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◇旅行


 十二歳のある日。秋の頃。

「ジュリア様。エルリック様がお呼びです」

 日課である剣術の鍛練が終わり、風呂で汗を流した後、メイド兼護衛であるアリカから伝言を承けた。

 エルリックは今年二十四歳になるアイカシア王国辺境伯であり、俺の兄に当たる人物だ。

 ここ最近は特に体調を崩す事はなく、何か問題を起こした記憶はない。

 兄から呼び出される理由が想像できないが応じない訳には行かない。今は素直で聡明な子供として通っているのだ。

 白を基調とした落ち着いたメイド服を着たアリカに礼を言うと、俺はエルリックが居る執務室に向かい、ドアをノックする。

「入りなさい」

 耳に心地好く柔らかな声だが、言葉に強制力がある。貴族の威厳だろうか?

「失礼します」

 落ち着いた雰囲気の執務室はとても趣味がいい。高価な家具が完璧に調和し、誰が見ても品があると答えるだろう。その中に居るエルリックは俺の一挙一動を見つめていた。

 この世界で生まれて十二年、仕込み込まれた儀礼でエルリックに挨拶し、用件を聞く。

 俺の所作が終わると、エルリックの張り詰めた表情が柔和に変わる。どうやら合格のようだ。アルベル家の当主として敏腕を奮うエルリックはかなり礼儀作法にうるさい。まあ、貴族社会で生きるには隙を見せる訳にはいかないから当然の事だろう。時に礼節はあらゆる武器よりも鋭利になる。腹芸ができなければ貴族なんてやっていけない。

「御用件をお伺いしても宜しいでしょうか」

「もう、楽にしていい」

 エルリックは艶やかに微笑みながら、甘い声で囁く。

 俺はいつみてもこうやって女を手玉にとっているのかと感慨深く思う、真似できそうにないが。母マリアの容貌を受け継いだエルリックは、身内贔屓を抜かしても美しい。物語から抜け出した白馬に跨がる王子様と言っても過言ではない。

 凛として涼やかな武人である父に似た、次兄や姉も見た目麗しいが、エルリックには一歩及ばないと思う。この人は自分の魅せ方を知っているのだ。

 多少身体から力を抜くと、エルリックが話しを切り出してきた。

「ジュリアも知っていると思うけど、メディル公爵家御令嬢のカトレア様とアイリス様の十二歳の誕生日パーティーが十の月の八日に開かれる。本来なら当主である私が参加しなければ行けないんだけど、このところ仕事が立て込んでいてね、行けそうにない。何となく察しがついたと思うけど、私の代わりにパーティーに参加して欲しいんだ。行ってくれるよね?」

 終始にこやかなままエルリックは喋り続ける。一応お願いの形をとっているが、これはほぼ強制だろう。

「別に気負はなくていいよ、ジュリア。今回は誕生日パーティーを理由に、父上がジュリアに会いたがっているだけだから。それにパーティー自体も大した規模じゃない」

「……父上がですか?」

 父上がね……。自分の事ながら意外に思う。

 父上はアイカシア王国の要塞。軍事の要である三軍の一つ、アイカシア騎士団の総帥を勤めている。メディル公爵も同じく三軍の一つである近衛騎士団の総帥であり、二人は騎士学校から旧知の中だから、多少の無礼は許されと思うが……。

 エルリックは訝しいんだ俺の視線に気づいたのか、少し苦笑しながら続ける。

「どうやらメディル公爵もジュリアに興味があるらしくてね。もし相性が良かったらの話しだけど、御令嬢の婚約者にとお考えになられているみたいなんだよ」

 婚約者か……。

 その後エルリックと二、三言交わした結果、結局パーティーに参加することになり、王都フルストトルクへの準備を進める事になった。

 部屋に戻り就寝の準備をした後、一人で寝るには広すぎるベッドの上で今までを思い返す。

 転生して思った事だが貴族と謂うのも意外に苦労が多い。アルベル辺境伯爵家三男に生まれた俺はかなり恵まれている方だが、貴族には義務が多く、上手く社交会で立ち回らなければ、いずれ没落してしまう。政略結婚なんて当たり前だろう。

