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◆準備

遅れました



「父上から話は聞いたよ」

 誰が見ても高価な物だとわかるであろう家具で彩られた執務室の椅子に、エルリック兄様は細く長い足を組ませている。

 兄様が背もたれに体を委ねながら左手の親指で口元を押さえる様は一枚の絵画のようだ。

 済んだ氷の瞳に柳の眉、俺の身長が低い為か、見下すような視線を向けてくる。一般人だったら相手に不快感を与えかねないが、そこは流石と言うべきか。自分が相手より上位に位置し傅かれる対象であることを無意識の内に刷り込ませる。人の上に立つべくして生まれてきたと思わせる人だ。

「セイロン地方を開拓したいみたいだね。私としても、あの地方は遊ばせて置くにはもったいないて思っていたんだよ」

 兄様は足を右から左に組み替える。何気ない動作すら絵になる人だ。

 今まではただの事実確認のようなもので、特に兄様に表情はなかったのだが、そう言えば、と何かを思いついたようで、少し機嫌の良さそうな表情には疑問符が浮かんでいる。

「今までジュリアが何かをしたいと言った事はなかったのに、急にどうしたんだい? 何か王都で興味深い事でもあったのかな?」

 そう言って兄様が僅かに首を傾げると、艶っぽい蜂蜜色の金髪がさらりと動く。普通男がしたら気持ち悪い動作だが、何度でも言うが兄様は美形だ。恐ろしい事に普通に似合っている。

 別に隠す事でもないのだろうがカカオを見たからと言うだけでは理由が弱すぎる。色々と突っ込まれるのは面倒だ、と思い適当に省略することにする。ここで嘘をつかないのは、兄様の前で嘘をついてもばれるだけだからだ。

「王都では色々あったのですが、特にですね……、シャルロット殿下とアルフレッド様にお会いできた事が大きかったです。シャルロット殿下には王立図書館でお会いしたのですけど、噂に違わぬ御聡明さで、私とそう代わらない年齢でいらっしゃるのに、その麗しい御心でこの国を導く為に励まれておられました。夜会でお会いしたアルフレッド様も同じように、貴族としての義務を踏まえ行動に移されていました。そのお二方を見て、私も何かできないかと考えたところ、開発が遅れてるセイロン地方を開拓し安定した食料の供給地にすれば、数年前に起きた規模の大飢饉が今後起きたとしても、餓死者を出さずに済むのではないかと思いましまて」

 俺の長い独白を聞いていた兄様は、「そう」と短く呟き、しばらく俺の目を見据えて考え込む。

 氷の瞳に飲み込まれそうになる。判決を待つ咎人の気分だ。悪い事をしている訳ではないのだけれども。

「……嘘はついてないみたいだね」

 長くとも短くとも感じとれる時間の後判決が下されると、兄様から放たれる奇妙な威圧感が薄くなる。

「もっともそれだけが理由ではなさそうだけど。――まあ、理由なんて関係ないか」

「…………」

 兄様はふっと息を吐き、視線を宙に漂わせる。再び視線が俺に合わさると、兄様は話は変わるけど、と前置きして今日の本題を切り出す。

「アルベル家としてはセイロン地方の開拓に金貨千枚を初期投資として出資する予定だけど、他に必要なものはあるかい?」

 金貨千枚か、想像以上だ。物価の違いもあるから一概に言えないがおよそ一億円だと考えてもらえたらいい。金貨千枚は多いけれど、多いと言っても普通の方法で開拓したら絶対に足りない額だ。

 その懸念が顔に出ていたのか、兄様は補足の為の言葉を発する。

「あくまでこれは初期投資だから、結果を出せばもう少し出す予定だよ」

「そうですか、ありがとうございます。私は他に、サルサとロバート、後は……腕の立つ領兵を数人お貸しいただけたら後は何とかします」

 サルサとロバートは俺の剣と魔術の師匠である。二人とも歳の行ったおじさんで、俺の事を孫のように可愛がってくれている。

「それだけでいいのかい?」

 兄様は驚いていたが、俺の態度で嘘じゃないと理解したようで、

「そうか……。こちらも人手が足りないから好都合と言えば好都合何だけどね。ちなみにどうやって開拓するつもりなんだい?」

 と疑問の要因を尋ねる。

「そうですね……今のところは奴隷を買って開拓に当たらせようと思っております」

「奴隷ね……」

 兄様は難しい表情をして考え込む。

「普通にやれば上手く行かないと思うけど、ジュリアには何か考えがあるんだろう?」

 兄様の問いに頷く。勝算があるから奴隷を使う方法で開拓するのだ。

「まあそうだろうね。結局さっきの支援内容で良かったのかい?」

「はい」

 兄様が俺の返事を確認して、この話は終わりになるが、最後に一つだけ付け加えられる。

「一応お目付け役としてユーサーを就けるから、報告はしなくていい。ユーサー自体も有能な文官だからこき使ってやりなさい。私からはこれ以上話す事はないけど、ジュリアは?」

「いえ、ありません」

「ああ、セイロン地方にはいつ入るのかな?」

「一週間後を目処に考えています」

「わかった。もう下がっても構わないよ」

 兄様に一礼して扉を開ける。

 ふう、と扉の外で溜息をつく。兄様と話すのは疲れる。

 まあ、最初から金策が必要になることはわかっていた。結構な額貰えたからいいとするか。

 これからが本番だよな、と決意を固める。

 そしてこれから一週間セイロン地方に引っ越す準備をすることになる。





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