初め
数日後。
午後の講義が終わったあと、真は大学の中庭で陽菜とばったり出くわした。
「久しぶり。実家、帰ってたんでしょ?」
陽菜が、ふわりと笑った。
「うん、ちょっとだけ。なんとなく、息抜きってやつ」
ベンチに並んで座る。セミの鳴き声が遠くに響いていた。
「そういえば、このあいだ言ってた絵本、まだ探してる?」
真が尋ねると、陽菜は少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。
「うん。あれ、たぶん絶版になっちゃってて。図書館にもなかった」
「そうなんだ」
真は鞄の中に目を落とした。あのとき借りた本のことが頭をよぎる。
そして、言葉が自然と口をついて出た。
「――書いてみようかなって、思ってるんだ。自分で、絵本を」
陽菜が目を見開く。
「え?」
「なんかね、昔のこと思い出して。小さい頃、自分で物語を作ってたの。ほんとにちっちゃい話ばっかりだけど……でも、あのときは、楽しかったんだ」
「ちょっとまって」
隣にいた陽菜が、ふいに吹き出すように笑った。
けらけらと、楽しそうに、懐かしいくらい無邪気に。
「な、なんだよ、そんなに笑うか?」
俺が少しムッとして言うと、ひなは笑いながら肩をすくめて、
「だって……真がそういうこと言うの、すっごく嬉しいんだもん」
少し頬を赤らめて、それでもまだ笑ってる。
その笑顔を見た瞬間、なんだか胸の奥がじん、と熱くなった。
ずっと前、俺が絵に夢中だったころにだけ見せてくれていた、あの笑顔だった。