無理
放課後の帰り道、歩きながら陽菜が言った。
「真って、なんでそんなにいつも完璧なの?」
真は笑って答えた。
「完璧なんかじゃないよ。できることだけしてるだけ」
あの人は、なんでもできる。
人の気持ちも読めるし、場の空気も壊さない。誰にでも優しくて、勉強も、部活も、ちゃんとしてる。
……だから、たまに腹が立つ。
なんでそんなに完璧なの? って。
こっちは、自分のことすらうまくできなくて、将来のことなんて考えたくもなくて、それでも毎日なんとかやってるのに。
「だからあんたは嫌いなんだよ、そういうとこ」
そんな言葉をぶつけたこともあった。
あのときの自分の声の震えが、まだ胸の奥に残ってる。
大学に入ってからの真は、やっぱり“完璧”だった。成績は常に上位、プレゼンでは教授陣の目を引き、サークル活動でも誰とでもそつなく付き合い、部長にまでなった。インターンも次々と内定を取っていたし、卒業後は大手企業でのキャリアがほぼ約束されたようなものだった。
でも、その完璧さが、逆にわたしには苦しかった。
真は何でもできる。けれど、「本当にやりたいこと」が何なのか、ずっと口にすることはなかった。いや、たぶん、本人にもわかっていなかったのかもしれない。まるで、周囲の期待通りに進めることが、自分の意志であるかのように振る舞っていた。けれど、わたしは気づいていた。彼の目が時折、遠くを見るように虚ろになる瞬間を。
キャンパスの片隅でふと立ち止まり、空を見上げている彼の横顔。誰かの成功を称賛する拍手の中で、ふと笑みを止めるその仕草。誰よりも順調に見えるのに、何かが足りないような表情。
わたしはそのたびに、胸の奥がひりつくような思いに駆られていた。こんなにも何でもできる彼だからこそ、その力を“誰かの期待”じゃなく、“自分自身の気持ち”に使ってほしいと思った。
今の彼を見てると、なんだか苦しい。
遠くに行っちゃったみたいで、置いていかれたみたいで。
きっと私は、あの人の隣に立つには中途半端で、弱くて、ずるい。
でも――それでも、私はあの人が好きだ。
好きだった。
……たぶん、今も。