◇教育
難産でした。
自分でも何書いてるかわからないです。
突然だが指揮官に求められる能力とは何であろうか? 俺は一般的ではないかも知れないがその疑問に対する解答を持っている。
簡単に言えばそれは――。
それはカリスマ性だろう。指揮官は戦場で自軍の兵士達に命を賭させて敵を屠る事を命じる。人間は死の淵で嘘はつけない。だから俺は兵士が指揮官の命令なら死ねる、と言える程の魅力が指揮官には必要だと思う。
もちろん指揮能力も大事だが、これは部下によって補う事ができる。
唐突にこのような事を話し出した理由と言うのは、それはアルベル家が指揮官の家系だからだ。昔からサラディール帝国との国境を守護していたアルベル辺境伯領は、帝国との小競り合いが絶える事はなかった。天竜山脈を挟んでいて幾分かは防衛しやすいとは言え、国土はアイカシアの方が広くとも国力は帝国の方が強い。覇権主義的な帝国の侵略から国土を防衛し続ける為に、アルベル家は兵士達を統率し続ける必要があった。
つまりアルベル家は長い帝国との闘争の中で、兵士の心を掌握する為のノウハウが蓄積されていったと言うことだ。
だから父上もエルリック兄様も兵士の心を掴む方法を知っているし、それを応用して他の閥族貴族との権力闘争を有利に進めているのだった。
結局長々とした話の中で重要な事は、アルベル家が磨きあげた人心掌握の術を一族の一員である俺も授けられていると言うことだ。だからといって俺は使う手間を考えたら億劫だったので術を使った事がないのだけど。
だけど――。と俺は僅かに揺れる馬車の中で、俺の左隣に腰掛けている少女を見る。
先日の白いワンピースではなく上等だが旅に適した服を着たユグレインは、俺が教えた魔力操作の基礎訓練を楽しそうにしている。
ユグレインの小さな手の人差し指が宙の一点指すと、指先を中心に濃く赤色で霧状の魔力が渦巻き初める。十秒弱の間、魔力は渦巻いたがやがて虚空に融けていく。
「あっ! ……」
ユグレインは消えていった渦を見ながら残念そうにうなだれる。
教え始めてはや二日。驚異的な才能だと思う。一般的な魔術師は魔力の感覚を掴むまでに一月。実際に魔力を具現化するのに二月かかると言われている。事実、俺もそれくらいかかった。
ユグレインは魔眼持ち故に多い魔力からか、魔力の感覚を掴むのは早いのだろう。けど具体化も早いとはね、想像以上だ。
「まだ制御が甘いね。集中力が途切れがちだし力み過ぎ、もっと力を抜いて」
俺の指摘にしょんぼりとした仔犬のような表情をするユグレイン。
「でも――」
言葉を続けようとすれば、俯き気味の頭が僅かにあがる。
「前よりも良くなっているよ。頑張ってるね、ユグレイン」
さっきの鋭くて冷たい声とは一転させ、砂糖菓子よりも甘い声で優しく囁きながら、ユグレインの深紅の髪を梳く。手入れの成果が出たのかユグレインの髪は撫で心地が良い。
「あっ……」
しばらく無言で撫でていると、ユグレインは気持ち良さそうに右目を閉じて流れに身を任せる。眼帯で見えないが左目も閉じているのだろう。
俺の手が頭から離れると、名残惜しげに見詰めてくる。身長差から上目遣いになる翡翠の瞳は大きく、ユグレインを一層幼く見せる。近くにビスクドールよりも笑わないアリカが居るから隠れてしまうが、ユグレインもなかなか整った容姿をしている。後五六年経てば綺麗に成長するだろう。
今のところ、昨日から始めたユグレイン教育計画は順調な滑り出しと言っていい。最終的にユグレインを、自分でそれなりに判断することができ、かつ絶対に俺の不利益に繋がる行動を取らない駒に仕立てあげるこの計画は、まずユグレインの信頼を得る事から始まった。
俺以外の人間にはユグレインに関わらないように厳命し、俺とアリカだけがユグレインに関わる。とある聖女が言ったように、人間嫌われるより完全に無視される方が堪えるもので、存在が認められないはかなり辛い。周りの騎士達がユグレインを無視している中で、俺だけがユグレインに優しく接する。それするだけでユグレインは俺に悪い印象を持つことはないだろうし、実際少なからず俺を信頼し始めた。
他にもユグレインの体についている無数の傷を治療してやったことも大きな要因となっただろう。マッチポップ的な行いではあるが、効果的に教育を行う為だ。
次に第一段階である信頼関係の構築が上手く軌道に乗り始めたら、魔術と読み書きの教育を古来からある飴と鞭戦法で行う。
そんな感じにユグレインの心を徐々に侵食していけば計画は完了だ。
「それじゃあもう一度やって見ようか」
「はい」
扱いは慎重に、されど大胆に。背反するが教育なんてそんなものだろう。ああ、自分の手腕が試されるなと思いながらも再び魔力操作の練習を再開した。