◇魔眼
殺傷描写があります。苦手な人は注意してください。
後、主人公は善人ではないです。すべてに優先してチョコレートです。
俺は王都に冬が到来する前にアルベル領に戻る事にした。正式な拝爵は成人を迎えたら行われるので、次に訪れるのは一年強後だ。やらなければならないことは沢山ある。チョコレートの為にも頑張らなければ。
「チェックメイト」
十×十マスの戦場の上、相手の王を詰ませる。アルベル領への道中は基本的に暇なのでもっぱら本を読むか、今の様に戦盤をするかだ。
相手をしていたアリカは盤上を見つめた後うなだれる。最初の頃はわりと好戦的な目をしていたが十回目を超えはじめた頃からいじけはじめた。
俺が勝つと、基本的に無表情で透かした顔のアリカが、僅かに頬を紅潮させ上目遣いで控え目に睨みつけてくる姿が可愛くて、つい虐めてしまった。
別にアリカが弱い訳ではない、俺が強すぎるのだ。アリカも他の護衛についている騎士よりかは普通に強かったのだが、転生する前からボードゲームが好きだった俺とは保有する戦術の数が違う。それに加えこの体の元々の地頭の良さ。記憶力と頭の回転が大幅に良くなっていた。言うなれば物凄く集中できている時の状態――テスト前に漫画を読む時――が常時続いている感じだ。
話しが逸れたが今は前述の通り、次の目的地であるササを目指している。ササは王都フルストトルクとアルベル家の本宅があるリランカの街のちょうど真ん中に位置していて、特にこれと言った特産品のない普遍的な街だ。
そろそろ戦盤にも飽きてきた。何となく思いついて、近くにいる護衛の騎士に後どのくらいか? と聞くと、後一刻程です、と帰って来た。
今は太陽が西の空に沈んで行き、ササへと向かう整備された街道を囲む森は仄かに暗くなっている。元々鬱蒼とした森は何かが出そうだった。
当然山賊はいる。だが警戒はしなくて良い。貴族の馬車には魔法の使える護衛が必ずと言って良いほど乗っており、並の戦士と並の魔術師では圧倒的に魔術師が強いからだ。と言う訳で山賊は主に護衛の少なさそうな商人を狙うのだった。
しかし山賊がいないからと言って絶対に安全とは言えない。簡単に言えば魔物がいるのだ。勿論アルバロン島や北の永久凍土にいるような強力な魔物はいないが、小鬼や森狼程度ならそこそこ遭遇する。事実行きには一度遭遇した。
暇潰しに風系統の魔術で森を警戒する。俺の魔力は一般的な魔術師の量しかない上に治療系の魔術以外は得意ではないので、そこまで精密な索敵はできない。まあ、する気もないのだけど。
だから、それに気づいたのは偶然だった。
――人の気配?
アリカ含め騎士もそれに気づいたようだ。俺よりも索敵の腕が良い騎士の一人が素早く索敵の魔術を展開すると、側に来て状況を伝える。
「前方百メートルで、七人程の商人の集団だと思われるものが、十人程の山賊に襲われているようです」
「行きますか?」
アリカが巨大包丁を足元から取り、それに呼応するように他の騎士達も俺に視線を向ける。
一応、王国の治安を守るアイカシア王国騎士団総帥の息子だからな。賊は狩っておくべきだろう。
「怪我しないようにな」
俺の言葉を聞くと直ぐに二人の騎士を俺に残し、騎士達が山賊の下へ向かう。
アリカと騎士二人は魔術で強化された身体能力で百メートルの距離をものの数秒で駆ける。
まずアリカが商人の護衛と交戦していた一人を奇襲し横薙ぎの一撃を放つ。男が反応できずに首を切り落とされると、アリカはそのまま遠心力を利用して体を回転させ右上から左下に逆袈裟斬りを放つが、アリカの攻撃に気づいた男は剣の両端を手で持ち斬撃を受け止める。
「くっ!」
馬車を交戦している場所に近づけていくと男の苦しみに満ちた顔が見て取れる。結局アリカが魔術によって強化した力と武器の重さで押し切り、男を二枚に卸す。
「ぐはっ!?」
一人目の首が地面に落ちるのと、二人目の断末魔が響くのは同時だった。ここまで数秒程の早業。
遅れて騎士達も山賊に肉薄し、数合いで打ち勝ち心臓を貫く。残り六人。
