妹の結婚騒ぎ
「お父様なんて大っ嫌い!!!」
部屋にその声が響くと同時に、父様とその場の空気がピシリと固まった。
叫んだ妹はその翡翠の髪を揺らしながら早歩きで部屋を出て行った。
彼女が勢いよく閉めた扉は、屋敷中に行き渡りそうなほど派手な音をたてる。
「………」
残った人達は父様に憐れみの視線を向けるが、本人はそんな事が全く気にならないほど先程の言葉にショックを受けていた。
私の妹であるニーナはたいへん可愛らしい子だ。
私を含める家族は皆骨抜き状態。
兄のセドリックと双子の兄のフィデールは私があまりに女の子らしくなかったので、ふわふわで天使のようなニーナをでろでろに甘やかした。
母のアゼレアもニーナにフリフリの服を着せたりと私では味わえなかった『娘』をもつ感覚を味わった。
他にも使用人達や私の同僚である騎士達も彼女を可愛がっていった。
が、1番すごかったのは父のクライヴだ。
《氷のベラム公爵》と呼ばれる程クールだった父様が、ニーナを見た途端これでもかというくらい破顔するのだ。
幼馴染である陛下が思わず「…気持ち悪い」と呟くくらい顔が変わる。
しかし、そんなニーナが骨抜きなのが彼女の幼馴染のバルザック伯爵家次男のロイクだ。
ニーナよりも5歳年上の誠実な青年。
私と同じで騎士団に所属しており、その剣の腕もなかなかのものだ。
思えばニーナは生まれた頃からロイクの事が大好きだった。
ロイクの側で泣かなくことはあまりなく逆に笑顔だったし、彼女が生まれて初めて覚えた言葉が『パパ』でも『ママ』でも『おねえちゃま』でもなく、舌足らずな『ロォイク』…つまり『ロイク』だった。
このときに家族全員+使用人達でロイクを般若の顔で睨みつけたのは今では良い思い出だ。
本当に彼等は仲が良かった。
まさか5歳のときに約束したらしい結婚の約束を2人とも覚えていたとは思わなかったが。
つい先日、15歳の誕生日を迎えたニーナは朝っぱらから私達家族に爆弾を発射した。
「私15歳になったから、ロイクと結婚するね」
あのときの父様の顔ときたら、写真に収めたいモノだった。
まぁ、私も人の事は言えないのだが…。
とにかく、そんな事があった後には第×回家族会議が行われた。
私はロイクは良い奴だし、なによりニーナがそれを望んでいるので賛成した。
母も兄弟達も渋々ながらも今回の事を認めた。
ただ1人、父だけは認めなかったけれど。
それからいろいろあり、ニーナと父様が口論になって、冒頭に戻る。
「父上、いい加減に諦めたらどうです?」
「往生際が悪いですよ」
「いつかは嫁に出さなきゃいけないのよ。だったらロイク君に任せた方がいいじゃない」
上からセドリック、フィデール、母様が父様に言う。
しかし、それでもあの人はめげなかった。
「だが、俺は、ニーナが嫁になるにはまだ早いと思うぞ!」
この親バカが。
確かにニーナは15歳だし少し早いような気もするが、今は12歳で結婚する人もいるんだぞ、滅多にいないし大半が政略結婚だけど。
…あぁ、なるほど。
「年頃の女の子はこうやって父親を嫌っていくのね」
これが反抗期か?
私の口から出た『嫌い』という言葉に、また父様が固まる。
どうやら先程の事を思い出したようだ。
なかなか話が進まないなぁ。
愛娘の結婚に反対するベラム公爵を説得するのには、3日間かかったという。
【ベラム公爵】
父*クライヴ[40]
母*アゼレア[40]
兄*セドリック[22]
私*ノエル[21]
弟*フィデール[21]
妹*ニーナ[15]
【バルザック伯爵】
ロイク[20]