◆訓練
短い上に、会話が続かない……
時は流れ、ルルの町を拠点にし始めてから一ヶ月たった。
ユーサーに呼び寄せさせた奴隷商人から、健康で魔術的素養のある十歳程度の人間を二十人買い、現在思案している教育計画の第一期生として指導を始めている。何故二十人なのかと言えば、最初から何百人も指導できるはずもない、効率的な教育方法がわかっていない状況では多大な労力が必要となるからだ。俺が教育に関わるのは最初だけで、システムを作り上げ終えたら適任に押し付ける予定だ。
健康と言っても奴隷にしては健康であるだけで、同年代の一般的な子供よりは成長が遅れている傾向があった。そこで健康水準を高める為にバランスのいい食事を与え、体を作る為の基礎訓練をさせる。さらに魔術を覚える為に必須となる読み書きと魔力操作の基礎も平行して行っていた。
これだけの事をするのに一ヶ月。他にも連れてきた領兵に町の周辺の魔物を退治させたりしたが、本当にその程度だ。
そして今、基礎訓練をある程度こなせるようになった奴隷達を一組五人の小隊に四つに分け、俺の剣の師匠であるロバートと、アリカで集団戦闘の指導を行っていた。
「…………」
屋敷にあるバスケットボールのコートほどの庭は、なかなかに手入れがなされていて趣味がいい。その庭の中心で極彩色の花々を背景に、青眼に剣を構え無言で佇むアリカは冒しがたい静謐な空気に包まれている。
老いたロバートは実際に戦う事ができないので槍の基本的な扱いと仲間との連携方法を教え、実際にはアリカが訓練をつけている。
小隊の一つがアリカを囲み槍を構える。が、隙のない構えと人形のような硬質な美しさから発せられる威圧感に一歩も動く事ができない。
まあ、仕方ない事だと思う。アリカが意識してやっているのかはわからないが、色のない切れ長の瞳はいつも怒っているように見えて取っ付きにくい印象を与える。簡単に言えば美人が怒ると怖いと言う奴だ。
「やあぁぁ!」
刻み付けられた男の蛮勇か、小隊の中ではわりと好い体格をしている少年が腰だめに槍を構えながらアリカに突撃する。
「……」
アリカは少年の突撃を冷めた目で見ながら訓練用の木剣で槍の穂先をちょいと逸らし、少年の溝尾に、少年の突撃の勢いを利用した膝蹴りを食らわす。
痛そうだなぁとは思うが所詮他人事なので、それ以上興味が湧かなかった。
うめき声をあげる少年を歯牙にもかけず、アリカはただ一言。
「……次」
「凄いですね」
「ああ確かにな」
ユグレインが隣でほんわかした表情をしながらも魔力操作の練習に励んでいる。上手くなったもので魔力を蝶の形にし、維持している。相変わらず魔術に関しては天才的な成長速度だ。ちなみに俺は五年間の鍛練により同時に七匹の蝶々を舞わせる事ができるが、ユグレインが追いつく日はそう遠くないだろう。
たまに運ばれてくる怪我人を治療しながら、ユグレインと訓練を観戦している。アリカは基本的に怪我をさせないように手加減しているのだが、体に覚えるさせる主義なのか致命的な隙を見せた際には容赦ない一撃を叩きこんでいた。
アリカが小隊一組を相手している間に、ロバートが残り三組をアリカ戦の反省を踏まえた上で戦い方を教える。最初からできるだけ実践的な訓練を頼んだ結果がこれだ。俺の魔術の師匠サルサによると後二ヶ月もすれば初級魔術を使えるようになるらしいので、その頃を目処に実戦を経験させるつもりだ。
本来なら訓練を手伝っている場合ではないのだが、如何せんすることがない。だがこういう事は焦っても仕方がないとわかってはいるのだが、地球で食べたチョコレートの味を思い出す度に切なくなり、恋にも似た感情を自覚する。
二十歳までには食べたいなぁ。想いは積もる一方だが今は着実に進めていくしかない。
そんなこんなで訓練を眺めるのだった。