 まあ、それでもこの時代の平民と比べたら雲泥の差があるが。魔法と言う圧倒的な力を持つ貴族に代替の効く消耗品として扱われる平民よりはずっとましだ。

 可哀相だとは思うが、特に行動しようとは思わない。自分の身が一番大事だ。下手な事はしたくない。

 三男だし、適当に領地分けて貰って領地経営でもするか、軍に入って騎士になるかぐらいしか選択肢がないが、どちらにせよ安定して平均以上の生活をしたいものだな。

 月明かりの下、俺は深い眠りに落ちた。






 俺は今、エルリックとの会話から三日後、王都フルストトルクに向かう為に馬車に揺られていた。

 一応街道は整備され、馬車も貴族御用達の最高級の物だが、この時代の技術の限界か結構揺れて尻にくる。

 これが三週間続くのかと思うと暗鬱とした気持ちになる。

「ジュリア様。大丈夫ですか?」

 何となく下を向いていると、隣で揺られていたアリカがルビーのように紅い瞳で覗き込んでくる。メイド服に帯剣していなければ良家の令嬢に見えるかも知れない。

「ああ、大丈夫だよ。心配しなくていい」

「そうですか? あまり無理なさらないでくださいね」

 そう言って、セミロングの淡い金髪を揺らしながらアリカは元の姿勢に戻る。揺れに動じず、まったく疲れた様子を見せない。アリカもリランカの街から出るのは初めてのはずなんだが。鍛え方が違うのだろうか?

 アリカは昔からアルベル家に仕える従者の家系で、母上が俺を身篭ったのに併せてアリカも身篭られた。現在アリカは俺より二ヶ月程後に生まれた十二歳。つまり俺に仕える為に生まれてきたと謂うことだ。アリカは数年前まではその事に悩む、というか自分の人生に、存在に価値はあるのかとか考えていたようだけど、今は上手く折り合いをつけているようだった。

 アリカは幼少期からアルベル家の盾となり剣となるため、武術を含め色々とこっちが引くぐらいのスパルタ的教育を受けているから、俺はみたいに素人に毛が生えたレベルの剣術では話しにならないし、そこら辺の兵士より余裕で強いだろう。

「んっ? 何か顔についてますか?」

 俺がずっとアリカの顔を見詰めていたのに気づいたのか、話し掛けてくる。

「いや、アリカは疲れないていないのかなと思って」

 アリカの事を考えていたとは気恥ずかしくて言えないから、適当にごまかす。

「馬の方がかなり揺れますから平気ですよ」

「そうか。アリカも無理するなよ」

「ありがとうございます。ジュリア様」

 俺も一応馬に乗れるんだけどなぁ。とか思ったが特に何もせず、アリカとの会話はなくなった。

 手持ち無沙汰になった俺は暇つぶしに持ってきた本を読みながら、次の街への到着を待つ。




 途中に立ち寄った街で見たことの無い本はとりあえず買い占めながら、道中でそれを読みあさる。

 この時代の本は非常に高価なのでアルベル家の財力がなければできない所業だ。多分、下手な貴族の財産じゃ買えない。

 改めて自分の境遇が恵まれているなと思っているうちに、王都フルストトルクにたどり着いた。

 正確には近くにたどり着いたと言うべきか。

 フルストトルクはアイカシア王国の北にあるトルク湖の上に建てられた計画都市だ。半径一キロメートルの円の中心に王宮があり、外に行くにつれて身分階層が低くなる。蜘蛛の巣状に張り巡らされた水路が王都での道となる。白で統一された建物と透き通る程澄んだ水が調和した美しい都市らしい。

 湖畔にある小さな宿場街に馬車を留め、王都へ行くために客室のついたゴンドラに乗る。

 俺とアリカ、護衛数人全員が乗り終えると水夫がゴンドラを漕ぎ出す。

 客室――と言ってもささやかな物だが――の窓から湖を見ると、太陽の光が水面で反射し、澄んだ水の中に魚が数匹泳いでいる。

 何とも言えないが感動する。直に魚を見たのは久しぶりだ。

「あっ! ジュリア様、街が見えてきましたよ!」

 隣に座るアリカが珍しく年相応にはしゃいでいる。

「おおぉ」

 思わず出た感嘆の言葉。

 白い街壁の上に覗ける、白亜の城。

 天を貫くかの様な巨大な城は、太陽に照らされて光り輝いている。

 城の周りにある四つの尖塔には、結界の魔術を発動させる陣が組まれており、ただ美しいだけでなく防衛力もある。

「凄いな!」

「凄いですねぇ……」

 眼下の光景に圧倒されながらも、ゴンドラは進み、旅の疲れを吹き飛ばす程に気分を高揚させる。

 少し憂鬱だった旅も悪くなかったと思える程だった。


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