第13話 皆にかえる
「翠子ちゃんっ!」
折半詰まった声が彼女の耳を打つ。
その声音に非難は欠片も含まれていない。それは声の主が自責に駆られているからだった。
自分さえ、あの時、籠の中の糸玉を落としさえしなければと。
「志摩さん。ただいま」
「翠子ちゃん……」
綺麗な顔を泣き腫らして、ぐしゃぐしゃにしている。それは彼女の自身の追い込みぶりを示している。
優しい人。
彼女のせいではないのに。悪いことが幾つも重なっただけ。一つ一つは誰にでも犯す機会のあるものばかりだ。
玄関の戸の軋む音で翠子の帰宅に気付いた志摩は、二階にある少女の部屋から文字通り飛んできたのだ。
「翠子ちゃん、あのね……っ」
その先に続く言葉はわかっている。これ以上、この人を悲しませ、責め苛ませる真似はしたくはなかった。
「ごめんなさい。いきなり、家を飛び出したりして……。ちょっと自分でも混乱してたみたいで」
よもや愛猫の死出の旅路に必要な道具を捜しに行っていたとは言えなかった。それ自体、狂気の沙汰と勘違いされても余りある。
「いいえ……っ」
まるで何かに取り憑かれたように嵐の中、家を飛び出した少女を志摩は激しく頭を振ってそれは仕方ないことだとする。
犬猫専門の医者でも捜しに行ったのだと彼女は思っていた。
「お医者様は……っ?」
「医者は呼んでない。もう、必要ないのはわかってるから」
では何のために家を飛び出していったのか、そう問おうとする志摩に、ただゆるく微笑みかけるだけで、間借りしている二階にあがる。階段を上る間も、背後からついてくる家主の志摩はひどく狼狽した様子だった。
階段を上りきり、真っ直ぐ続く廊下の突き当たりを右に折れる。その先に翠子がシロと共に借りていた部屋があった。
ガラリ。
仕切の役割をする木戸を横へ動かすと、半端な距離をおいて今度は襖が現れる。
音もなく襖を退けると、一気に生活感の匂いがする一室が翠子を迎えた。
目を瞠るほど高価な漆塗りの文机。雑然と積み上げられた書物。
御帳に無造作にかけられた外出用の上着に、その下に散らばる猫用玩具――川原で摘んできたとうに乾燥仕切った猫じゃらし。売り物にもならない糸玉やらも。
時間が止まった部屋。
けれどそれはどこかで流動していたのだと教えるように、室内に籠もった空気のかすかな生臭さが少女の鼻孔をつく。二日前からこの部屋は締め切りっぱなしで、換気のための窓を開けていなかったのだ。目の前のことに一杯で、そんなことに目がいかなかったのだ。
「空気が淀んでいるから、少し窓を開けようか」
小さく呟いて窓辺に歩み寄った。戸板を押し開け、夜風を呼びこむ。深夜の柔らかな香りを含んだ冷気がするりと滑りこむ。
窓辺から戻り、手製でしつらえた籠型の寝床に近寄り、腰を下ろす。
そこにはふかふかの寝床に横たわった遺骸があるのみ。魂が去った後の、入れ物のみが脱ぎ捨てられたように残されている。
すっと両手を伸ばし、壊れ物を扱う細心さで黒い毛皮に覆われた骸をそこに納める。硬くなった体を胸に引き寄せ、頬をすり寄せた。
体は未だに温もりを残していた。
「――本当に、ついさっきまで……っ」
背後から聞こえた志摩の声に翠子は無言で頷いた。
抱えた腕に力がこもる。
翠子は自分の中に、胸の奥に、静かにしみこむ影を感じた。どこまでも静かで、けれど確実に生きている何か。
言葉にするのは困難で、とてもではないが言い尽くせないほどに複雑なそれは、それでもそれがどんなものかはあやふやであったが、何とか大まかな輪郭をなぞることはできる。
そこに、すとんと納まる温もりを彼女は受け入れた。
「――今まで、ずっと、ありがとうね」
その毛並みに口づける。閉じられた眼は二度と開くことはない。
