◇煉瓦
サブタイトルが思い付かなくなってきた。煉瓦あんまり関係ないです。
「ジュリア様。もうじきルルの街に着きます」
エルリック兄様との会話から十日後、三日の旅路を乗り越えセイロン地方の唯一外壁のある街ルルが見えてきた。
声をかけてきた男はユーサー。俺よりも頭一つ分以上背が高く漆黒の髪をオールバックにしていて兄様の部下に当たる人物だ。鋭い眼光はとても十六歳には見えない。片眼鏡が似合いそうな有能な文官だ。
馬車の中から見える街壁は赤く、ゆっくりと大きくなって行く。そして門の前に立つ衛兵が見えてくると、その大きさが大人二人分より高い事がわかる。小さい街なのに立派な物だと思う。まあ、街の立地を考えれば必須何だろうけど。
「大きいですね」
例の如く隣に座っているユグレインが楽しそうに話しかけてくる。これより大きい外壁ならリランカで見ただろうに。
「そうだね」
「はい!」
俺の生返事気味の言葉にも本当に楽しそうに返事をする。ユグレインは教育の結果か、俺以外の前ではびくびくして目を合わせないのに、俺の前では酷く従順で声をかける度に心酔したような顔をする。
ちょっと問題だよな……。あれだけ他の人間を怖がっていると、使い物にならない。いずれ何とかしないと。
「そう言えば、ジュリア様。ルルってどんな所何ですか?」
だけど、目尻を上げ翡翠の瞳を輝かせるユグレインを見ると、特に問題がないように見えるから不思議だ。
そういえばセイロン地方について説明していなかったなと思い出し、説明を始める。
ルルはセイロン地方の開拓の拠点になる海にほど近い人口千数百人の街だ。今後はセイロン地方はアルバロン島の開拓に必要な物資の供給地として開拓を進める予定だ。主だった産業は街壁の外の柑橘類とオリーブ、海では塩だ。
セイロン地方は概ね二つの気候に分けられる。一つは内海に面した乾燥した気候。ルルのこれに当て嵌まり、降水がほとんどなく土地は豊かとは言えない。ルル以外の小さな村落でも柑橘類やオリーブが細々と栽培されている。もう一つは大陸最西端にある火山を中心にした温暖で一定量の降水がある気候。火山の恵みを受けた豊饒な土地だ。
この立地条件だけを見れば人が住むのに適した土地であるのに、何故開拓が進んでいないのか疑問に思うかも知れない。が、理由は単純だ。魔物が蔓延っているのだ。
一般的な成人男性が倒せる魔物は、魔物の中でも最弱と言われる小鬼程度だ。もっともその小鬼でさえも徒党を組む事から倒すのは難しい。故に開拓を進めるには魔物を倒す戦士と実際に開拓する農民が必要となり、地球での開拓以上の困難を伴う。
「そうなんですかぁ。私、ジュリア様のお力に成れるように頑張ります!」
一通り説明を終えると、ユグレインは両手を胸の前で握りやる気を見せる。まあ、ユグレインには役立ってもらわなければ困るのだが。
そんな困難極まりない開拓事業にも一つだけプラスの要因がある。それはこの世界に存在する魔法と言う異能だ。ユグレインのような例外は少ないが、この世界の人間は少なからず自らの体に魔力を宿し、その中で適性のある者は万物の理を支配する。
ただ魔術もいいことずくめではない。その中の一つは習得には金がかかる事だ。魔術の習得、鍛練方法は門外不出の場合が多く、魔術を教授して貰うには多額の謝礼が必要になるからだ。他には、人は皆得手不得手とする魔術系統があり、すべての人間が戦闘に役立つ魔術を覚えられる訳ではないと言う事がある。
ちなみに上記前者の理由から魔術を扱える人間は貴族が多い。またそれは貴族が貴族たる存在であるための大きな一因でもあったりする。
その事を踏まえた上で今回俺は、魔術の才能のある子供――特に孤児や奴隷を集めて教育を施し、屯田兵としてアルバロン島の開拓で経験を積ませ、時期が来たらアルバロン島の開発に派遣すると言う計画を立てた。
何はともあれ、思考に耽っている間に街の中にたどり着く。粘土でも採れるのだろうか? 家々は赤い煉瓦で建てられている。統一感のある街並は趣がある。
もし粘土が採れるなら陶器、磁器を工芸品に成長させれば、開拓に必要な資金の足しになるかも。
「ようこそおいでくださいました。ルルの町長をしておりますジョンでございます。この度は何卒宜しくお願いします」
馬車から降りると、小柄で小太り男が禿頭にかいた汗を拭きながら、頭をペコペコさげてくる。
「そうだな、宜しく頼む」
できるだけ威圧的に、威厳をだして。こういうのは初めが肝心で、子供だからと嘗められたら後々面倒になる。最初に立場をわからる事が重要だ。
「案内しろ」
「はっ、はい。わかりました……。こちらへお越しいただけますか」
案内された赤い煉瓦の建物は、町で一番立派な建物なんだろうが、王都の屋敷やリランカの本宅に比べると見劣りする。でも、本来家なんて清潔で安全であれば気にしない性なので特に問題はない。
「お気に召されましたか?」
おどおどした態度にイラッとくるが、仕方ない事だと割り切っているので不機嫌になったりしない。
俺の側で控えていれば多少の無礼は見逃す事がわかるが、相手は初対面だ。上位の貴族の機嫌を損ねたとなれば打ち首になってもおかしくないのだから当然の反応なんだろう。
「悪くはない。住居を用意した事には感謝する」
嘗められたらいけないが、理不尽な事はしてはいけない。人間は正直なもので、表面上は従っていても内心軽蔑していれば仕事の能率は落ちるものだ。
「……!? 恐縮です」
案の定町長は驚いている。仮にも辺境伯の血筋の者が平民風情に礼を言うとは思っていなかったに違いない。
その後、適当に会話しながら、持ってきた荷物を運び込ませる。そして夜、町長と会食して一日を終えた。