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◆転機


 城壁で誰何された後、都市の中に入る。

 城壁から横幅が二十メートル程の水路を通り、アルベル家が王都に所有している屋敷に向う途中、窓の外を眺めていると、人々が商う声が響く。

 アルベル家の本宅がある、リランカの街も栄えていたがフルストトルク程ではなかった。

 二十分程で屋敷付近にたどり着くと、石畳の地面に降りる。護衛を伴って貴族街を歩いていると、一際立派な建物が見えてくる。

「本宅に着きましたよ」

「そのようだな」

 護衛が門を開けさせ敷地の中に入ると、二列に並んだ使用人達が一斉に頭を下げてくる。そしてその奥には四十代前半のロマンスグレーを体言したような紳士が立っていた。

 半年ぶりに会うが父上だ。自らお出迎えとは予想していなかった。

「父上、お久しぶりです」

「良く来たな、ジュリア。初めての長旅で疲れているだろうから、とりあえず中に入りなさい」

「はい」

「ジュリア様。お部屋にご案内しますのでついてきてくださいませ」

 一人の侍女に頭を下げられて、客室に案内されようとするとき、父上が不意に思い返したように、

「あぁ、アリカ。」

 俺の後ろをついてくるアリカを呼び止める。

「何でしょうか? フラム様」

「サルミヤに、君の父に会いに行くといい。たぶんサルミヤは自ら会おうとはしないだろうからね」

 父上はどこか不器用な友人を気にかけるように話す。

「じゃあ頼んだよ」

「はい。ありがとうございますフラム様」

 どこか苦笑いを浮かべる父上と対称的に、まったく表情を変えないアリカ。そんなアリカを見ながら、近くて遠くにある、触ったら壊れてしまいそうな硝子細工に思いを馳せる。

「では、案内します」

 仕切り直すように侍女が言葉を発し、屋敷の中に入る。

 大理石のエントランスホールの左右にある階段を昇り、扉が並んだ廊下を歩く。その中の一つの前で止まり、部屋の中に入る。

 そして、夕餉の時間まで休む事にした。






 完全に日が沈んだ後、侍女が食事の用意ができたと喚びにきた。

 普段ならアリカは食事中も側に控えるのだが、今は父親に会いに行くらしく、苦虫を潰したような表情で言っていた。

 侍女に連れられて食事をしに向かうと、すでに父上と母上、それにアイカシア騎士団に所属している兄上と、王都の騎士学校に通っている姉上が、つまり辺境伯領に居るエルリック兄上以外はこの場に居るようだった。

「遅れて申し訳ございません」

 詫びを入れると、

「気にするな、早く席に座りなさい」

 と父上が。

「そうよ、食事が冷めてしまうわ。ジュリア」

 母上が言うので、一つだけ空いている席に座ると、

「久しぶりね。元気にしてた?」

 腰まで伸びた金髪をポニーテールにし、切れ長の蒼い瞳が凛々しい姉上が話し掛けてきた。

「はい。最近は殆ど体調を崩さなくなりました。姉上もお元気そうでなによりです」

 ちなみにアルベル家は母上と俺以外は皆金髪碧眼である。母上は長い黒髪のおっとりした人でまだ三十代だ。

 食前のお祈りをした後、食事を始める。

「それにしてもしばらく見ない間に背が伸びたのね。最後に会ったのはいつだったかしら?」

「姉上が騎士学校に通い始めてからはお会いしていませんから、三年ぶりですか」

 ステーキを切り分けながら、姉上に応える。

「結構会ってなかったのね。ここにはどのくらい滞在する予定なの?」

「四日後に開かれるメディル公爵家御令嬢の誕生パーティーに出席するまでは居ますから、一週間ぐらいでしょうか」

 ステーキのかけらを口に運ぶと、塩しかかけられていない、良く言えば素材を活かした味がする。アイカシア王国は地理的な事情で香辛料が非常に手に入りにくい。王族でも特別な日にしか食べる事ができない程高価なのだ。

「もっと滞在すればいいじゃない」

「冬が来る前には帰りたいので……」

「久しぶりに会うのに薄情なのね。お姉さんとても悲しいわ」

 明るい表情から一転悲しそうな表情をする姉上。姉上とそんなに深い付き合いではない男なら、姉上の憂いを帯びた表情に慌てふためくのだろうけど、わざとだとは判っているからどうという事はない。

 ただ、付き合ってあげないと拗ねるけど、昔散々遊ばれたので付き合わない。

「姉上はそんなに外泊許可がとれないのではないのですか?」

 騎士学校は寄宿制の学校なので、簡単には外泊許可が取れない。

「確かにそうだけど……。昔は姉上、姉上って可愛かったのに。ねぇ?」

「記憶を捏造しないでください姉上」

 その後、久しぶりの一家団欒を楽しみながら食事を終える。

 デザートとして果物を食べながらカードゲームに興じていると、父上が思い出したように執事を呼びつける。

「例の物を持ってきなさい」

「承知いたしました」

 一礼して部屋から出ていく執事を見て、姉上は気になったのか、父上に話し掛ける。

「お父様、例の物とは何ですか?」

「贔屓にしている商人が珍しい物を持ってきてね、何でも体に良いものらしくてねジュリアに食べさせようと思ったんだよ」

 地球で言う、コントラクトブリッジをしながら待っていると、執事と何故かアリカもついてきた。手には結構大きな卵型の果実を持っていた。

「用事は済んだのか?」

「はい。ジュリア様が得体の知れない物を食べるという事なので毒味に」

 どうしてアリカが居るのだろうかという疑問を察したのか、アリカは疑問に答える。

「これは何ですかお父様?」

「ああこれはだな、何でもアルバロン島で取れる果実でな、カカコの実というらしい」

 使用人に果実を切らせると、中には二十数個の種状の物が。

「これ、食べれるの?」

「この種を食べるらしいが……」

 父上と姉上の会話を尻目に、俺は内心とても驚いていた。これ、カカオじゃないか?

 情報が少なかったが、俺は確信を持っていた。なぜなら前世で特に趣味や好きな物がなかった俺だったが、チョコレートだけは別だった。大抵のチョコレート菓子は作れるし、チョコレートにだけはうるさいという自覚がある。言うなれば生き別れの双子に会ったようなものだ。見間違えるはずがない。

 運命の出会いに感動をしていると、アリカがカカオを実を食べたらしく、顔をしかめている。当然だ、カカオはそのまま食べる訳じゃないからな。

 姉上はアリカの反応を見て、興味を持ったらしく一つ口にいれる。

「…………」

 無言だった。

「食べれる味ではなさそうですね父上。気持ちだけ貰っておきます。後この実、貰ってもいいですか?」

 父上は悲しそうな顔をしていたが、今はどうでもいい。

 俺は今、自分が転生した理由を確信したのだ。頭の中でチョコレートの生産計画を考える。

 アリカが珍しそうな顔をしていたのには気づかなかった。


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