涙が出なかったことが薄情なことなのか、それとも枯れてしまったからなのか。そんなことをぼんやりと思いながら、そっと黒猫の遺骸を寝床に戻す。
ついいつもの癖で、寒くないように手製の小さな上掛けを掛けてやり、そんな自分に気付いて破顔した。
冷気の滑りこむ窓辺に目をやって独白する。
「落ち着いたら月祭様の墓前に行こうかな……」
その日が晴れでもなく嵐でもなく、小雨の降る曇り空だといいなと、彼女は思った。
彼は悔やむことはない。けれど、悔やむことを――心にいくらの疑念を抱かぬ者でもなかった。
自身の行ったことに関してはそれが自己のみの独断とは言え、それが是だと言い切るだけの自信がある。それはこの目が人よりも物事を見てきたために、何よりも代え難い真実だと学んだからだった。
だが。
一つだけ、それも最大級の心配事が彼にはあった。
それは自分が旗揚げした流派に属する弟子達に対するもの以上に気になっていた。彼は自身が産み出した流派と、その弟子達及び、その弟子に連なる孫弟子たちにのみ心を砕いていたのだ。
そしてまったく考えていなかった。
彼らを悩ます事態が、帰る家に出迎える家族が一人もいないと言う孤独な子供を作ってしまったことを。
遺言には重要な意味があり、そのために起こるべくして起きた事態はどんな方面に発展するかは知れない。それはあくまで彼に傍観者の席を用意するだけで、それをどんな方向に進めるかは彼が弟子達に残した最後の問いかけだったからだった。
血族に頼りだし、それが慣習化しつつあった生家や他門と同じ道を辿らせないために敷いた彼の意志。
血は力ではなく、意志こそ彼が伝えていきたかったこと。
そのままの形でなくてかまわない、別の者が抱える意志と混じって続いていければそれが先に繋がる。
彼自身が体に流れる血に縛られて生きてきたがための選択だった。
兄弟弟子同士の婚儀はかつては広く限りない視野を容易に狭めた。腕の優劣は血の濃さに取り変わられ、血族により一門は占められた。
芸才を愛する心はそれほど遠くない先に忘れ去られる。
多才だった彼だからこそ、それを何よりも恐れた。
直弟子達が自分自身の弟子を取り始めた頃に、ほぼ頃同じくして目立ち始めた同門者の婚姻。それが何を示すものか、わからないはずがない。
想い合った者同士の婚姻なら彼は喜んだ。けれどそれが一門の血の結束を求めるものならば彼はどうやってもそれを断ち切らねばならなかった。
遺言の言葉は彼の最初で最後の大博打だった。
香弦の流派を継ぐ次代の長に誰も選出しない。
誰か一人を決めてしまえば力は選ばれた者に傾く。例えそれが今でなくとも、近い未来にそうなる。
ならば一人に決めなければいい。同時に何人も選び出せば、彼らの一人は自分の意志をすべてとは言わずとも、欠片なりとも理解してくれるかも知れない。
だから彼は一人を選ばなかった。それは彼の弟子の皆が各々の流派の長であると言うことだった。
形を整えられた台座ではなく、自分でしつらえた無骨な台座に座ることによってその異型の違和感を疑問にし続けること。それこそ彼が彼らに残した自問すると言うこと。
自問し続けることを忘れはいけない。
それは実際上手くいった。彼の愛した弟子達や、更に彼らの弟子達も混乱しながらも懸命に自己の道を模索した。
しかし、それによってあのような子供を作ってしまうとは彼すらも予想しなかったことだった。
いないことが当たり前。いることが変。
一人遊びはいつものこと。一人で食事をすることもいつものこと。一人で寝ることも。
寂しいとはいったいどんな気持ちかも知らない。
孤独を孤独とも思わないのは強さではない。それは異常なことだ。正常な感覚がどこかで麻痺してしまったがために、無感覚になってしまっているのだ。
