問二 調和の死体
所轄の会議室は、怒号に近い議論の熱に包まれていた。
「犯人は数凪零。これで決まりだ。凶器の入手ルートこそ不明だが、動機は十分。被害者の佐伯誠とは、数学準備室で何度も激しい口論を繰り返していた。目撃証言も揃っている」
捜査一課の管理官が、ホワイトボードに数凪の顔写真を叩きつけるように貼った。
「天才ゆえの歪んだ選民思想。自分を理解しない凡庸な教師を、自らの『美学』という祭壇に捧げた。典型的な劇場型犯罪だ」
パイプ椅子の列の最後尾で、戸田は苦い顔をして腕を組んでいた。
「管理官。あいつは確かに可愛げのないガキですが、あの現場の『6』に込められた意味を、隠すどころか自分から解説してくれました。犯人がわざわざあんな手の込んだヒントを出す必要がどこにありますか」
「戸田。お前はあのガキの口車に乗せられたのか? あいつは数学オリンピックの金メダリストだぞ。我々の常識を測る物差しなど、あいつの頭の中には存在しないんだ」
組織の「早期解決」という論理が、数凪という個を黒く塗り潰していく。戸田はポケットの中で、空になったコーヒー缶の感触を確かめていた。
重要参考人として連行された数凪は、取調室という「閉ざされた立方体」の中にいても、依然として超然としていた。警察が用意したカツ丼には手をつけず、ただ指先で冷たい鉄板の机に、仮想の数式を刻み続けている。
戸田が一人で部屋に入ると、数凪は顔も上げずに口を開いた。
「……刑事さん。無駄な時間はやめにしましょう。僕をここに閉じ込めても、世界の『法則』は止まらない」
「法則だと? 佐伯先生をあんな姿にしたのが法則だって言うのか」
戸田が椅子の背もたれを乱暴に引いて座ると、数凪が初めてゆっくりと顔を上げた。その瞳は、深淵のように静かで、どこか遠くを見つめていた。
「6は始まりに過ぎない。自分自身を除く約数1、2、3をすべて足せば6になる、最初の完全数。そして、次は『28』です。1、2、4、7、14。これらを足せば28になる。犯人はこの『調和』を完成させるために、すでに次の座標を選んでいるはずだ」
「……場所はどこだ」
「僕をここから出してください。そうすれば、計算してあげますよ。刑事さんの『勘』では辿り着けない場所にね」
数凪の言葉を「ハッタリ」だと切り捨てた上層部を嘲笑うかのように、数時間後、戸田の無線が悲鳴を上げた。
『――現場は、ベイエリアの28階建てビル、最上階ラウンジ! 被害者は投資コンサルタント。現場の状況が……佐伯殺害の事件と酷似しています!』
戸田は取調室の重い扉を、文字通り蹴破るようにして開けた。数凪は窓の外の夜景を眺めながら、微かに口角を上げていた。まるで、自分の導き出した解が、世界によって「正解」だと認められたことを喜ぶかのように。
「……証明されましたね、刑事さん。さあ、28階へ行きましょう。そこには、僕たちの理解を超えた『美しい共犯』の影が落ちているはずだ」
戸田は、管理官の怒鳴り声を背中で聞き流しながら、数凪の腕を掴んだ。
「……おい。その『共犯』ってのはどういう意味だ」
「僕とあなたのように、一方が計算し、一方が動く……そんな非効率な関係じゃない。彼らは一つの数式の中に溶け合っている。互いが互いの約数であるような――『友愛』という名の呪縛です」




