◆親子
短めです。
挨拶をした後はアルフレッド様を中心に派閥の子供達で親交を深めて行った。結局夜会は深夜二時頃まで続き、そこでお開きとなった。
侍従を連れて家に帰る夜道は暗く、月明かりが僅かに光る限りだ。
メディル邸からアルベル邸までは歩き終え屋敷の中に入る。帰ってから一息ついた後、父上に話しかける。
「父上、お話ししたい事があります」
「何だ? 言ってみなさい」
父上は椅子に腰掛け、正装を着崩している。
「はい、本日の夜会の事ですがアルフレッド様とお話しする機会がありました。そこでアルフレッド様は、公爵家の長男としてより良く民衆を導かならねばならないとおっしゃっられておりました」
「……」
父上もそれなりに大事な事だと判断しているのか、俺の目を見据えながら静かに聞いてくれている。
「――そのために努めて勉学に励み、知識を蓄えなければならない、と。その話しをお聞きして私は思いました。私は今まで何かを為すために知識を増やしていた訳ではありませんが、私もアルフレッド様のように貴族として、高貴なる者の義務として民衆を導かなければならないと。しかし私はまだ若輩の身、当然のように力がありません。なので辺境伯領の一部を頂き、そこで経験を積みたく存じます。許可をいただけますか」
父上は俯き、顎に手を当てながら数秒黙考し、「そうか……」と呟いた。
再び顔を上げた父は優しげな表情をしていて、瞳からは寂しさと嬉しさが混じり合ったものを感じた。たぶん子供が自立しようとした事が嬉しい反面、抜け落ちるような寂しさがあるのだろう。
自分で言うのも何だが、父上と母上は私を溺愛している。貴族の長男、次男は将来家を継ぐ為に、厳しく躾られる傾向が強い。が、三男以降は家督を継ぐ可能性が低く、甘やかされるか足蹴にされるかだ。(俺にとっては)幸い、病弱だった事もあってか前者だった。
「なるほど、ジュリアはそっちを選んだかぁ……。ジュリアなら末は大臣も無理ではないと思うがな。まあ、ジュリアが選んだのなら反対はしない。拝爵の手筈は私が整えておくが、どこが欲しいんだ?」
どこが? とはアルベル辺境伯領のどこを領土にするかと言うことだ。当然の如くアルバロン島の近くが望ましいので、そこを要求する。
「セイロン地方です。父上」
「セイロン地方? わざわざ辺鄙な場所を選ばなくても良いんだぞ」
父上が驚くのも無理はない。セイロン地方はアイカシア王国の最南端に位置する、葡萄とオリーブが細々と栽培されている土地だからだ。
「いえ、セイロン地方が良いんです。かの地方はアルベル辺境伯領でも開発が遅れていますし、エルリック兄様もシャンデの開拓に一杯で手が回らないようですから」
「そうか……でも本当に良いんだな?」
念を押す父上。
「はい」、
「ではそのようにしよう」
ふうっと息をついた父上は軽い笑い、椅子から立ち上がる。そして俺にすっと近づき、頭をくしゃくしゃに撫でる。
「……」
しばらく無言のまま撫でられ続ける。父上の暖かい体温を感じながら思う、俺はあまり父上を父親だとは思えない。何と言うか親しい他人としか思えないのだ。
「ジュリアは昔から病弱な事以外は手のかからない子だったな」
でも、父上も母上も当然のように我が子を愛す。
髪が一房掬い上げられる。
「私がジュリアぐらいの頃は漠然としか貴族の義務を理解していなかった。だがジュリアはもう貴族としての責務がなんたるかを理解している」
父上は穏やかな声で語りながら、掬い上げた髪を丁寧に梳く。
「ただ早熟なのか、そうでないのかはわからない。ジュリアは死にかけた経験があるせいか、私には酷く達観しているように、世の中を煩わしい物のように感じているのではないかと思う事がある」
何もかもが心地好くて。
「不思議だな。我が子の事なのに何もわからない。でも――」
父上の胸に顔を埋めているから、父上の表情はわからない。だけど、
「――やりたい事を見つけたんだろ。だったら全力でやりなさい」
不思議と父上の顔がはっきりと浮かんだ。慈しむ顔だった。
「それから私をもっと頼りなさい。マリアもだ」
「…………」
俺は何も言えなかった。だけど父上にはそれで伝わったらしい。まったく、人は見ているものだ。
温もりが消える。
「今日はもう遅いから、寝なさい。エルリックには私から連絡しておく」
父上は扉に手をかける。
「父上!」
振り向く。
「……おやすみなさい」
笑った。
「ああ、おやすみ」