『――最季』
『――何用でございましょう?先生』
『そなた、確か幼い娘がいると思ったが、こんなに遅くまでこちらに詰めていて大丈夫なのか?』
『ええ。一通りのことは一人でもできるように育てましたので。まぁ、まだ子供ですし、早く帰るつもりには変わりありませんが』
すっかり子育ては済んだと思っている父親に彼は疑問を感ぜずにはいられなかった。
自分はひどく罪深いことをしてしまったのではないか。
彼の残した遺言は、結果的に少女から唯一の肉親の父親から引き剥がし、その孤立を深めた。
初めて顔を合わせた庭先で確かに子供らしい落ち着きの無さを見せたが、それはどこかで首を捻る違和感があった子だった。
泣いていなかったのだ。
道に迷った心細さを知らないから彼女は泣かなかった。心細いと言う感覚を理解できないから泣く理由はなかったのだ。
子供の中にも泣かない子もいる。けれど彼女においてそれは当てはまらない気がした。何故かそう思えてならなかったのだ。
〈――月祭〉
『――スイクか』
臥所で突如濃密な水気を伴って現れた雷霊に、彼は寝具に体を横たえたまま客人と呼べる相手を親密な雰囲気で迎えた。
〈お前は死ぬのか〉
婉曲な言い回しを知らない彼の問いはいつでも真っ直ぐなものだった。それは妙な気兼ねをさせなかったので月祭はいつも新鮮に感じていた。
『ああ。そうらしい。あとは天神様のみぞ知る境地だ』
〈――お前を生かす為ならば、この世のどこかにあると聞く不死の泉の水をも捜し出しても良い、お前が命じれば、かくに聞く神々の至宝さえも必ずや盗み出してこよう〉
神妙な面持ちの雷の精と対照的に月祭は笑みをこぼした。
『おいおい、よしてくれ。お前が言うと冗談には聞こえぬよ』
〈戯れ言ではない。我は至って正気だ〉
『雷精の長を前科者にすまいよ。……心遣いは嬉しいが、不老はいささかやりすぎだ。最も不死になるつもりもないので遠慮するが』
〈長だった頃はとうの昔。今は一介の雷精――それはいい。我は問いたい。月祭は我と交わした結縁を破棄する気か、是か否で答えよ。答え次第では天津神々の御意志なぞ無視して、我が今この場でお前の引導を渡してくれる〉
実に剣呑なことを言ってのける相手を前にしても、月祭は笑みを絶やさない。答によっては、かつて雷精の長を務めた彼が呼びこんだ雷の雨で死ぬことになる。
それも満更に思えないから、死の淵とは何とも不思議な心持ちにさせる。全てがどうでも良くなってしまう。投げやりに片付けてしまいそうになる。
死の前に、何もかもは塵芥なのだと無言の重圧が息を詰める。それでも辛うじて生きていることを実感できるのは、それが死を目前にしているからなのだから実に皮肉だ。
『……わたしが死ぬことで結縁が破棄になるのなら、それはそうなのだろう』
〈我の命はお前の命。お前が死するというのなら我もそれにおもねるのみ〉
翠色の目に浮かぶ闇が深くなる。飢えた獣のような手負いの者独特の張り詰めた空気が漂いはじめた。
『この話は、今は御破談にしよう。何もわたしが今すぐ死ぬわけでもないしな。……時にスイク、一つ頼まれてくれないかい』
適当にはぐらかされたと思えなくもなかったが、この期に及んで頼み事をしてくるこの男の性格には彼も大分耐久ができていた。それに他でもない彼の頼みというなら、できるできないはともかく、聞く耳だけはある。
〈お前との結縁を破棄すること以外で、なおかつ我の可能な範囲でならばいくらでも〉
『そうか』
笑みが刻まれた口端が一層ほころぶ。本当に嬉しいのだろう。
『お前が覚えているかどうか、わからないが……』
スイク……後に名をシロと一人の少女に名付けられた黒猫は朋友の頼み事を聞き入れたが為に、彼は主もあった者の死と共に朽ち果てることは永遠に不可能になった。
