問四 見つけられた指紋
翌朝、捜査本部はかつてない活気に沸いていた。
「九条蓮の潜伏先を特定した。投資被害者の会でも、彼は『肥後橋には最も重い罰を与える』と公言していた。数学の天才による完璧な犯罪……だが、指紋という初歩的なミスが命取りになったな」
管理官の声が響く中、戸田は会議室の隅で冷めたコーヒーをすすっていた。
数凪は、戸田が手配した安宿に身を隠している。警察は数凪を「九条の共犯、あるいは逃亡」と見て行方を追っているが、戸田が彼を匿っているとは誰も夢にも思っていない。戸田は会議を抜け出し、数凪のもとへ向かった。
「……九条が捕まるのも時間の問題だ。指紋が出ちまっちゃ、警察は止まらねえ。お前の言った『清掃員の二人組』なんて、誰も信じちゃいないぞ」
数凪は薄暗い部屋で、九条蓮の過去の資料を広げていた。
「刑事さん。数学において、美しすぎる解法は疑うべきです。九条はそんなに馬鹿じゃない。指紋を残すようなミスをする男が、ワインボトルを黄金角で並べたりはしない」
「だが、現に指紋はあるんだ」
「あれは『配置』するための指紋ではなく、『見つける』ための指紋です。犯人は九条を駒として使っている。……それより、あの二人――友部と愛川の素性は調べましたか?」
戸田は周囲を警戒しながら、自前の手帳を取り出した。
「清掃会社に問い合わせたが、あの二人は一ヶ月前に雇われたばかりの派遣だ。履歴書はどちらも偽造。そして、さっき連絡があった。……二人は今日、無断欠勤して、そのまま住んでいたアパートも引き払ってやがる。もぬけの殻だ」
数凪の瞳に、鋭い光が宿った。
「完璧だ。彼らは自分が『清掃員』として現場にいることを、誰かに目撃させる必要があった。そして、九条に罪を擦りつけた瞬間に消える。……刑事さん、九条が狙われたのは、彼がかつて僕のライバルだったからではありません」
「どういうことだ?」
「九条は、犯人たちにとっての『不完全な自分たちの影』なんです。数学で挫折し、金に執着した九条を殺害犯に仕立てることで、彼らは自分たちの『純粋な友愛』を際立たせようとしている。……彼らが次に狙うのは、九条自身かもしれません」
その時、戸田の携帯に非通知の着信が入った。戸田が警戒しながら出ると、受話器の向こうから、あの穏やかな声が聞こえてきた。
『戸田刑事。先日は失礼しました。……お隣の数凪君にも、よろしくお伝えください』
戸田は凍りついた。なぜこの番号を知っている。なぜ、数凪と一緒にいることがバレている。
『九条君は、私たちの用意したキャンバスの中で、実に良い仕事をしてくれました。ですが、そろそろ仕上げの時間です。完全数は、最後の一個を残すのみとなりました。……496。この数字を二つに割った場所で、あなたたちの到着をお待ちしています』
「待て! 友部、貴様どこにいる!」
『……数凪君なら、もう計算を始めているはずですよ。素数同士が掛け合わさって、どんな鍵を作るのか。楽しみにしています』
電話が切れた。数凪は、すでにホテルのメモ帳に巨大な計算式を書き殴っていた。
「……気づきましたか、刑事さん。496は、1から31までの全ての整数の和。そして、31は素数だ。……彼らは僕たちを試している。二人で来なければ解けない、鏡合わせの死地を用意してね」




