表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうする?  作者: 藤田
7/8

 朝。

 窓から差し込む光は、実家の部屋を淡く照らしていた。

 真は目を開けたまま、しばらく動かなかった。

 夢を見ていた気がするが、思い出そうとすると霧のように消えていく。


 静かな朝だった。

 けれど、昨日までの朝とは何かが違った。

 心の奥に、ひとつ、小さな“輪郭”のようなものが浮かんでいた。

 それはまだ言葉にはならなかったけれど、確かに「自分の気持ち」だった。


 

 午前11時、寮に戻る予定だったが、真は駅のホームで立ち止まった。

 通り過ぎていく電車の音を背中に受けながら、スマホを取り出す。


 内定先から届いていたメールに返信する。

 短い文章だった。


 >「本日から一週間、お休みをいただけますか。少しだけ、自分の時間を持ちたいと思っています。」


 送信ボタンを押したあと、深く息を吐いた。

 特に勇気が要ることではなかった。

 それでも、ほんの少しだけ、背筋が震えた。


 午後、大学近くの図書館に立ち寄る。

 陽菜が前に「好きだった」と話していた児童書の棚を、なんとなく眺める。

 背表紙に手を伸ばして、一冊、手に取った。


 ページをめくる。

 読んでいるうちに、幼いころ、ノートに鉛筆で描いた物語の断片が、次々と蘇ってきた。

 色、匂い、登場人物、そして、当時の自分の息づかいまでも。


 


 帰宅後、机に向かった。

 大学受験の頃に使っていたノートを取り出し、白紙のページを開く。


 ペンを握る。

 手は少しだけ震えていた。

 でも、その震えを止めようとは思わなかった。


 1行、書いた。


 >「高架下のベンチに、雨宿りの少女が座っていた。」


 意味のある文章かどうかはわからない。

 でも、これは真が「誰のためでもなく」書いた、自分の言葉だった。


 「始まったかもしれない」

 声には出さなかったが、心の中でそう呟いた。


 夜、部屋の灯りを消して、ベッドに入る。

 これまでの人生で、今日ほど「何もしていない」日はなかったかもしれない。

 でも、それなのに、胸の中は少しだけ、あたたかかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