あるべき場所へ
承知しました!第6話(最終話)に適切な空行を挿入します。
第6話 あるべき場所へ
エドワード・カーライルの逮捕から、一ヶ月が経った。
王家への横領、虚偽告発、そして——ホワイト子爵家を没落させた詐欺の罪。全てが明るみに出て、エドワードは爵位を剥奪され、領地も財産も没収された。今は王都の牢獄で、残りの人生を過ごすことになるという。
「因果応報、とはこのことですね」
セバスチャンが、淡々と言った。
「人を陥れた者は、いずれ自らも陥れられる」
「……ええ」
私は複雑な思いで頷いた。
かつて愛した人だ。憎んでいないと言えば嘘になる。けれど、彼の末路を喜ぶ気にもなれなかった。
ただ、一つだけ。
胸のつかえが、ようやく取れた気がした。
* * *
さらに嬉しい知らせがあった。
エドワードの詐欺が明らかになったことで、ホワイト子爵家の借金は無効とされた。騙し取られた財産の一部も戻り、家名の復権が認められたのだ。
「リーナ、これを」
公爵様が、一通の書類を差し出した。
「これは……」
「ホワイト子爵家の復権証明書だ。王家から正式に発行された」
私は震える手で、それを受け取った。
父の名前、母の名前、そして——私の名前が記されている。
「……っ」
涙が溢れた。
「お父様、お母様……」
もう二人ともこの世にはいない。
けれど、汚された家名が清められた。それだけで、十分だった。
「ありがとうございます、公爵様」
「礼を言うのは俺の方だ」
公爵様が、私の涙を指で拭った。
「お前がいなければ、カーライルの悪事は闇に葬られていた。お前の家も、名誉を取り戻せなかっただろう」
「でも、調査をしてくださったのは公爵様です」
「きっかけをくれたのは、お前だ」
公爵様が、微かに笑った。
最近、この方はよく笑うようになった。
「さて、リーナ」
「はい」
「改めて、話がある。ついてこい」
* * *
公爵様に連れられて向かったのは、西棟だった。
あの日、私が禁を破って開けてしまった——お母様の部屋。
「公爵様?」
「入ってくれ」
扉を開けて、息を呑んだ。
部屋は、あの日私たちが片付けた時のままだった。
けれど、それだけではない。窓辺には新しい花が飾られ、化粧台には真新しいレースのクロスがかけられている。
そして、部屋の中央には——小さなテーブルと、二脚の椅子が置かれていた。
「公爵様、これは……」
「母の部屋を、俺たちの場所にしたいと思った」
公爵様が、窓辺に立った。
「母は、俺に幸せになってほしいと願っていた。日記に、そう書いてあった」
「ええ……」
「だから、ここで伝えたかった。母に聞いていてほしかった」
公爵様が振り返り、私の前に跪いた。
「……っ、公爵様!?」
「リーナ・ホワイト」
銀の瞳が、真っ直ぐに私を見上げる。
「俺は口下手で、不器用で、十年も屋敷を荒れさせるような男だ。お前には苦労をかけるかもしれない」
「そんな——」
「だが、お前を愛している。誰よりも、何よりも」
公爵様の手が、私の手を取った。
「俺の妻になってくれ。共に生きてくれ。この先の人生を、お前と歩みたい」
涙が止まらなかった。
「……はい」
声が震えた。
「私も、公爵様を——いえ、アレクシス様をお慕いしています」
初めて、名前で呼んだ。
公爵様の——アレクシス様の目が、大きく見開かれた。
「私の居場所は、あなたの隣です。どうか、傍に置いてください」
アレクシス様が立ち上がり、私を抱きしめた。
「ありがとう、リーナ」
窓から差し込む光が、私たちを包んでいた。
どこかで、優しい風が吹いた気がした。
お母様が、微笑んでくださっている——そんな気がした。
* * *
結婚式は、春に行われた。
王都中の貴族が集まる盛大な式になった。氷の公爵が、没落した子爵家の令嬢を娶る——その話は、社交界で大きな話題になったらしい。
「お美しいですよ、奥様」
控え室で、セバスチャンが目を細めた。
「奥様、だなんて……まだ慣れません」
「すぐに慣れますよ。これからは、私があなたにお仕えする番です」
「セバスチャンさん……」
「長く生きてきましたが、これほど嬉しい日はありません」
老執事の目に、涙が光っていた。
「旦那様を、どうかよろしくお願いいたします」
「……はい」
私は深く頷いた。
* * *
結婚から、三ヶ月が経った。
公爵邸は、今では王都一美しい屋敷と呼ばれている。
庭には花が咲き乱れ、窓は磨き上げられ、廊下には柔らかな光が満ちている。使用人の数も増え、屋敷には笑い声が絶えない。
「リーナ」
執務室から、アレクシス様の声がした。
「はい、何でしょう」
扉を開けて、私は思わず眉をひそめた。
「……アレクシス様」
「なんだ」
「また書類が散らかっていますわよ」
机の上に、書類が乱雑に積み上げられていた。
私が整理した棚から引っ張り出したのだろう。明らかに、わざとだ。
「ああ、そうだな」
アレクシス様が、悪びれもせずに言った。
「片付けてくれるか」
「……もう」
私は溜息をついて、机に近づいた。
すると、アレクシス様の腕が伸びて、私の腰を引き寄せた。
「きゃっ——」
そのまま、膝の上に座らされる。
「あ、アレクシス様!?」
「お前に片付けてもらいたくて、わざと散らかした」
耳元で囁かれて、顔が熱くなった。
「そんな理由で……」
「お前が来てくれる口実が欲しかった」
アレクシス様の腕が、私をきつく抱きしめた。
「リーナ。俺はお前がいないと駄目なんだ」
「……アレクシス様」
「いつも、傍にいてくれ」
呆れるやら、嬉しいやら。
「……仕方ありませんわね」
私は微笑んで、アレクシス様の胸に頭を預けた。
「では、ずっとお傍におりますね。散らかし放題の公爵様」
「ああ。頼む」
窓から差し込む光の中で、二人で笑い合った。
* * *
散らかり放題だった公爵邸は、今では王都一美しい屋敷と呼ばれている。
けれど私にとって一番の宝物は、この屋敷でも爵位でもない。
——隣で笑う、この人の心が晴れやかになったこと。
それだけで、十分だった。
かつて私は、全てを失った。
家も、地位も、愛していると思っていた人も。
けれど今、私の手の中には、かけがえのないものがある。
愛する人と、愛される幸せと、ここにいていいのだという居場所。
整理整頓とは、大切なものを大切な場所に置くこと。
私はようやく、自分自身を——あるべき場所に、置くことができたのだ。
読んでいただきありがとうございました。




