表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢は片付けられない公爵様の侍女になりました ~整理整頓スキルで屋敷も心も立て直します~  作者: はるのあめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

あるべき場所へ

承知しました!第6話(最終話)に適切な空行を挿入します。


第6話 あるべき場所へ

エドワード・カーライルの逮捕から、一ヶ月が経った。

 

王家への横領、虚偽告発、そして——ホワイト子爵家を没落させた詐欺の罪。全てが明るみに出て、エドワードは爵位を剥奪され、領地も財産も没収された。今は王都の牢獄で、残りの人生を過ごすことになるという。

 

「因果応報、とはこのことですね」

 

セバスチャンが、淡々と言った。

 

「人を陥れた者は、いずれ自らも陥れられる」

「……ええ」

 

私は複雑な思いで頷いた。

 

かつて愛した人だ。憎んでいないと言えば嘘になる。けれど、彼の末路を喜ぶ気にもなれなかった。

 

ただ、一つだけ。

胸のつかえが、ようやく取れた気がした。

 

* * *

 

さらに嬉しい知らせがあった。

 

エドワードの詐欺が明らかになったことで、ホワイト子爵家の借金は無効とされた。騙し取られた財産の一部も戻り、家名の復権が認められたのだ。

 

「リーナ、これを」

 

公爵様が、一通の書類を差し出した。

 

「これは……」

「ホワイト子爵家の復権証明書だ。王家から正式に発行された」

 

私は震える手で、それを受け取った。

 

父の名前、母の名前、そして——私の名前が記されている。

 

「……っ」

 

涙が溢れた。

 

「お父様、お母様……」

 

もう二人ともこの世にはいない。

けれど、汚された家名が清められた。それだけで、十分だった。

 

「ありがとうございます、公爵様」

「礼を言うのは俺の方だ」

 

公爵様が、私の涙を指で拭った。

 

「お前がいなければ、カーライルの悪事は闇に葬られていた。お前の家も、名誉を取り戻せなかっただろう」

「でも、調査をしてくださったのは公爵様です」

「きっかけをくれたのは、お前だ」

 

公爵様が、微かに笑った。

最近、この方はよく笑うようになった。

 

「さて、リーナ」

「はい」

「改めて、話がある。ついてこい」

 

* * *

 

公爵様に連れられて向かったのは、西棟だった。

 

あの日、私が禁を破って開けてしまった——お母様の部屋。

 

「公爵様?」

「入ってくれ」

 

扉を開けて、息を呑んだ。

 

部屋は、あの日私たちが片付けた時のままだった。

けれど、それだけではない。窓辺には新しい花が飾られ、化粧台には真新しいレースのクロスがかけられている。

 

そして、部屋の中央には——小さなテーブルと、二脚の椅子が置かれていた。

 

「公爵様、これは……」

「母の部屋を、俺たちの場所にしたいと思った」

 

公爵様が、窓辺に立った。

 

「母は、俺に幸せになってほしいと願っていた。日記に、そう書いてあった」

「ええ……」

「だから、ここで伝えたかった。母に聞いていてほしかった」

 

公爵様が振り返り、私の前に跪いた。

 

「……っ、公爵様!?」

「リーナ・ホワイト」

 

銀の瞳が、真っ直ぐに私を見上げる。

 

「俺は口下手で、不器用で、十年も屋敷を荒れさせるような男だ。お前には苦労をかけるかもしれない」

「そんな——」

「だが、お前を愛している。誰よりも、何よりも」

 

公爵様の手が、私の手を取った。

 

「俺の妻になってくれ。共に生きてくれ。この先の人生を、お前と歩みたい」

 

涙が止まらなかった。

 

「……はい」

 

声が震えた。

 

「私も、公爵様を——いえ、アレクシス様をお慕いしています」

 

初めて、名前で呼んだ。

公爵様の——アレクシス様の目が、大きく見開かれた。

 

「私の居場所は、あなたの隣です。どうか、傍に置いてください」

 

アレクシス様が立ち上がり、私を抱きしめた。

 

「ありがとう、リーナ」

 

窓から差し込む光が、私たちを包んでいた。

どこかで、優しい風が吹いた気がした。

 

お母様が、微笑んでくださっている——そんな気がした。

 

* * *

 

結婚式は、春に行われた。

 

王都中の貴族が集まる盛大な式になった。氷の公爵が、没落した子爵家の令嬢を娶る——その話は、社交界で大きな話題になったらしい。

 

「お美しいですよ、奥様」

 

控え室で、セバスチャンが目を細めた。

 

「奥様、だなんて……まだ慣れません」

「すぐに慣れますよ。これからは、私があなたにお仕えする番です」

「セバスチャンさん……」

「長く生きてきましたが、これほど嬉しい日はありません」

 

老執事の目に、涙が光っていた。

 

「旦那様を、どうかよろしくお願いいたします」

「……はい」

 

私は深く頷いた。

 

* * *

 

結婚から、三ヶ月が経った。

 

公爵邸は、今では王都一美しい屋敷と呼ばれている。

庭には花が咲き乱れ、窓は磨き上げられ、廊下には柔らかな光が満ちている。使用人の数も増え、屋敷には笑い声が絶えない。

 

「リーナ」

 

執務室から、アレクシス様の声がした。

 

「はい、何でしょう」

 

扉を開けて、私は思わず眉をひそめた。

 

「……アレクシス様」

「なんだ」

「また書類が散らかっていますわよ」

 

机の上に、書類が乱雑に積み上げられていた。

私が整理した棚から引っ張り出したのだろう。明らかに、わざとだ。

 

「ああ、そうだな」

 

アレクシス様が、悪びれもせずに言った。

 

「片付けてくれるか」

「……もう」

 

私は溜息をついて、机に近づいた。

すると、アレクシス様の腕が伸びて、私の腰を引き寄せた。

 

「きゃっ——」

 

そのまま、膝の上に座らされる。

 

「あ、アレクシス様!?」

「お前に片付けてもらいたくて、わざと散らかした」

 

耳元で囁かれて、顔が熱くなった。

 

「そんな理由で……」

「お前が来てくれる口実が欲しかった」

 

アレクシス様の腕が、私をきつく抱きしめた。

 

「リーナ。俺はお前がいないと駄目なんだ」

「……アレクシス様」

「いつも、傍にいてくれ」

 

呆れるやら、嬉しいやら。

 

「……仕方ありませんわね」

 

私は微笑んで、アレクシス様の胸に頭を預けた。

 

「では、ずっとお傍におりますね。散らかし放題の公爵様」

「ああ。頼む」

 

窓から差し込む光の中で、二人で笑い合った。

 

* * *

 

散らかり放題だった公爵邸は、今では王都一美しい屋敷と呼ばれている。

 

けれど私にとって一番の宝物は、この屋敷でも爵位でもない。

 

——隣で笑う、この人の心が晴れやかになったこと。

 

それだけで、十分だった。

 

かつて私は、全てを失った。

家も、地位も、愛していると思っていた人も。

 

けれど今、私の手の中には、かけがえのないものがある。

愛する人と、愛される幸せと、ここにいていいのだという居場所。

 

整理整頓とは、大切なものを大切な場所に置くこと。

 

私はようやく、自分自身を——あるべき場所に、置くことができたのだ。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