けれどスイク……シロは後悔をすることなかった。
少女が自分に向ける想いのすべてが、朋友であり主であった男の死を前にした自分自身の姿と酷似していたことに気付いたから。
自分の死が他者の死に繋がることが、どれだけ想われた相手の心に影を落とすか、彼はその身をもって知った。かつて彼が月祭の後を追って死のうとした姿は、自分の目前の死に殉じようとする少女の想いと見事に重なる。
側にいる存在の温もりを知って、突然訪れた一人になることへの恐れから、それまで知らなかった恐怖が大挙になって襲い、危うくその不安定で未発達な幼すぎる魂は彼が壊した刀のようになり果てるところだった。
〈貴殿に礼を言いに来た〉
突然現れた巨大な白い虎に静紗は驚きを隠せなかった。
「あ……貴方は?」
〈先代の雷精の長を務めた者、名をスイクと言う。月祭はスイクと呼んでいた。……翠子はシロと呼んでいた黒猫の形を取っていた者でもある〉
〈ス、スイク様じゃとっ!?〉
やはり突然乱入してきた火精に静紗は反射的にそちらを見る。高位の火精である彼女が尊称付きで名を呼ぶ現実がにわかに信じがたかったのだ。
〈お主……我が愛子に要らぬ合いの手を入れやった火精か?〉
獣眼をぎろりとレンカに向ければ瞬く間に血の気を失して直立不動の姿勢で固まっている火精がいる。
熊ほどの巨体を有した白い虎に睨み付けられればどんな屈強な男でも震え上がっただろう。それだけスイクの一睨みには威圧感が含まれていたのである。
〈愛子と、とは妾は知らぬっ〉
〈最季の翠子の名に覚えがあろう。あの娘は結縁こそ結んではおらぬが、我が月祭から直に身の回りの世話を頼まれた、いわば我が愛子〉
この瞬間、静紗は脳裏を掠めた少女の異常な体質の説明を得た気がした。
結縁は結んでいない。けれど水霊は身近に存在し、力を貸してくれる。特に嵐の精ならばその行使具合は一目瞭然だ。
雷精は嵐の精と兄弟関係にあると云われている。基本的に風と水の属性を持つところに共通点があり、性質もよく似ている。雷精と嵐の精同士の相性が良いこともあって、雷精と結縁を結んだ者が同時に嵐の精の使役が可能なことがままある。ままあると言っても、元々結縁者自体が少ないので、その数は知れたものであるが。
〈姉上っ!人の話は最後ま……スイク様っ!?〉
〈火精が二人……?どちらが我の翠子に手を出しやったのか〉
〈ス、スイク様の結縁者があの娘っ!?〉
アカリの素っ頓狂な声に静紗は落ち着くように声をかける。
「アカリ。彼女は結縁者じゃない。それに彼……シロの本来の結縁相手は香弦流の始祖様だ。相手が彼なら驚くほどではないと思うけれど」
〈じ、十分ですっ。結縁を結ばずにスイク様の庇護を受けられている時点で、貴方はもっと驚くべきですよ、静紗様っ!〉
〈か、斯様であるぞっ、静紗殿!〉
「一般人から見たら、きみ達二人の存在でも十分だと思うよ」
珍しく行動が重なるレンカとアカリの姉弟を一瞥して、溜息混じりに告げる。
そんな二人の――力の大きさを基準にすれば、彼らの席次において、上から数える方が圧倒的に早い高位精霊を二人も従えた彼には、実に今更な感覚で、確かに色々と考えればそれなりに驚く現実である。ただそれが表面上に出ることはない程度でもあった。
逆に今までの疑問が整理、説明されてすっきりした気分である。
都の外れ、厭世鍛冶屋の嵐の一夜はこうして過ぎていったのであった。
彼はあそこで死ぬ定めであったかどうかは知らない。
けれど、どこが痛いのかもわからぬほどに痛みつけられた体を抱え、狂いそうな状態でありながら、一方で冷静な一面を残していた。
この世であり続けるには、この辺りが限界であると。
