表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうする?  作者: 藤田
4/8

静かで大きな揺らぎ

窓の外から虫の鳴き声が聞こえていた。

 実家の部屋は、大学の寮と比べて妙に静かで、息をする音すら大きく感じた。

 机の引き出しを開けると、教科書の下から、古い通知表や賞状が出てきた。


 「努力家」「優秀」「模範的」──

 どの紙にも、似たような言葉が並んでいる。


 それは、褒め言葉のはずだった。

 でも、今の真には、それが自分に貼られた「ラベル」に見えた。

 どのラベルも、自分を肯定してくれるけれど、自分を自由にはしてくれない。


 高校2年の夏に描いた水彩画が、ファイルの奥から出てきた。

 夕暮れの川沿いを歩く人の後ろ姿。構図は稚拙だったが、色使いには、今よりも確かな「好き」が込められていた。

 誰にも見せず、部屋の隅にしまったあの頃の作品。

 「こんなこと、役に立たない」と思って、見なかったことにした過去。


 けれど今、その色合いだけが、真の心にやけに鮮やかだった。


 静まり返った夜の部屋。

 ベッドに横たわりながら、真はふと、父親の声を思い出した。

 「ちゃんと頑張ってて、安心だよ」

 「周りを見て行動できるのは、お前の強みだ」


 優しい言葉だった。責めるものなんか何一つなかった。

 でもその裏には、「期待」があった。

 「真なら失敗しないはずだ」

 「間違わないはずだ」

 そして、それに応え続けた自分がいた。


 誰のせいでもない。

 でも、誰の人生だったんだろう――と、思った。


 選ばなかった夢。

 言わなかった本音。

 捨てた感情。


 全部、間違いじゃなかったはずなのに、どこかに「自分」が抜け落ちていた。


 スマホの画面に、陽菜からの未読メッセージが光っていた。


 「なんかあった? 急に連絡来たからちょっと心配した」

 「でもさ、そういうのって、案外大事な時かもよ」


 読んだあと、真はスマホを伏せた。

 画面の光が消えると、部屋は再び闇に戻った。


 布団にくるまりながら、真は初めて「泣きたい」と思った。

 けれど涙は出なかった。

 代わりに、胸の奥が、静かに、痛んでいた。


 何も語らず、誰にも見せず、ただ沈黙の中で、自分と向き合う夜だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