……単なる泣きすぎだから」

ここにきて抵抗し始める。抵抗と言っても何とも頼りないもので、相手の手を押しのける程度のものであった。

「泣きすぎ?」

「そう。ただの泣きすぎ。で、そんなことはいいの。わたしは静紗様にお会いしに来たんだけど、やっぱり貴方が静紗様だったりする?刀鍛冶と、細工の両方をするって噂の」

長い沈黙が横たわる。けれどもそれに居心地を悪くすることなく、翠子は相手を見つめる。

静かに、あらゆる想いをこめた眼差しで。

それを直視するのも息苦しくなったように、彼は大きく息を吐き出した。それが是だと暗に告げながら。諦めたように疲労感を漂わせる口調で頭一つ分低い少女を見下ろす。

「そんな僕の名前を知るきみは?」

「本名は最季の翠子って言います。これでも号を持ってるの。一つは彩芽サイガ。彩るに芽吹きの芽。もう一つは黒に水って書いて黒水クズイ。これだけ言えば、だいたいのことをわかってもらえると思うんだけど」

自分でも避けたい名乗り方なのだが、いわば同業者である彼相手に手っ取り早く話を進めるにはこれ以上の方法はない。

それでも、驚くと言う動作は純粋に生まれる。

「号を二つ持っていると言うことは、彩門の香弦流筋の者か?」

切れ長の目を、やや大きく瞬かせ、彼は翠子を見下ろした。

都には独立した芸術家が籍を置く芸華院や、その下の独立前の次代を担う芸術家達が籍を置く芸修院があり、号を得るためには少なくとも芸修院を卒業して、一人以上の師について何年もその下で己の技を磨かねばならない。その末に独立の証に得るのが号。各分野の芸術で自身の二つ名として使われる大事なもの。

そしてその号を二つも同時に持つという異例中の異例を大っぴらに認められているのは、芸華院四門の書画を専門とする彩門のみ。それも俗に香弦流と呼ばれる一派だけ。

彩門では二つの勢力――書家の(ボク)家と絵画の(シキ)家が彩門の筆頭宗家を奪い合う構図がここ何十年も繰り返されている。要は他の一門でも例外ない、単なる権力闘争であったのだが、それを酷くする事態が二代前の都王の代に起きてしまったのである。

当時、彩門の筆頭宗家を務めていた墨家の当主の実弟が、自ら香弦流――香弦は彼の号であった――を名乗り、兄である墨家の当主の率いる一族から離れ、その独自の書家論や書体を生み出したのである。

それは墨家のそれまでの伝統を打ち砕くような奔放なもので、墨家のそれらを強く守ってきた上の者達許すはずもなく、当然彼は生家でもある墨家から破門された。結局は彼の流派には後継者がないまま一代で途絶えてしまうわけだが、その弟子達は彼の名こそ継がなかったものの、その意志は強く受け継ぎ、各々で香弦の亜流を次々と旗揚げしていったのである。

そんな彼らは尊師への仕打ちを思ってか、誰一人墨家に寄ることはなく、どちらかと言えば色家にその折々に追随する形で今を存続させていた。

けれどそれとは対照的に、墨家は香弦を破門したにも関わらず、その弟子である彼らはあくまでその範疇にはないと主張し、自分達の一派だとして、彼らの一人が才人として世に出る度に墨家の号を送り、その才覚の所有を色家に認めないのである。

色家は色家側で、自家に連なる者に号を与えない理由はなく、よってここに二つの号を持つ者達が生まれるのである。

二つの号を持つ彼らがもっぱら、彼らの尊師の号をとって香弦流、もしくは香弦亜流と呼ばれる所以である。

「作品一つも造ってないのに号持ちだよ?それも二つも!自分でも、厚かましいことを通り過ぎて恥知らずだと思うけど、こればっかりは勝手に送ってくるものだし、……とも思うし。でも本当に何年も何十年も修業して師匠についてる人達には申し訳なくてさ……穴に入りたいどころか、蓋までして漬け物石でも乗っけてもらいたいくらいなんだよね」

端から聞いていれば、どこまでその心労を酌み取って良いのか甚だ悩むところである。

今のところ、香弦流筋の号を二つ持つ者達は、墨家の号の返還に画策するも、大した成果がないまま、体よく棚上げの状態が続いている。

そんな理由で翠子も仕方なく号を拝謁している。それは理由もなく一方的に下賜されたとして、ひどく自分を見下された気持ちに駆られる。プライドを傷つけられている。

けれどそれは自分よりも、号を与えられる働きを何一つしていない自分などよりも、周囲の立派に独り立ちした者達の方が遙かに腹立たしく悔しいに違いないと思えば、一人胸の奥に封じておくしかない。