かろうじて生き残っていた商人の護衛が状況を判断して加勢するが、剣の才がないと自覚している俺と同じくらいの実力しかない。
山賊はアリカを最初に片付ける事にしたのか、アリカを三人で囲み残りに一人ずつついた。
「死ねぇっ!」
「喰らえっ!」
左右同時にかかってきた男が剣を振りかかる。男達の瞳には得体の知れない者にへの恐怖と手に入るはずだった物への欲望が渦巻いていた。
「……」
アリカは無言のまま三人の位置関係を確認すると、右の男に巨大包丁を投げつけ行動を封じた後、素早く左の男の懐に潜り込む。
左の男の斬撃はアリカを捕らえる事なく宙を斬る。空振った男の手首をアリカが掴み、巴投げの要領で一拍遅れて攻撃してきた男に左の男を投げる。同士打ちで一人死ぬのを確認したアリカは、起き上がり際に右の男の心臓と額を目掛けて、太股に仕込んであった投げナイフを投擲し仕留めた。アリカは起き上がった後バランスを崩している最後の一人を蹴り倒して剣を奪い、その剣で心臓に突き刺す。
アリカが返り血を避けながら投げつけた巨大包丁を回収すると、商人の護衛は少し手こずったようだが山賊は全滅したようだった。
馬車が現場に着くと、多少土で汚れて居るけど返り血一つ浴びていないアリカが近づいて来て、
「終わりました。ジュリア様」
無表情で報告するのだった。
「助けていただいてありがとうございます」
と、喋りかけてきたのは商人であろう人物だ。結局護衛が二人死んだだけのようだった。
「当然の事をしたまでだ」
できるだけ貴族然とした態度で模範解答だと思われる返答をする。
「本当……何とお礼を言ったら良いか……」
小太りな商人は汗を流しハンカチで拭きながら、恐縮したような、何かを隠しているような態度を取る。
そんな態度を訝しく思い、騎士達に目配せする。
「構いませんよ。それより“商品”は無事でしたか」
「はっ! はい、貴方様のお蔭様で……」
うろたえる商人。やはり何かを隠している。
しばらく商人の瞳を詰問するように覗き込むと、時間が経つにつれ商人の表情に焦りの色が増してくる。
「あっ! ありました。奴隷だと思われる人間が三人と麻薬が結構な量ありますね」
騎士の言葉を聞くやいなや、商人は絶望したかのように座り込む。
アイカシアでは奴隷は合法だ。基本的には犯罪者が懲役代わりに奴隷の身に墜ちる。まあ、合法じゃない奴隷もかなりいるが、ここではそこまで重要でない。
奴隷商人には人には言えない趣味を持つ貴族のお得意様が沢山いるので、あまり強く取り締まれないのだ。だが麻薬の不法所持、特に販売目的の所持は重罪だから、終身刑、死刑は免れないだろうな。
絶賛絶望中の商人を放っといて、保護された三人の奴隷を眺めている。
二人は十代後半の男女。男はなかなかに立派な体格をしている、おそらく労働奴隷だろう。女の方はそれなりに着飾っていてるから、どこかの貴族の性奴にでもなるはずだったかも知れない。この二人は特に問題がなければササの街で解放されるだろう。
だが最後の一人はそうはならないだろうな、と思った。声には出していないが騎士達も畏れるような忌むような顔をしている。
最後の一人は全体的に薄汚れているが、紅い髪に碧色をした右目を持つ、おそらく年下であろう少女。そして――。
――金色に光り輝やく左目。
通称魔眼。またの名を厄災を呼ぶもの。
先天的に体が壊れる程の魔力過剰に見舞われた者の瞳は金色に光り、やがて体に限界がくると内に秘めた魔力が暴走する。過去には街の一つや二つ消えている。
よく生きていたな、と言うのが素直な感想だ。大抵は生まれて直ぐに殺されると言うのに。
そして頭の中で一つの計算が行われる。
少女が暴走するリスクと将来の忠実な駒になるだろう確率。失敗すればかなり危ないが、成功すれば大きな戦力になる。
正直なところ多少のリスクを背負ってでも戦力は欲しい。
上手く調教できるだろうかと不安を抱きながらも、打算と僅かな憐憫で少女を引き取る事が決定したのだった。