翠子の傍らにあっておよそ十年。それより前には香弦流の始祖に飼われていた姿も、数多の者が記憶に残している。
それを気づき始めた者が出てもおかしくなかった。
シロという名の黒猫が、猫として生きるには、あまりに長すぎることに。
いずれ、来る別離を心の片隅に、日々をやりすごしてきた。
そして、突然にあの日は、あの瞬間が訪れた。
彼はあの事件が起きることはわからなかった。
ただ、猫として生きていた癖が自然としみついてしまったのだろう。
気づけば、籠から落ちた毛玉を追って馬車の前に飛び出していた。そして間もなく、訪れた衝撃。
看病でぼろぼろな翠子にはすまない思いで一杯だったが、彼は心に決めていた。
これが引き際なのだと。
思えば十分すぎる時間を、この娘は与えてくれたのだ。月祭が消えた後で、もう手に入らないだろう思っていた、何気なく、それでいて、この上ない幸せな日々を。
月祭は死する直前で、スイクという名の雷精との結縁は解いてしまった。
どこでそんな荒業を仕入れたのかは、長い付き合いの彼でも終ぞ知らなかったが、外されてしまった側の彼にはどうしようもなかった。
なぜなら、訴える相手が死んでしまったから。
死者を嬲ることなど、流石の彼でも無理だった。
まだ残されていると思った時間をどうするか、あてもなく、黒猫の姿でふらふらしていた時に、彼は新しい主…否、家族と出会った。
『ネコさん、うちに来ない?』
一人ぼっちで寂しいよぉ、と彼には聞こえた。
ああ、と漏れた吐息は、『にゅあ』と。
一人は寂しい。誰かのそばに居たい。
スイクは翠子のそばに自分の居場所を見つけた。
月祭と過ごした時間とはまた別な、騒がしいが心地よい時間。
月祭とは、彼の天寿のもとに分たれてしまった。そして今度は自分が、何の悪戯で仕掛けられた見せかけの天寿に飲み込まれようとしている。
それを阻む術はあったのかも知れない。けれど彼は決めてしまった。
そろそろ休んでも良いだろう。
翠子に会えなくなるのはとても寂しいが、もう良いだろう。
もう、大丈夫だろう。
このスイクが見守ってきた娘は、もう寂しさを理由に一人静かに泣く弱さはなくなった。大人から隠れて泣くこともなくなった。
それは月祭の最期の願いでもあったかも知れない。
同時に、スイク自身の寂しさも消えていることに気がついた。
それもまた、彼の人が彼に残した心だったのだろう。
彼は朋友であった雷精と、門下の弟子の娘の両方を、同じだけ心に留めていたのだ。
あの男らしい、粋な計らいだとスイクは喉を鳴らした。
今も脳裏に鮮やかに蘇る月祭の姿。
次の瞬間、それは童女の姿にすり替わった。
翠子を残して去るのは辛い。けれど、これで良いのだと彼は思った。
急な別離であるだろう。
しかし、彼は今の別離を選んだ。選ぶだけの理由を見つけていたのである。
〈翠琥様〉
さわさわと、いくつもの声が彼の名を囁く。
かつては彼を長と仰いでいた者達。好意を持ってくれるのが良いが、性質が苛烈なため、少しでも集まると派手な内輪揉めが始まる困った眷属であった。
〈皆、集まってくれたか〉
さわさわさわ。
〈この度の事で、納得いかぬ者も多かろうが、どうか納めてほしい。何ぞ起これば、我はおとおち休むこともできぬのでな。皆には、済まぬがこれが我の意思故、どうか許せ〉
悲しみの波動が様々な方向から溢れ出る。
不可視の肌が、じりじりと焦げる感覚を覚えるほどに、その悲しみは深い。
〈悲しむな。いずれ来るもの。それに我はかくも幸せであったよ…〉
多くの眷属、唯一無二の朋友、そして癇癪持ちで泣き虫な、けれどとても可愛らしい愛子に出会えたこの生を…。
そして翠琥の名を持つ雷精は、静かに息を引き取ったのであった。