自分のような何もしないで号を付与された者に、彼らと同列の怒りを覚えるのは恐れ多く身の程知らずもいいところなのだ。

それを思い出し、悔しさの下火がここのところの情緒不安定さに煽られて、表面に出てしまう。

口を引き結ぶが、どうしてもわななく口元は収まらない。どうにか涙だけは堪えられた。

「……香弦流の関係で墨家の号を受けることはともかく、それにしても色家の号は下賜されるにはきみは随分若い気がするけれど。辰沙様とは霧角様の繋がりと見て良いのかな」

彩門色家の現当主は霧角の佐澄であり、香弦流の者は実質的に彼の擁護を受けている。その佐澄と土門陶家の長である鹿狩の辰沙は旧知の仲。

静紗はそれを言っているのである。

まるで労るような柔らかい視線で翠子を見下ろす静紗は懐から、しわ一つない真っ白なハンカチを取り出して、たどたどしい動作で彼女に渡す。

それをありがたく頂戴した彼女は目元にそれをあてて、一つ頷いてから小さく噴き出した。

若いのはお互い様だ。

「静紗様だって十分若いじゃない。人のことは言えないよ」

「そうかな。きみはどう見たって十代後半だろう?僕はこれでも二十二だよ」

「あたしだって今年で十八ですよぉ。大して変わんないじゃないですよ。七十八十でのやっと大人だって言う人達から見たら」

おたまじゃくしに足が生えた生えないの次元でなく、彼らからすれば、きっと自分と彼は同じ場所に卵でいるに違いない。

「ああ、そうだ。ここに来た本題なんでけど」

「話は長くなる?」

「いえ。それほど。こちらも折半つまってるんで……何か?」

自分のことばかり手一杯で、彼の都合を考えていなかったことを今更思い出し、翠子は罰悪く上目遣いで見上げた。

そんな彼女の不安げな目を見留めた静紗は少し苦笑いをして気怠そうに吐息を漏らした。

「いや、大したことはないのだが……少し疲れていて」

その言葉にと声音に含まれた真実を敏感に反応する翠子。胸に手をおいて、痛む良心を押さえこもうとする。

「座らないかな?仮にも客人より先に座るわけにはいかなくて」

「あ、はい」

瞬間的にその場に正座する。二人の間には大きな長方形の卓がおかれ、まるでそれが二人の立場を区切っているようだった。

「お茶か何か振る舞った方が良いかな」

そう言うなり、立ち上がってそれらを探しにどこかに行ってしまわれそうだったので、彼女はそうなる前に卓におかれた相手の手を――袖を掴んで、それを制していた。

「お茶は要らない、お菓子も要らないから、先にあたしの話を聞いてっ」

ここで不要な時間の浪費は痛かった。

静紗は諦めたように浮かせかけた腰を下ろし、その場に座り直した。そして改まったところで本題を尋ねた。

「では何故、僕のところへ来たの?僕の号を知っているのなら、当然僕の腕も……それにまつわる噂の一つも知っているのだろう?」

急な突き放された物言いに、翠子は怖ず怖ずと服の袖から手を放した。静かでありながら、それとは裏腹に射殺さんばかりの静紗の視線があまりにも怖かったのだ。

そこに宿る光はとても冷たく、目をおかしくした彼女を優しく労ってくれた青年とはまるで別人のような豹変ぶりであったのである。

「知、知ってる。刀家の静紗様……貴方の打つ刀は、魔物が宿っているって言う噂は」

「そうだよ。僕の打つ刀は呪われている。魔刀鍛冶屋とはよく言ったものだ」

ふふ、と乾いた笑みを浮かべて静紗はそう言い放った。

「――そんな鍛冶屋に何の用かは知らないけれど、僕と関わり合いにはならない方が身ためだよ。早くお帰り、親御さんが心配する」

重い空気が部屋に溢れる。その中では呼吸をするのも困難であるようだった。

くっ、と喉で低く笑う青年。

「僕の打つ刀は持ち手を非業な未来に誘いこむ。我が身が可愛いなら悪戯心は収めるべきだ。火遊びですむ程度じゃ収まらないことを、身をもって感じるかい?」

挑戦的な視線を真っ向から受ける形になった翠子は、数瞬前の恐れなどまるでなかったかのようにそれを受け止め、なおかつ強く睨み返してやった。それには静紗も予想だにしなかったことらしく、彼は気圧されした。

「……望むところよ。呪われるって言うなら、是非とも呪われてやろうじゃない」

気の迷いか、それとも愚かさか。それらを露呈させた少女に彼はそれを諫めようと口を開くが、翠子はそれを言わせることはなかった。

「呪いなんてなんぼのものよっ。そんな噂は百も承知だわ!確かに貴方の打った刀に呪いと言われるだけの力が宿っているのは事実よ。それが一般人にもわかるくらいに強烈に。でもだから何だって言うの?そんな力は芸華院の上の人達の中では珍しくもないじゃない。皆、何かしらの力が宿した作品を作り出しているし、それが人を惹きつける。それが呪いとどう違うって言うの?貴方の打つ刀が魔物付きって言うなら、他の人達のだってそうじゃないっ」

妖刀打ち、魔刀鍛冶屋と裏で囁かれる腕とその力を彼女は頼ってやって来た。初めてその一振りを見たときから、何かの時にはこれを選ぼうと幼い頃から心に決めていた。

それだけ力と美しさ、人を惹きつける引力に溢れた刀を打つのが彼、刀家のはぐれ刀鍛冶士、静紗。

彼が自分にまつわる噂や周囲の好奇の視線を嫌って、こんな人里離れた場所に身を隠すように住んでいるのは、そんな世俗から離れるためだと知り合いから教えられた。

「並の刀じゃ駄目なの……っ。並の刀じゃ、ただの刀じゃシロを一思いに殺せないっ!」

「殺す……?」

目を剥く相手に構わず、翠子は卓を両手で叩いて訴えた。

「そうよっ。あたしがシロに引導を渡すの!絶対、絶対あたしがシロを殺してあげるのっ!死神の鎌が来るのを、のこのこと待ってられるもんですか!」

雷鳴が鳴り響き強い風に巻かれた雨が納戸にぶちあたる。

厭世鍛冶屋の広い屋敷の、灯の灯った数少ない部屋の一つで交わされた会話。

他人に殺させるなら、自分が殺してやる。断固として自分が殺してやるのだ、と握り拳でもって熱く語る少女。

目の前で耳を疑いたくなる言葉の羅列する彼女に、この屋敷の主が思わず頭を抱えたくなったのは、実に仕方のないことだった……。



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