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炎刀奇譚  作者: Sio
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第1話 雨夜の来訪者

「もし、開けてっ、お願いです。どうか開けて下さいっ!」

門戸を叩く事の余りの長さに意識を遠退きかける。この豪雨の中、寂しさを背負ったまま野垂れ死ぬのだろうかと脳裏を掠めた頃になって漸く、この屋敷の家人はその拒絶するように堅固に閉められていた戸を開けてくれた。

現れた若い男。都の者でも背の高い部類にはいるほどの長身であったが、それでも華奢に見えてしまうのはその線の細さだろうか。

「すまない。この雨音で気付くのが遅れた」

女も羨むような整った造作で出し抜けに謝られ、彼女は一瞬ここを訪れた理由を忘れかけた。

「あ、あの、ここって刀家の静紗(せいしゃ)様のお宅ですよね?わたし、静紗様に――」

――お目通りを願いたく、参上致しました。

そう続けようとした彼女に瞬く間に顔色を変えた男は、酷く冷たい動作で門戸を閉めようとした。

「えっ、ちょっと待ってよ!」

咄嗟に戸の隙間に手をかけ、今にも閉め切ってしまおうとする男を睨む。

「あたし、どうしても静紗様にお会いしなきゃなんないの!」

「――静紗と言う者はいない」

その言葉に少女――翠子(すいし)の顔も一変した。

「ちょっと貴方っ。でたらめ言わないで!ここに刀家の静紗様がいらっしゃるのは事前に調査済みなんだからねっ!」

びしぃ、と目上の相手には失礼を承知で指を突きつけた。相手が人の話を聞かずに戸を閉めるなら、そんな相手に払う礼儀はないものと翠子は思ったのだ。

「誰に聞いた?」

陶家(とうか)の頭領、鹿狩(かがり)辰沙(しんしゃ)様から直接っ!だからこの情報に間違いなんてないっ」

「どうだ、参ったかっ」と何故か得意気になってしまった自分を馬鹿だと冷静に見つめるもう一人の自分がいながら、それを止められずにいた彼女だった。

「辰沙様から……?」

「そ。辰沙様から」

歴代都王の寵愛厚い、天下の芸華院四門の一角を担う土門陶家の頭領、鹿狩の辰沙の情報である。

中央に身を沈めて往く歳……もう何十年とくれば、そんな彼が入手する情報の信憑性たるや、まるで現場で直接見聞きしてきたことを疑いたくなるほどの正確さ。更に言うならどこからそんな情報を仕入れてくるのかさえ、少し怖くなるほどの情報通。

古馴染みで同じく芸華院四門の彩門筆頭家、色家の頭領たる霧角(きりかど)佐澄(さちょう)も、辰沙のそんな悪質さには日々苦悩が絶えないとか、どうとか。

そんなわけであの老人の情報はかなり信頼のおけるもので、情報不足の者としては心強くあり、自分がその標的にされた場合は限りなく恐怖するのだが。

「きみは辰沙様と既知なのか?」

「はぇ?あたし?」

「他に誰がいるんだ」

芸華院に籍を置く彼らと多少なりとも縁を結ぶのであれば、その身分は当然のように高くなる。彼らはいわば市井の者であって、市井の者ではない特別な身分を与えられた者達。

都にいる貴族すらも上下を問わず彼らを丁重に扱う。

何しろ文化省に彼らの属する芸華院と呼ばれる部署を作ったのは、誰あろう都の統括者たる都王なのだから。

いわば都王の寵児達を蔑ろに扱う度胸のある、肝の据わった者はこの都にはいるはずがないのである。

「直接的な関係はないよ。そんなおこがましい」

戸を閉める素振りがなくなったのを確認して、一方的な戸締り作業を邪魔していた手をどかす。しかも、それとなく、隙間を取り戻そうと工作もしていた。

「じゃあ、どういう繋がりだ?」

「それ言ったら、あたしを家に上げてくれる?」

明らかに辰沙の身分とそれに付随する権力を笠に着た卑怯な手段だと思いながら、けれど翠子はそれを口にした。こんなところで門前払いを喰らうなど問題外なのだ。自分は相手に話を聞いてもらって、やっと物事は動き出す。

そう、こんな場所で無駄話をしている時間はない。

言葉の裏側にちらつくものに気付いたらしく、一瞬その秀麗な顔を歪ませ、次には仕方なく戸を開けてくれた。

「やったぁっ」

指でもぱちんと鳴らしたい気分だったが、三回に一回しか鳴らないので恥が勝って指を鳴らすことは控えた。かかなくてもいい恥はかかない方がいい、と言うよりもあえてそれをかこうと言う奇特な性格の人はまずいないだろう。一般的常識人を名乗るならば。

そんなわけで自称・常識人と思っている翠子は、それを実行することはなかった。

屋敷から正門に続く道にはご丁寧に屋根が渡してあった。

通りでこんなひどい暴風雨の中、服が濡れなかったとわけだと理解できたところで、何やら妙に落ち着いている自分を笑いたくなった。

これから自分がしようとしていることは、恐らく一生を通して忘れられない瞬間を作り出すと言うのに。

自分よりも頭一つも大きい相手の後を追いながら、その凄まじい勢いで降り続く雨と凶暴に鳴り続ける雷鳴を小気味よくすら思え、何とも言えない心地よさに浸る彼女の心はどこまでも静まり返っていた。

――待っててね、すぐ帰るから。それまで生きててね。

酷薄さをのぞかせる笑みを虚空に残して、少女は男において行かれないようにしっかりとその後を追った。



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